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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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三十一 尼天狗 その三

暖かい……。それにとても柔らかいものに包まれている。


先ほどまでの寒さが嘘のようだ。


いや、あれは夢だったのだろう。


天狗に攫われるなど、そんなことがあるはずがない。


この世にあやかしが存在するなど……。


ん?でも猫又は……、家にいるあの少女は……?


いや、あれはりんだ。確かに彼女は存在するぞ。


そんなことを思いながら、ふと目を覚ます。


目の前には……、天女がいた。


艶やかな長い黒髪、見つめていると吸い込まれそうな瞳をした美しい天女は、

葉介が目を覚ましたのに気付くと、にっこりと微笑む。


つられて葉介も微笑む。


天女はその豊かな胸を押し付けながら、葉介を抱きしめる。


ああ、柔らかい……。あたたかい……。とてもいい気持ちだ……。


天女の胸が……、胸……、胸!?


「むっ……!?」 


 意識が覚醒する。


「てっ!天狗さん!?」


 慌てて離れようとするが、体がうまく動かない。


「これ、落ち着け。そなたは先ほど倒れたのじゃ。おそらくは体を冷やしすぎて、

病を拾ったのであろう。無理をしてはならぬ」


 途中で気付いたが、葉介の肌に当たる感触が生々しすぎる。もしやと思い視線を

下げると、二人とも一糸まとわぬ姿である。

 だが、離れようにもうまく体は動かぬし、何より天狗の両腕が葉介をきつく抱き

しめ離さない。

 さすがにこれはと思い、口を開こうとしたとした矢先、


「すまぬ。これはわらわの失態じゃ。わらわは病にはかからぬ。暑さ寒さもさほど

気にはならぬ。だから人であるそなたのことを慮ってやれなんだ。しかしここには

体を温める寝具もない。わらわができるのは、こうしてそなたを暖めてやることく

らいじゃ」


 葉介は言葉をなくす。一見傲慢なように見えて、心根の優しい女性なのだろう。

しかし……、それはともかく、葉介も若く健全な男である。心や体調とはうらはら

に、体の一部が非常にまずいことになっている。体の向きを変えようにも、天狗に

しっかりと抱きしめられ動けない。

 やがて、天狗がそんな葉介の異変に気付いた。


「おや……!?」


 そして嬉しそうに笑い、


「なんじゃ。その気になったのか?」

「ち、違います。これはその……」

「わかっておる。病で苦しむそなたに何かしようとは思わぬ。しかし……そなた、

華奢な体のわりにずいぶんと立派なものを持っているのう。使わぬのは勿体無い気

もするがな」


 と、さらに可笑しそうにわらう。


「それより、これを飲め」

「これは……?」

「先ほど言った強壮剤じゃ。多少の病ならすぐに良くなる」

「しかし、これは……」

「心配するな。何もやましい気持ちはない。こうなったのもわらわのせいじゃ。

ちゃんと責任を取りたいだけじゃ」

「……わかりました。ありがとうございます」



 二日後 葉介の体調は完全に回復していた。


「ありがとうございます。おかげですっかり良くなりました」

「ふふふ。わらわの添い寝のおかげじゃの」

「そ!、それは……」


 あれから天狗はずっと葉介に寄り添い、一緒に眠った。

 さすがに二回目からは断ろうとしたが、布団もない廃寺である。そのまま眠れば

風邪が悪化しかねない。藁を敷き詰めた寝床で、仕方なく抱き合って眠った。

 ただ、最初のように裸で抱き合うのは頑なに断った。少しばかり残念に思いなが

らも……。


 もちろん、最大限に理性を発揮し、何も起きることはなかったし、天狗も本当に

悪かったと思っているのだろう。何かしてくることもなかった。


 しかし、あらためて見ると、まさに廃寺そのものだ。荒れ果て、埃をかぶった

家具たち。それに、天狗が持ってくる食料も、干し肉や木の実くらいである。


 「よし!」


 意を決した葉介は、屋内の掃除を始める。


「そのようなことはせぬでもよいのに」

「いえ、助けてもらったお礼ですから」


 一日かけて家中の掃除を済ませた葉介は、


「ところで、近くに買い物のできる町や村はありますか?少し欲しいものがあるの

ですが」


 翌日、麓の村で米や味噌を買い込んだ葉介は、朝から料理を始める。幸いにも、

鍋や釜は洗えば使えるものが残されていたし、竈も掃除すれば問題なく使えるもの

であった。


「そんなことをせずとも、わらわは腹が膨れれば食うものなど気にせん」

「まあまあ、私の腕ではたいした物はできませんが、お礼ですので」


 しばらく後、天狗の前には湯気の立つ汁物と、握り飯が並んでいる。


「本当にたいした物ではありませんが、まあどうぞ」

「ふむ、では頂くとしよう」


 天狗は握り飯を食い、汁を飲む。そしてしばらく押し黙った。


「す、すみません!お口に合いませんでしたか?」

「……。あたたかい」

「え?」

「あたたかい。それに……やわらかい。そうか、毎日これが繰り返される。これこ

そが人の幸せなのであろうな……」


 そう言うと、黙々と飯を食い始めた。そんな日が三日ばかり続いたであろうか。


 その夜、いつものように抱き合い眠っていると


「そなたは不思議な男じゃ。無理やり連れてこられたというのに、怒ることも恨む

こともなく、わらわのために働いてくれておる」

「それは……。風邪を治していただいたお礼ですから。

「いや、それとてわらわのせいであろう。それを……」


 天狗は少し押し黙った後、


「そなた、あの場所に帰りたいのか?」

「え?ええ……まあ、それは……」

「そなたにとって、わらわは魅力がないのか?」


 天狗が問いかけてくる。


「い、いえそんなことはありません」

「ならばなぜ抱かぬ?」


 天狗は少し寂しそうだ。ごまかしてはならぬ雰囲気を感じた葉介は、正面から

天狗の目を見つめる。


「あ、あの……。あなたは非常に魅力的ですし、私だって男です!そ、その……、

今だって必死にそういう気持ちは抑えています。

「ならばなぜ……」

「やはり、そういうことはお互いを良く知り、愛し合った者同士がすることだと思

うんです!あ、いえ、決して天狗さんのことが嫌いと言うわけではなくてですね、

その、まだお互いによく知らないですし……」

(かえで)じゃ」

「え?」

「か、楓といったのじゃ!わらわの名じゃ。こ、これからはそう呼ぶがよい!

わかったか!よ……葉介」


 その夜天狗は、いつもより強く葉介を抱きしめて眠った。


 翌日、境内に出ると、八間ばかり離れた石の上に一匹の狐がいた。それを見た

楓は、


「ふっ。心配要らぬ。葉介はすぐに帰す」


 それを聞いた狐は背を向けて去っていく。


「楓さん?今の狐は……」

「なに、大方あの地の稲荷神から頼まれ、こちらの使いを様子見に来させたのであ

ろう。葉介はあやかしに好かれておるということじゃ」


 朝飯後、楓は拍子抜けするほどすんなりと葉介を帰してくれた。

しかも、空を飛ぶ時にまた風邪をひいてはならぬと、どこかから猪の毛皮をたくさ

ん持ってきた。いや、そんなものがあるなら最初から寝るときに使えばよかった

のではないか?

 七日ぶりに降り立った我が家の庭先では、雛と狐兄妹が立っていた。露骨に楓に

敵対心を向ける女性二人に心配ないことを伝える。

 楓自身も反省しているのだろう。彼女らを見渡すと、素直に謝る。


「お主らにも心配をさせた。すまなんだのう」


 しかし、その後ににやりと笑うと、場を凍りつかせる発言をする。


「葉介を無理に婿にすることは諦めた。しかし……これからは、葉介からわらわを

嫁にしたいと言わせるように努力する。何せ裸で抱き合うて、共に眠った仲じゃか

らな。十分に脈はある」

「なっ……」

「ど、ど、ど、ど、どどどどういうことですか葉介さん!」

「あらあら、お盛んなことねぇ。あなたたちももう少し頑張らないと」

「ちょ!楓さん!なんてこと言うんですか!」


 ふと冷気を感じる。みると雛と妹狐の冷たい視線が。


「へえ、すでに名前で呼び合う仲なんですね……」

「ぼ、僕は別に気にしないけど……、そ、そういのは良くないと思うぞ!」

「ご、誤解です!ちょっと、楓さん!?」


 そんな皆の狂騒を横目に、


「別に皆でつがいになればいいのににゃー。それより北の土産は何を持ってきた

にゃー?」

「まったく、あいも変わらず騒がしい奴らじゃのう」


 りんと木霊は我関せずである。


 そして、楓は八つ手の団扇をかざす。


「ふふ。葉介、ではまたな」


 風と共に楓は去って行った。


 その後の二人への言い訳……、いや、説明に半刻はかかったであろうか。

もちろん大幅にぼかして説明した部分もあったが……。

 もちろんその後しばらく、雛からの差し入れはなかった。いや、りんは饅頭なん

かをもらってたようだが。


 そしてその後、雛と同じくらいの頻度で葉介に会いに来る尼天狗がいた。

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