九 雛 その一
「久しぶりに出てきて疲れたわい。儂はいったん消えるとするぞい」
「え?行ってしまうんですか?」
「別にこの先はお前さんたちしだいじゃ。儂がおったからといって、大して役には
立たん」
「じゃ、じゃあその前に一つだけ教えてください。りんも必要に応じて消えたりで
きるんですか?」
「いや、無理じゃ。その娘は実体が人の世にあるからの」
そう言うと、木霊はふわりと浮き上がり空へ溶けるように消えていった。
このままここにいてもどうにもならないし、葉介もりんとともにいったん屋内へ
入る。
ともあれ、りんがこの家で暮らしていくには、問題は山積みである。
そもそも近所になんと紹介するのか?
どう見ても兄妹には見えぬし、親戚ですといっても、まるで異人のような顔立ち
のりんでは、根掘り葉掘り詮索されるるのがオチであろう。それに隠しようのない
特徴、頭上の耳と尻の尻尾は如何ともしようがない。
いっそのこと嫁ですと……。いやいや、いくらなんでもそれはまずい。
天井を眺めながら必死に考えを巡らせていると、
「……あの……、こんにちは……」
庭先から声が聞こえる。慌てて出てみれば、
「ひ、雛さん!」
「ごめんなさい。お返事がなかったので勝手に……」
「いえ、こちらこそ気づかずにすみません」
そこに立っていたのは、胡瓜と茄子の入った籠を持った、美しい少女であった。
「さっきご近所でいただいたものですけど、よかったら葉介さんにもと思って」
「これはありがたい、いつも助かります。ああ、よければ上がっていただいて、
お茶でも……」
言いかけて気付く。いや、今はまずい!
「あ、いや、すみません。今は少し取り込んでいまして……」
まだなんの整理もできていない状況でりんを会わせても、雛が混乱し怖がってし
まうだろう。とりあえず雛を帰そうとした時、
「何にゃ?誰かいるにゃ?」
りんが顔を出した。
「え……?」
雛が目に見えてうろたえ、目元から涙をにじませはじめた。
当たり前の反応だろう。
頭上に猫の耳と、臀部に尻尾を生やした妖怪を見れば、年若い女性でなくとも
卒倒してしまってもおかしくはないだろう。
「いや、雛さん。この子は…」
「ご、ごめんなさい。葉介さんがお嫁さんをもらってたなんて知らなくて。そ、
それに、その……、お昼からそんなことを……。こ、こちらこそお邪魔してしまっ
て……」
雛は顔を真っ赤にし、泣き出しそうな顔をしている。
ん?嫁?そんなこと?
冷静になってみると、りんの格好は半裸に近い。
瞬間、葉介は雛の勘違いの意味を悟った。
「ち、違います!こいつは猫……、いやその、何と言うか、とにかく誤解される
ようなことではなくてですね……。いや、その……」
「なんにゃ、ちっこいのにゃ!また飯を持ってきてくれたのかにゃ?」
りんが嬉しそうに雛に飛びついた。
「こ、こら!お前、雛さんに何を……」
しかし、飛びつかれた雛は最初こそ驚いた様子で固まっていたが、ふいに驚いた
ような顔になった。
「え……?、嘘……!?、あなた……、まさか……、猫ちゃん!?」




