二十五 飯食い幽霊 その一
「いいか?りん。声を立てるんじゃないぞ」
「わかってるにゃ!食い物の恨みは恐ろしいにゃ。必ずとっ捕まえてやるにゃ!」
……。あやかしが恨みとか言わないでほしい。本当に祟られそうで怖い。
いや、今はそんなことより、泥棒の正体を見極めることのほうが先だ。
翌朝葉介たちは早起きをして飯を作り、食卓の上に並べたまま、自分たちは食べる
ことなく細く開けた襖の隙間から様子を伺っていた。
「早く出てこないかにゃ」
「しっ!静かに」
そわそわするりんを嗜め、見張りを続ける。しかし、小半時は見張り続けただろ
うか。何も起きる気配はない。りんの顔を見ると、腹が減ったのであろう。半開き
の口で朝飯を見つめている。それに見張りにも飽きた様子だ。
「うーん。何もなかったな。仕方ない。腹が減っては何とやらだ。飯にしよう」
「やったにゃ!」
りんを食卓に座らせ、飯をよそう。が…………。
「な!」
「どうしたにゃ?早く飯を……、う、うにゃーーーーーー!!」
覗き込んだ米びつはもぬけの空であった。
さすがにおかしい。
そう考え、翌日の朝は、飯を用意した後に襖を閉め、十を数えてから襖を開けて
みた。すると、見事なほどに食卓のおかずも漬物も消えうせていた。周りの戸締り
はしているにも関わらずである。もはやこれはあやかしの仕業に違いないと思い、
木霊へ相談する。
「ふむふむ。儂にも気付かれずにやってのけるとはたいしたもんじゃ」
「それで、心当たりはあるのですか?」
「ふむ、そのままなら害にはならぬはいえ、対処を誤れば祟られるしのう。まあ、
今回は教えてやるかの」
「た、助かります」
木霊の話からすると、そのあやかしは”飯食い幽霊”というらしい
「ゆ、幽霊ですか!?」
「うむ、まあ幽霊もあやかしも、人の世ならざるところに住まう者。違いはあれど
同じようなものじゃ。例えば幽霊は、死したのち、この世への執着が強い者の魂が
人の世に残ってあらわれる。
あやかしで言えば、化け猫などはこの世への恨みの強さで化けて出る。どちらも
この世への執着が生み出すものじゃ」
「な、なるほど。ではその幽霊の執着は、たらふく飯を食うことなのでしょうか?
だとしたら、満足するまで飯を食わせば成仏するということでしょうか?」
「ふむ、なかなかよいところに目をつけたの。成仏の基本は未練を断ち切ってやる
ことじゃからのう。あながち間違ってはおらん。だが、未練を残して逝ったものの
欲は底なしじゃ。生半可な量で成仏はせぬぞ。飯代でお前さんの家が潰れるかもの
う」
それはさすがに困る。いっそ寺の住職に祓ってもらおうかと思ったが、
「それとな、これはしてはならぬことじゃが、無理に祓おうとしたり、幽霊の悪口
を言うてはならぬ。あやつは自分への悪意には物凄く敏感での、大昔にも悪口を言
うたばかりに祟られ大怪我をしたものや、坊主を呼んで祓うことには成功したが、
その後病で死んだものもおる。あやつが飽きて出て行くまで、気長に待つ以外には
ない」
「そ、そうなんですか?」
納得できる答えではないが、木霊が言うのならそうなのであろう。狐に頼んで
祓ってもらうことは可能かもしれないが、どんな祟りがあるかわからない以上は、
むやみに動くべきではない。
「なあに、お前さん家の飯じゃ。毎日あの娘が作ってくれるならともかく、お前さ
んの腕前じゃ、そのうち飽きて出ていくじゃろうよ」
安心していいのか、けなされて憤慨すべきなのか、複雑な気分だ。
「わかりました、りんにもおとなしくしているように……」
その時、叫ぶような声が聞こえてきた。
「またあたしの飯を食ったにゃ!上等にゃ、やるならやってやるにゃ!何が飯食い
幽霊にゃ。お前は無駄飯食らい幽霊にゃ!」
話の途中でいなくなったと思ったら……。盛大に飯食い幽霊に対して喧嘩を売っ
ている。
「……。儂にはどうにもできんぞ」
「……。はい」




