十三 狐
とりあえず立ち話もなんだし、雛と狐達には家に上がってもらった。
しまった、こんなことならもう少し饅頭を買っておくんだった。
葉介は饅頭をあきらめ、一人二つずつと買っておいた物を茶とともにりん、雛、
狐たちへ出す。
りんは取り分が減って不機嫌そうだ。
妹は態度のわりに真面目な性格なのであろう。きちんと正座をしているが、兄は
横座りに足を崩し、足の付け根が見えそうになっている。
葉介とて男の足を見たいわけではないが、どう見ても女にしか見えぬその姿に、
つい視線が向かってしまう。
そんな葉介を見る雛の視線は、なぜかとても冷たかった。
「そ、それで、いったいどういったご用件で私をお訪ねに……?」
「そう畏まらないでください。まず、わたくしどもの仕事は、この町の安定を守る
ことです。今この場所では、実体を持ったあやかしが現れ、それが名を持ち人間と
共存している。そのことがはたして、人の世とあやかしの世にとって、良いことな
のかを見極めるのもその一つです」
つまりは、自分ととりんが一緒に暮らしてるのは、稲荷神としては見過ごせるこ
とではないのだろうか。
「ああ、ご心配なさらずに。神社に集まる人やあやかしたちの噂話や、何より、先
ほどあなた方を実際にご覧になった稲荷神様からは、なんの心配もいらぬとの結論
が出ています。それにあの木の力もあり、この場所はとても強い霊気に守られてい
ます」
「そ、それを聞いて安心しました。では、なぜわざわざおいでに……」
「先ほど言ったでしょう?妹が直接あなたに会いたがったものですから、稲荷神様
をダシにしてやってきたのですよ」
「だっ……、だから違うって言ってるだろ!」
「まったくこの子は。自分の体をまさぐられたり、跨ったりされて、それ以来葉介
どのが気になって仕方ないんでしょう?」
「あ、あれは……」
妹は顔を赤くしている。
「葉介さん?………」
雛は表情が無くなったような目で、こちらを見ている。
「ご、誤解です!私はそんなことをした覚えもありませんし、ましてやまだこのよ
うな年若い女性に……」
「なんにゃ。こいつもつがいになるのかにゃ?」
「まあ、お前さんの好みをとやかく言いはせんよ」
庭先からも余計な声が聞こえる。
「いや、違いますよ!そうだ、そもそもさっき、初対面って言ってたじゃないです
か」
「ほほほ、すみません。少し冗談を言っただけですよ。先ほどの意味は、幼い頃の
葉介どのが、妹の像によじ登って遊んでいたという話ですよ」
紛らわしいことを言わないでほしい。雛も誤解が解けたようで、ばつの悪そうな
顔をしている。
「でも、あれから妹があなたのことを気にしているのは本当なんですけどね」
「兄ちゃん!もうやめろよ」
「ごめんなさい。葉介さんは大人の女性が好みのようなんです」
なぜか雛が口を挟む。雛と妹狐はじっと見つめ合ったまま、なにか不穏な空気を
漂わせている。
「あ、あの、とりあえず冗談なんですから落ち着きましょう」
「あら、でも大人の女が好きと言うことは、葉介どのの好みはわたくしということ
でしょうか?」
二人がの視線が、すごい勢いで兄狐に向く。
「冗談ですよ。まったく二人とも、可愛らしいことねぇ」
いや、冗談でよかった。確かに見た目の年齢にはそぐわぬ色香を発しているが、
さすがにそっちの趣味は無い。
「まあ、あまり長居してもご迷惑でしょうし、少し真面目にお話しておきましょう
かねぇ」
兄狐は居住まいをただすと、男であることを感じさせるような凛々しい表情に
なった。
「先ほども言いましたが、この場所は神木、霊木とも言われる物の影響で、強い
霊気を発しています。また葉介どの自身も不思議なものを惹きつける力が強くあり
ます。強い力が発生しているということは、いろいろな類のものが集まりやすいと
いうこと。あなたはあやかしの類にとても好かれやすい体質ですが、中には良く
ないものも呼んでしまうこともあります……」
そしてじっと葉介を見つめる
「あなたのあやかしを助け、共に共存しようという志は大変素晴らしいものです。
しかし、彼らが何のために存在するのかをお忘れ無きように。ただそこに在るだけ
の者もいれば、人に害をなすのが役割の者もいます。好かれるも憑かれるも紙一重
と理解していただくように」
それに……と、少し言いにくそうに、
「人が皆、あなたがたのように、不思議をあるがままに受け入れられる者ばかりで
はありません。古来より人間は闇を恐れ、自分達と異なるものを排除し、神仏のた
めと称して争いを繰り返してきました。わたくしたちと人は、時に憎しみ、争いの
対象となることもあるのをお忘れなきように」
確かに、まだ皆がりんを受け入れているわけではない。町を歩けば、化物を見る
目でこちらを見る者だっている。
「まあ、この家には木霊もおりますし、あやかしに関しては心配はないかと思い
ます。ですが、人の世に関しては葉介どの、あなたがこの子たちを守ってやらねば
なりません。もちろん、困ったことがあればわたくしたちを頼っていただいてかま
いませんよ」




