第一幕 : 夢と記憶
「桜の花が何でピンクだか、お前は知っとるか?」
じいちゃんはそう言って、俺に話してくれた。
「桜の木の下にはな、死んだ人が埋まってて、その血を木が吸ってんだ。だから花がピンクいんだぞ?この木の下にもきっと――――――」
はっ!となって目を覚ます。辺りはまだ薄暗く、時計は5時20分を示していた。
「また中途半端な時間に……」
ため息をつきながらそう呟く。最近、“桜”に関連した夢を見て目覚めることが多いのだ。そしてその後は全く眠れない。お陰で寝不足の毎日である。
「……またこいつからLINE来てる」
スマホを見ると“華ちゃん”という名前が表示されていた。
華ちゃん>
『起きたら返信してねー(^人^)』
この“華ちゃん”という人物を、俺は知らない。だから最初はブロックしようと思ったのだが、彼女(女性だと仮定する)の方は俺を知っているようだった。好奇心に負けたが故に、会話を続けてしまい、既に1週間が過ぎていた。思えば“桜”の夢を見るようになったのも同じ時期かもしれない。
俺>
『今起きた。』
華ちゃん>
『だと思った(#^.^#)』
返事をすると直ぐに返信された。それは気持ち悪いほどの速さだった。
俺>
『何で分かんの。もしかしてストーカー?』
華ちゃん>
『ストーカーじゃないよ(`ヘ´)』
『でも、君のことはよく知ってるよ』
俺>
『俺はあんたのこと知らないんだけど。』
華ちゃん>
『知りたい?(//∇//)』
俺>
『興味ない。』
ここまでは、それほど異常な会話ではなかった。知らない人に向かって“ストーカー”と言うことも普通ではないが、それでも“平凡”な会話のはずだ。そう、ここまでは。
華ちゃん>
『桜』
ドクン!と脈打つのを感じた。そんな“気がした”に過ぎないのかもしれないが、ともかく驚きと恐怖を同時に感じた。
「……なんで、桜なんて……」
偶然だと思いたい。間違って打った、または今が春だからなのだと。
華ちゃん>
『驚いた?( ・∇・)』
『自分の見た夢が他人に知られてる、ってどんな気分?』
偶然じゃない。こいつは俺の見た“夢”を知っている。誰にも話していないことを。俺以外の知る筈のないことを、だ。俺はただ驚くばかりで、言葉も出なかった。
華ちゃん>
『既読無視ー?ひどいm(。≧Д≦。)m』
『ま、仕方ないかな(*≧∀≦*)』
怖かった。得体の知れない者との会話。自分の夢の漏洩。この時間の全てが。そして、知らなければならないと思った。
俺>
『……誰なんだ?あんたは』
俺がそう尋ねると、1つの画像が送られてきた。それは、目を疑うような光景の写真。
「これは……俺?」
紛れもなく、俺を写したものだった。夜、桜の木の下で、血を流しながら横たわっている、俺。しかし、俺にはこんな記憶は無かった。
俺>
『イタズラはやめてくれないか』
華ちゃん>
『やっぱり覚えてないんだね(._.)』
『4月7日の夜だよ。思い出せない?』
4月7日と言えばほんの1週間前。俺程度の記憶力でも、1週間前のことなら普通は覚えているものだ。しかし、思い出せなかった。その日の夜のことだけ、何も“覚えていないのだ”。そして“華ちゃん”と名乗る人物は、更に驚きの言葉を述べる。
俺は生涯、彼女の言葉を忘れないだろう。
華ちゃん>
『君は死にかけて“鬼”になったんだ』
『いずれ解るよ。“木崎 染矢”くん。』