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ランダムお題「怪しい失踪」

作者: tetori

即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/)様での制限時間30分設定で書いたものです。そちらにも投稿されてます。

 暖かな日差しに包まれ、青く晴れた空に映える桜の花は、昨日の冷たい大雨にその多くが流されてしまった。窓の外を見て嘆息する。お花見をしようかとも思っていたのに、こうも早く散られてしまうとそれもかなわない。寂しいものだ。

 放課後の文学部室。大した活動をしていないのにも関わらずいっちょ前に部室が与えられた我が文学部は、その実部員二名で本を読みふけるだけの、廃部寸前のものだ。いつもなら、私のほかにもう一人毎日ここに顔を出す本の虫がいるのだけれど、今日は何故か姿を現さない。元々そんなに会話を交わすわけではないのだけれど、運動部や吹奏楽部の喧騒めいた活気からも離れたこの部室でひとりきり、というのはいささか寂しく感じてしまうものである。急に気温が下がったせいもあるかもしれない。

 はぁ、と嘆息して座り直し、机に積まれた本の山の一番上を手にする。私は元々本を読む方ではなく、ちょっとしたきっかけでこの部に入り本を読むようになったというだけだ。あの人が来ない以上帰ってもいいのだけれど、学校に来てはいたはずだからチャンスを逃してしまうかも、と考えるとそれもできない。

 三度嘆息する。いつもなら私より先に、私の倍くらいの本を抱えてここに座ってるあの人はいつになったら来るのだろう。

 本を開いてページをぱらぱらとめくってみるが、その世界に入り込む気にならない。携帯を開き、メッセージを送ってみたものの返事は来ず、画面とにらめっこするのにも飽きてしまう。

 窓の外を見る。雨に洗い流されてアスファルトにへばりつく桜の花びらは、誇らしげに咲いて風に揺られていた先日と同じものとは思えないほど惨めに見えた。桜は散り際が美しい、という人もいるのだけれど、押しつぶされるように落とされてはその美しさも見ることができない。

「……花見、行きたかったなぁ…」

 ぽつりとつぶやいてみる。誰に聞かせたかった言葉でもなかったが、部室の壁に吸われるように消えていくその言葉が、余計に寂しさを感じさせてしまった。

 とはいえいつまでもここで勝手に待ちぼうけをくらい続けるように過ごすのも面白くない。私は開いた本に目を落とし、最初の一行を読んでみる。

 自分でもびっくりするほど簡単に、私の意識は創造の世界に吸い込まれていった。



 時折ページをめくる音だけが響いていた部室に、下校を報せるチャイムがけたたましく鳴り響く。急に意識を現実に戻された私は周りを見渡すが、読み始めたときと変わらず独りだった。

 結局先輩は来なかったなぁ。どうしたんだろう。今まで来ないことなんてなかったのに。不思議に思いつつ帰り支度を始める。

「連絡くらいちょうだいよー…」

 呟きながら鞄を肩にかけて立ち上がる。私がこの部に入って一年くらい経つけれど、あの人が欠席以外でこの部室に顔を出さなかったのは初めてだった。私がどうこう言える筋合いではない―――と考えると胸のあたりがチクリと傷むけど―――ので特に言わないが、連絡欲しいってくらいは言おうかな。そう思いながら部室の引き戸に手をかけると。

「わっと」

「ひゃっ」

 急に引き戸が開かれ、驚いて後ろにのけ反る。目の前に居たのはもう一人の部員で、私の一つ上の男子生徒だった。

「ごめん遅くなった」

 遅くなったもなにももう下校時刻なんだけど、という言葉を飲み込む。先輩は肩で息をして、しかもびしょ濡れだ。

「どうしたんですか、ベッタベタですけど」

 訝しみながら訪ねると、先輩は顔を上げて恥ずかしそうに笑った。

「いや、せっかく綺麗に桜が咲いたのにこの雨でしょ。もったいないなって思って」

 そして私の目の前に、枝先で折ってきたのだろう、綺麗に咲いた桜の花を差し出した。

「まだ散ってないやつ、一番いいの探してた。遅くなったから走って来ちゃったよ」

「……え、なんでそんなこと?」

 つまりこの人、放課後の間ずっと雨の中散っていない桜を探していたのだ。この様子から察するに、傘もささずに。

「だって花見したいじゃん? 文芸部でさ」

 文芸部でっていっても私と先輩の二人しかいないんだけど、というツッコミは出てこなかった。それってつまり、私と二人で花見したいってこと? 頭の中は幸せな想像で急にいっぱいになる。

「…? どした、大丈夫?」

 声をかけられて意識が現実に戻る。そうだ、そんなこと言われても嬉しいけどそうじゃない。

「先輩、まず遅くなる時は連絡ください」

「あー…ごめん」

 先輩がしゅんとする。素直に怒られるのは可愛いと思ってしまうけれど、まだ言わなきゃいけないことが二つある。

「それから、傘くらいさしてください。風邪引いたらどうするんですか?」

「ごめん…」

「それに、もう下校時刻です。花見する時間なんてありませんよ」

「ほんと申し訳ない…」

 うつむく先輩に、私はくすっと笑って。

「だから明日、お花見しましょうね」

 桜を受け取ってそう言うと、先輩は顔を上げてほほ笑んだ。



 先輩が翌日風邪を引いて欠席したのは蛇足というものだろうけど、腹が立つので追記しておこう。

「怪しい」要素はどこ…ここ…?

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