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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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十五 狸

 その日は、いつものごとく頼まれた文章を届けて、りんと帰宅途中であった。


 りんを連れて行くのはどうかと思ったが、雛が家のお使いを頼まれりんの面倒を

見ることができず、家に残していくのも心配で一緒に連れていったのである。


 もっとも相手も、嘘や大げさを撒き散らす商売であり、不思議なものや怪しいも

のは大歓迎の様子であった。


 本来なら、先だって決意した作品に取り掛かるべきだと思うが、いくら人とあや

かしの架け橋になると決意しても、無名の物書きが今すぐにどうこうできる訳でも

ないし、先立つものは必要である。


「それで、何を買ってくれるんにゃ?」


 りんは思っているよりずっと賢い。


 物を手に入れるのに銭が必要なことや、働く対価としてそれを手に入れられるこ

とをすぐに理解した。


 おかげで熊吉の店から魚を取ろうとすることは無くなり、一安心である。

 

 ただ、銭を稼ぐのがいかに大変かを理解しているかは、まだまだ不明だ。


「……雛さんにもお土産を買っていきたいし、まあいいか」

「葉介は優しいから好きにゃー」


 りんは飛びついて腕にしがみついてくる。


「こ、こら!子供じゃないんだし、女の子がみっともないからやめなさい!」

「なんでにゃ?あたしと葉介はつがいだからいいにゃ」

「違うって言ってるだろ。まったく、手のかかる妹ってこんな感じなのかね?」


 腕に感じるりんの体は柔らかく、暖かかった。間近で見るりんの姿は、やはり

飛びぬけて美しく、胸の鼓動が早くなっていくの感じる。


 もしかしたら、自分とりんが共に生きていく道も……。


 不意に浮かんだ感情に動揺し、気づかれないように努めて平静を装う。


「あ、あんなところに屋台があるぞ。ちょっとした物なら何か買えるだろう」


 ちょうどいいところに店がある。


 行きには出ていなかったが、運が良かったのだろう。ごまかすように慌ててりん

の手を離し、駆け寄って中を覘く。


 種類は多くないが、団子などはおいてあるようだ。


 どれにするかを決めさせようと、りんを呼ぶ。


「りん、どれがいい?」

「うーん、どれも捨てがたいにゃ……」

「いらっしゃい」


 ふいに声が聞こえた。


 見ると、八百屋台の下に隠れるように、男が後ろを向いたまましゃがみこんで

いる。


 後ろ向きなので細かくはわからないが、声や雰囲気からするとそれなりの年齢の

ようだ。


 しかし客が来たというのに振り返りもせず、おかしな主である。


「あ、あの、何かおすすめはありますか?」

「ああ、うちのはみんな新鮮な()ぐ……、い、いえいえ。作り立てですから旨い

ですよ」


 そう言いながらも、主はこちらを向こうとしない。不思議に思った葉介は、


「あの、どうかされたんですか?何かそちらに目を離せないものでも?」

「いえ、たいしたことではありません。しかし……。お客さん、そんなにあたしの

顔が見たいんですかい?」


 そう言うと主は後ろを向いたままゆっくりと立ち上がる。


 葉介は何やら不気味なものを感じたが、いきなり立ち去るのも失礼だろう。


 何か場を和まそうと考え、ふと木霊の話を思い出し、冗談を言ってみることにし

た。


「も、もう、やだなぁ。これじゃぁご主人が振り向いたら、のっぺらぼうだったっ

てオチみたいじゃないですか」

「なんにゃ?こいつのっぺらぼうなのか?あたしの仲間にゃ?」

「え?……」


 突然主の動きが止まり、なにやら挙動不審となる。


「な、な、何をいうんですか。この世にそんなものいるわけないじゃありません

か」


 言葉とは反対に、明らかに動揺している。


 後ろから見えるだけでも首筋や顔は真っ赤になり、汗が流れている。


 え?……もしかして、本当に?


 どうしようと思っていた矢先、


「のっぺらぼうの顔を見てみたいにゃ」

 

 りんが八百屋台を乗り越え、主の襟首をつかみ振り向かせようとする。


「やめて!違うからやめて!」


 主は必死に抵抗している。


 人を怖がらせるあやかしも、種が割れてしまっては恐怖も半減だろう。


 さすがにかわいそうになった葉介は、


「りん、やめなさい」


 が、時すでに遅し。


 無理やりこちらを向かされたその顔は、まさにのっぺらぼうであった。


 ただし、顔は真っ赤になり、本来目があるはずの場所には、涙が滲んでいる。


「おー、すごいにゃ。面白いにゃ」


 葉介が悪いわけではないのだが、ものすごく罪悪感を感じる。一瞬謝りかけた

が、あやかしの必要としていることはそれじゃないと気付く。


「う、うわーおどろいたな。のっぺらぼうだ。めもはなもくちもないぞ。だれか

たすけてー」


 考えた末、のっぺらぼうが一番ぶと思われる態度をとった。


 だが、そこらの大根役者の足元にすら及ばないような演技力である。


 おかげでのっぺらぼうの涙はあふれんばかりになっている。


「い、いや、すみません。悪気があったわけでは……」

「ば、ば、馬鹿にすんなー!。お前の母ちゃん出べそー。ばーかばーかー」


 どうみても中年の男から発せられる声は、甲高い子供のような声である。


 すると『ボワン』と言う音と共に、のっぺらぼうから煙が上がる。


 その後に現れたのは、


「え?」

「おー、狸にゃ。まだちっこいにゃ」


 そこにいたのは、まだ子供の大きさの狸であった。


「おぼえてろよ!ばーかばーか」


 狸は一目散に逃げていく。


「悪いことしちゃったな」


 人とあやかしの架け橋となる決意をしながら、いきなり失敗したような気分だ。


 しかし、狸が化けていたとは。


 ん?ということは、あやかしの正体は狸ということもあるのか?よくわからなく

なってきた葉介である。


「仕方ない。まだまだ勉強途中だしな。帰ったら木霊に聞いてみるか。りん、

帰る……」

「ぅにゃー!!」


 突然のりんの叫びに、何事かと身構える。


「団子が……、団子が……」


 そういえば店の品はどうするんだろうと、りんのほうを見ると、


「な……!?」


 そこにあったはずの店は無く、並べられた石のうえに葉っぱと品物が置かれて

いるだけだった。


 しかも、団子であったはずの品は、見事な馬糞となっていた。


「これは、もし知らずに食ってたら……」


 それからしばらくの間、りんが絶対に決まった店でしか買い物を許可しなかった

のは言うまでもない。

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