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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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二十三 ヒダル神

 ぼんやりとした意識の中で、気配を感じる。手足はぴくりとも動かなくなって

しまったが、かろうじて耳は周りの音を聞くことができた。

 がさがさと落ち葉を踏みしめ、小走りに駆けているのであろう足音が聞こえる。

足音はだんだんと葉介に近付いてくるようだ。


 こんな時間にいったい誰が……、さてはあやかしが近付いてきたのか……。


 などと考えていると、不意に自分の頭が持ち上げられ、柔らかいものの上に置か

れたのを感じた。


 ああ、温かい。仏様のお迎えだろうか……。


 物騒なことを考えたが、後頭部に感じる温かさは少し違う。まるで幼い頃に母の

膝で眠った時のような、そんな安らぎを感じる。そして、小さな手で頬を撫でられ

る。その手は柔らかく、暖かかった。

 そんなことを考えていると、不意に頭上から声が聞こえる。


「まったく、あれほど兄ちゃんに言われたのに!手間のかかる奴だ」 


 完全に閉じかけた葉介の意識が戻る。この声は……。


「ほら、口を開けろ。こんなことにでもなってるんじゃないかと思って、途中で木

の実を取ってきておいてやったから」


 小さな手が葉介の口に何かを押し込む。


「ほら、噛め。そうすりゃすぐに動けるようになる」


 口の中に入れられたものを噛もうとするが、すでに口すら上手く動かなくなって

いるい葉介には、それは硬すぎた。

 ああ、このまま死んでしまうのでは、と思った時、再び小さな手が口の中に突っ

込まれると、中のものを取り出した。

 少しすると、不意に葉介の口に何か温かいものが覆いかぶさり、口の中に柔らか

いものが入ってくる。


「ほら、飲み込め。これなら食えるだろう」


 ほとんど液状に近くなったものを飲み込む。すると、


「え……!?」


 今までのことが嘘のように体に力が入る。それと同時に自分が置かれている状況

を把握する。

 満月の明かりに照らされ、自分を見下ろしている妹狐の顔が目に入る。そして、

その状況から察するに、後頭部に感じる温かさはおそらく膝枕をされているからだ

ろう。慌てて起き上がり、狐に尋ねる。


「あ、あの、私はいったいどうしていたんでしょうか?それに、妹さんが私を助け

てくれたんですか?

「まったくだらしのない奴だ。僕がたまたま通りかからなかったら、お前本当に死

んでたぞ。兄ちゃんがあれほど忠告したのに。あれは”ヒダル神”っていう餓死者

の怨念だ。憑りつかれたらさっさと何か食わないと、そのまま餓死してしまうんだ

ぞ」

「いや、本当に面目ない。腹が減った気はしたんですが、何せ出先で満腹になって

いたのでまさかと思い……」

「ん?そもそもお前、食べ物を持ってるじゃないか。なんでそいつをを食わないん

だよ!」


 葉介の握り締めていた袋を見て、妹狐は声をあげる。


「あ、いや、これは……。皆さんへの感謝の気持ちにと思って買ったものでしたの

で、これを開けるわけには……」

「馬鹿だな。そんなことと自分の命とどっちが大事なんだよ。そんなにあの人間の

娘が大事なのか?」


 妹狐はなにやら機嫌が良くないようだ。


「え?、あ、いえ、もちろん雛さんへのお土産もあるのですが……。今回はそれ

以上にどうしても渡したい方達がいて……。あの、これ、昔から狐の好物といいま

すし、こんなところでお渡しするのも申し訳ないんですが」


 言いながら袋を開け、油揚げの入った包みを渡す。とたんに狐の表情が変わり、

人そのものであった姿の頭上に、狐の耳がぴょこんとあらわれた。それをぱたぱた

と動かしながら、半開きになった口元からは涎が垂れかけている。そんな自分の

様子に気付いたのか、慌てて口元を拭うと、


「ふ、ふん!まあ、わざわざ買ってきたなら貰っておくよ。確か兄ちゃんの好物

だったしな」


 まあ、素直じゃないだけで喜んでくれたようだ。


「よかった。少し遠回りすることになってしまいましたが、喜んでもらえて買って

きた甲斐がありましたよ」

「え?じゃあお前、このためにこんな時間までかかったのか?」

「は、はあ。まあ、そういうことにはなってしまうんですが……」

「ば、馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ。まったくお前は、僕たちのためにわざわざ危ない目に

遭って……。僕が本当にたまたま通りかからなかったら、どうするつもりだったん

だ」


 口は悪いが、本当に葉介のことを心配してくれたのだろう。素直に礼を言ってお

く。


「しかし、私は何を食べて助かったんでしょうか?ぼんやりとですが木の実と聞い

た気もしたんですが、それにしては甘く柔らかかった気がするんです。朦朧として

いてあまり覚えてなくて……」


 とたんに妹狐の顔が真っ赤になる。


「き、木の実に決まってんだろ。お前が噛めなかったから無理やり飲み込ませたん

だよ!なんか疑ってんのか!?」

「い、いえ。どうしたんですか突然?」

「う、うるさい。とにかくこれに懲りたらもっと慎重に行動しろ!……ま、まあ、

油揚げのことは礼を言っておく」


 そう言うと妹狐は、後ろも振り返らずに去っていった。包み紙を大事そうに抱え

て。


 家に帰ると心配していたであろう雛が駆け寄ってきた。もっともりんは土産の

包みを奪い取るとさっそく開けて食いはじめていたが。


「帰りが遅いので心配してました!大丈夫でしたか?」

「ああ、大丈夫ですよ」


 先ほどの出来事を雛に話す。なにやら複雑な顔をして聞いていた雛は、少しば

かり迷うそぶりをしていたが、話してくれた。

 それによれば、少し前に妹狐は葉介を訪ねてきたらしい。そこで雛から帰りが

遅いことを聞いた狐は、何も言わず慌てて飛び出していったとのことだ。

 おそらくは葉介を心配して探しにきてくれたのであろう。”たまたま”などと

言いながらも、やはり根は優しい子なのだろう。

 

 翌日に木霊に昨夜の話をする。本来は山中で人を惑わすあやかしであり、、こ

んな街中に近いところに出てくることはないとのことだが、やはり葉介たちが惹

き寄せているのだろうか。

 対処方などは、おおむね妹狐に聞いたとおりである。しかし、自分がどうやっ

て助かったのか、本当に木の実を食べたのかがいまいち思い出せない。


「そりゃお前さん、弱って物も噛めない病人にはどんなものを食わす?」

「ええと、そりゃぁ柔らかく煮た粥などでしょうか」

「うむ。そうじゃの、じゃが、そんな料理すらできない場所では?たとえば火の

使えぬ獣の親は、生まれて間もない子にはどうやって飯を食わすかの?」

「それは……。あ、そうだ、親が食べ物を噛み砕いて、柔らかくしたものを口移し

で与えます」

「うむ、わかっておるではないか」

「…………!!」


 木霊の言葉にはたと思い当たる。そうか、あの時感じた暖かい感触は……。

そして、あの甘く柔らかい食べ物は……。

 思い出し真っ赤になった葉介は、今度ありったけの油揚げを買って神社へ行こう

と思った。

 ふいに木霊がぽつりとつぶやいた。


「まあ、あの娘には黙っておいたほうがよいがの……」

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