二十八 浪人 その二
ふいにこの場にそぐわぬのんびりとした声が聞こえ、新たな浪人たちがあらわれ
た。声を発したと思われる浪人は、身の丈六尺近い大男である。真っ黒に日焼けし
た顔と、ぼさぼさの髪。縮れあがった鬢は、剣術をしている男特有の面ずれであろ
うか。身なりも元は立派であったであろうに、ぼろぼろになった着物を着ている。
しかし、このような状況にも関わらず、細い目は笑っているかのように穏やかで
ある。
もう一方の男は、反対に小柄で色白の顔立ちだ。身なりも浪人とは思えぬほどに
小奇麗な格好だ。顔立ちも引き締まり、美男子といえる男である。
「やかましい!そいつらが侍に無礼を働いたのだ。この場で斬って捨てる!」
「ほんにおまんらは阿呆じゃきの。さっきからのことは、わしらもそこで見ちょっ
た。どっちが悪いかはわかりきっちょると思うがの」
「う……、や、やかましい!」
浪人の言葉は南方訛りなのであろう。ところどころ聞き取りにくいが、自分を助
けてくれようとしていることはわかる。
「邪魔立てするなら貴様から切る!」
浪人たちは矛先を変える。しかし葉介をかばってくれている人を置いて逃げるわ
けにはいかない。
「や、やめてくださ……あ、危ない!」
浪人の一人が、色の黒い男に襲い掛かる。あわやと思われたが、その横からすっ
と刀の鞘が差し込まれ、凶刃を跳ね除けた。
「まったく、我らの盟主ともあろう男が……くだらん喧嘩などしないでいただき
たい。それに何です?こんな程度の相手とはいえ、なぜ剣を抜かないんですか?」
「いや、すまんすまん。わしは剣を抜いての喧嘩は嫌いじゃきに。悪う思わんでく
れ」
格の違いを感じたのだろう。浪人たちの威勢は急速に弱くなっている。しかし、
辱められたという思いは残ったのだろう。
「き、貴様!名を名乗れ!後日にあらためて決闘を申し込む!」
「やれやれ、わしの名前もまだまだ広まっちょらんようじゃの。まったく名を売る
などとは面倒なもんじゃき」
「はぁ、まったく救いようが無いな。お前達は命拾いしたのがまだわからんのか」
「な、何!?」
横合いから色白の男が口を挟む。
「まあまあ、お互いそう興奮すなや。それに悪いが、おまんら二人を切り伏せる
くらい造作も無いことじゃ。ただ、わしは剣を抜いての喧嘩は嫌いでの。それに、
これからはこいつの時代じゃ」
色の黒い男は懐から黒光りするものを取り出す。何と、それは短筒であった。
それを見た浪人たちの表情が変わる。
「そ、そいつは……。それに、その土佐訛りと桔梗紋は、まさか……」
「わかったらとっとと行け」
浪人たちは脱兎のごとく逃げ出していった。
しばし後、葉介は二人に礼を言う。
「助かりました。せめてお名前を」
「なに、わざわざ名乗るほどのもんも持っちょらん。しいて言えば ”日本を変え
る男”とでも言うべきかの」
「は、はぁ……」
風変わりな男である。
「それより……」
と、ふいにりんに近づくと、まじまじと見つめだした。
「ほう、これが噂に聞く猫又か、ほんに不思議なもんじゃき。しかし、気の強い
ところと美しいところはわしの女房にそっくりじゃ。あいつに出会う前なら口説
いちょったところじゃ」
言いながらからからと笑う男にりんは少し迷惑そうだが、助けられたことは理解
しているのだろう。おとなしくしている。
「しかし、おまんは何故妖怪と一緒におるんじゃ?」
この人は信用できる……。直感した葉介は、今までのことを説明する。そして、
自分がしようとしていることも。
しかし、話を聞くうちに男は何故か難しい顔になっていった。
「そうか、おまんのやろうとしちょることは、古き時代への回顧か……」
しばし考え込んだ男は、葉介に問いかけた。
「おまんは今の世に満足しちょるか?」
「え?ええ、それなりには……」
「ならば、先ほどのように相手が侍っちゅうだけで、理不尽に切り殺されてもかま
わんと?」
「い、いえ、それは……」
「おまんは、人はどうやって死んでいくか考えたことはあるか?」
「え……?寿命とか、病とか……。時には事故で亡くなったりでしょうか?」
「もちろん、そうやって死んでいくもんも大勢おろう。じゃが、今までの歴史の中
で一番多いのは、人が人に殺されるちゅうことじゃ。戦にかりだされ死ぬもの、
わずかばかりの銭や食い物のために殺されるもの、先ほどのおまんのように、侍の
気に食わぬことをしたというだけで殺されるもんもおる。他にも年貢を払うのにも
苦労し、飢えや病で間接的に殺されたようなもんもおる」
男は口から唾を飛ばしながら語る。
「しかし、大概死ぬのは身分の低いもんじゃ。彼らは何もできんまま、理不尽に命
を投げ出さねばらならん。わしの故郷でもそうじゃ。身分が高ければちょっとした
お咎めで済んだであろうことが、低いばかりに人間扱いされずに死なねばならん
かったもんが大勢おる」
「し、しかし、徳川様が江戸に幕府を開かれてからは、ほとんど戦のない世の中に
なったのでは……」
「うむ、確かに家康が天下を平定して、世は平和にはなったじゃろ。だが、なぜ身
分の違いは無くならん?どんなに優れたもんでも努力したもんでも、生まれた時に
人生が決まってしまう。おまんはそれでええんか?」
男の言葉は重い。しかし、何を言いたいのだろうか。
「わしはな、この国から身分っちゅうもんを無くしたい。侍も商人も農民も、将軍
でさえもすべてが平等な世の中じゃ。そしてエゲレス国をはじめとして、いろんな
国との貿易をするんじゃ。するとどうなると思う?異国の進んだ文明を使えるよう
になり、皆が平等で豊かに暮らせる世になるんじゃ」
とてつもない法螺である。しかし、この男からは、何かを起こしそうな雰囲気を
感じる。
「そこで、さっき言うたことじゃ。この国を一新し、新しくしていくということは、
古い文明を捨て去るっちゅうことじゃ。つまり、妖怪などもいずれは御伽噺として
消え去ってしまうかもしれん。わしはそういうことをやろうとしちょる」
興奮して語る男の耳元に、もう一人が近づいて、何やら耳打ちをする。
「さ……とさん。そろそ…い…ねば。ちょ…し……のれん……が……」
「おお、すまんの。時間がないきにこれで。じゃが、おまんはなにか大きな事をや
り遂げそうな気がするんじゃ。お互いどちらが先に夢をかなえるか、楽しみぜよ」
葉介が男の名を知ったのは、彼が死したのち、世の中が大きく変わってからで
あった。




