十二 客人
家に着くと、帰ってくると計ったように雛が訪ねて来ていた。
とはいえ、あまりに頻繁に訪ねてくるので、葉介宅にいる時間の方が長い気はす
るのだが。
もちろん葉介にとっては、りんが目的とはいえ雛が訪ねて来てくれるのは大歓迎
である。
「あ、あの、お帰りなさい」
「ああ、雛さん。いらっしゃい。すみません。少しりんと出かけていたもので」
「いえ、私こそ突然お邪魔してしまって……」
言ったきり、雛の視線が一点を見つめたまま、言葉が止まる。
視線はりんの首元をじっと見たまま動かない。しばし固まった後、葉介の方を向
いた雛は、
「えっと、その鈴は葉介さんからの贈り物でしょうか?」
「え?あ、はい。そうですが」
「……。そうなんですか……。ふーん……」
何か雛の様子が怖い。
「そ、そういえば雛さんにも渡すものがあるんです!いつもお世話になってばかり
で、こんなものでお礼だなんて申し訳ないんですが……。本当はもっといいものを
買いたかったんですけど、あまり懐に余裕が無くて、その……」
お守りを取り出し渡す。すると雛の態度が別人のように変化した。
「え?私のために……ですか?本当にいいんですか?」
「もちろんです。雛さんには感謝しきれないくらいにお世話になってますし」
雛は涙ぐみながら喜んでいる。
「一生大事にします」
いや、新年には返納したほうがいいと思うのですが。そう言えないほどに雛は
喜んでいる。
まあ、こんなもので満足してくれるなら買ったかいはあったというものだ。
とりあえずお茶でも、と言った矢先に庭先から声が聞こえた。
「もぅし、葉介どのはおいででしょうか?」
雛と顔を見合わせ、声の元へ行ってみる。
そこにいたのはこんな下町になぜ?と思えるような美女……、いや美女というに
は少々若い、美少女であった。
年は雛やりんよりやや上であろうか。まるで花魁のように着飾り、胸元をはだけ
た姿をしている。
美しい顔立ちをし、切れ長の目が流し目をするように葉介たちを見ている。
胸元の膨らみはあまり感じられないが、何より歌舞伎の女形がするような仕草
が、まさに男の理想どおりの女性を演じ、年齢以上の妖艶さを醸し出していた。
その姿を見て、雛は完全に硬直してしまっている。
「あ、あの、失礼ですがどちら様でしょうか」
「ああ、これは失礼いたしました。わたくしはともかく、葉介どのはこの姿では
初対面のようなものですから」
おや?
葉介は彼女の声や仕草に、何か違和感を感じた。だが今は、それを気にしている
時ではないだろう。
「それで、どういった御用で……」
「いえ、わたくしの用というより、この子が葉介どのに、どうしてもお会いしたい
ようでしたので……。ああ、わたくしたちは双子ですの」
「ちょ!、何馬鹿なこと言ってんだよ!僕がわざわざこんな奴に会いにきたいなん
てこと、あるわけないだろ!僕らはあくまで使いできたんだから。」
背後から現れたのは、背格好や顔立ちも、女性によく似た男の子であった。
簡素な着物を着ているが、男の子とは思えぬほど美しい顔立ちである。化粧をす
れば姉そっくりになるだろうと思える、確かに双子だと思わせる顔立ちであった。
ただ、何だろう?二人に対して、どうしても何か違和感を感じる。
「なんじゃ。めずらしい者が来おったの」
頭上から声がする。
「木霊さんのお知り合いですか?」
「こやつ等は稲荷神の使いじゃ。ほれ、そこの神社に二体の像があったじゃろ。
双子の兄妹で、それが変化したもんじゃ」
「つまり、化け狐!?」
その割には、耳や尻尾が見当たらない。
「お前、失礼だぞ!僕らは稲荷神様の御使いだ」
「つ、つまり神様なのでしょうか?」
慌てる雛に、
「まあ、こやつ等が神というわけではない。神使であるから、そこいらのあやかし
と同等の存在ではないがな。現に猫又と違い、人とまったく変わらぬ姿をしておろ
う。こやつらは神通力で変化しておるからな」
言わんとすることはわかった。
ちなみに、雛はすでに木霊を見ることができる。
それより気になることは、先ほど木霊は『姉弟』ではなく『兄妹』と言わなかっ
たか?
「わかったか。稲荷神様に言われたから、わざわざ僕らが来てやったんだ」
「まあ、この子ったら意地を張って。それにそんな格好をしてるから、いつも男の
子と間違えられるんでしょう?」
「うるさい!僕はこの格好が動きやすいから、これが好きなんだ!だいたい兄ちゃ
んこそなんだよ。そんな女みたいな格好や言葉使いして。恥ずかしくないのか?」
「あら、いやだ。この子ったら。わたくしはこの姿が好きだからこうしているの
よ。葉介どのもそうでしょう?むさ苦しい男より、わたくしのような女が隣にいた
ほうがいいでしょう?」
違和感の正体がわかった。
「失礼いたしました、葉介どの。それではあらためまして、わたくし共は稲荷神社
の御使いをしております。双子の狐にございます」




