十 雛 その二
興奮するりんをなだめ、いったん室内へと入ることにした。
にわかには信じられないとは思うがと、雛に今日の出来事を語る。
とはいえ、そんなことを簡単に信じるわけがないだろう。雛に気が触れたと思わ
れはしないかと、内心びくびくしながらの説明である。
しかし、意外なことにすんなりと『葉介さんを信じます』という言葉が返って
きた。
逆に不安になった葉介に、雛は今まで時おり兄の目を盗んで、りんと思われる猫
に餌を与えていたことを語った。
「あの猫ちゃんはすごく印象に残ってたんです。綺麗な銀色の毛並みとか、利発そ
うな目とか。何より、うまく言えないんですけ、不思議な魅力を感じさせる子だっ
たんです。お店のこともあるし、兄が反対するだろうから家では飼えなかったんで
すけど……」
たしかに、雛の言うことはわかる。りんに何がしかの力があったからこそ、葉介
もあの時目が離せなくなったのであろう。
「それに、見た目だけじゃなくて、さっきりんちゃんに抱きつかれた時、あの猫
ちゃんを抱っこしたり撫でたりした時と、匂いとか感触とか……、まったく同じ
あったかい感じがしたんです」
当の本人は、雛の持参品が魚でなかったことに文句を言いながら、胡瓜をかじっ
ている。
「それに、りんちゃんが猫又で少し安心としました」
なぜりんがあやかしであったことに安心するのだろう?
「最初は葉介さんのお嫁さんかと……。い、いえ!なんでもありません」
うつむいて顔を赤らめる雛。やはり、まだ雛くらいの年では結婚というのは気恥
ずかしいものなのだろうか?
そう思った矢先、りんの発言でその場が凍りついた。
「葉介とはつがいになったにゃー」
「え……?」
「ば…、お前、なんてことを言うんだ!」
今度は滲ませるどころではない。雛の目にみるみる大粒の涙が溜まっていく。
「ち、違うんです!実は……」
必死になって先の木霊との話を説明する。
嫁入り前の娘に、自分が少女趣味ではないかという疑惑の話をするのは、恥ずか
しいが仕方がない。
まずは誤解を解くほうが先だ。
「そんなわけでして、その木霊……さんというあやかしが、私をからかって遊んで
いただけなんですよ。そこに、まだ結婚の意味のよくわかってないりんが便乗した
というか……」
「そ、そうですよね!葉介さんが子供にそんなことするわけないですよね。ごめん
なさい。わたしが早とちりしてしまって……」
雛は目に見えてほっとした表情を浮かべている
「そうですか……、葉介さんはもっと大人の女性のほうが……」
最期は、ぼそぼそとつぶやくような言葉になり聞こえなかったが、とりあえず
誤解は解けたようで一安心である。
「でも、そうするとこの家にはもう一匹……、いえ、もう一人妖怪さんがいるん
ですね?」
「はい。でもそっちは自分で何とでもできるようなので。問題はりんをどうやって
人の世で暮らせるようにしていくかなんです。住む所はここがあるのでいいのです
が……」
「だ、だったらわたしのお家に来たらどうでしょう?女の子同士ですし、私がいろ
いろ生活のことも教えられます!ま、まあ、兄もいますけど……」
雛はなぜだか興奮したように、一気に捲くし立てる。
「そ、それに、若い男女が二人きりで暮らすなんて……。も、もちろん葉介さんの
ことは信じてます!で、でもその……、あの……、世間体も……」
だんだんと声の大きさが下がっていくが、雛の言わんとすることはわかる。
たしかに、迷惑をかけてしまうのは忍びないが、男である葉介より、近しい年頃
の娘といたほうが、今後のためにもいいのかもしれない。
「わかりました。もちろん生活にかかるお金は出しますし、できる限りの手伝いも
しますので、お願いしていいでしょうか?」
「はい。おまかせください」
笑顔で雛は返事をする。
「りん。わかったかい?」
りんを見ると、雛の笑顔とは正反対の、母猫が子猫にちょっかいをかけられた時
に敵を威嚇するような表情でこちらを見ている。
「おい。どうし……」
「嫌にゃ!あのでっかいのがいる所なんて、絶対いかないにゃ!」
そうだ、こいつにとって、熊吉は天敵であった……。
それからは、どうなだめても、少しばかり脅かしても説得は無理であった。
結局、雛が時おり家に来て、いろいろ教えてくれることになった。
とりあえず母の形見の中から、着られそうな物を見繕ってくれ、尻尾の部分も穴
を開け裁縫してくれた。
形見の着物に穴を開けてしまうことを躊躇し、本当にいいのかと何度も聞いてく
れたのだが、どんな形であれ有効に使われたほうが母も喜ぶであろう。
ひととおりのことを済ませ、雛は帰って行ったのだ。
だが、帰り際に笑顔で、しかし何度も、
「あの、わたしは葉介さんを信じてますから」
と繰り返した。
ただ、いつもと違い張り付いたような笑顔であったのが少し怖かった……。




