─嚆矢編─
シャンデリアは煌々と輝く。
大理石の床面に映る赤き影。
そこには……
「抜かりなく進めろ」
「はっ。偉大なる将軍様の巧妙な策略に“日王傀儡一味“はなす術はないでしょう」
そして、将軍様の高らかな笑い声が響いた……
──────
市民のモバイル端末に一斉に警報音が作動し、黒のバックスクリーンに白の明朝体で字幕が出る。
【 国 民 保 護 に 関 す る 情 報 】
【 警戒情報。北朝鮮がミサイル発射を準備。 】
【 排他的経済水域着弾の可能性あり。 】
正価23年。日本にかつてない危機が迫っていた──。
──────
国家の中枢、内閣情報集約センターを緊迫したやり取りが飛び交う。
『J-alertの第一次情報送信完了!』
「米軍との連絡を密にせよ!」
『航空総隊司令官との直接回線を繋げ!』
陣頭指揮を執る高官に、スタッフが問いかける。
「しかし大臣。本当によろしいのですか?」
「?」
「牟田口総理からの指示は、『穏便に対応せよ』とのことでしたが……」
「そんなこと言ってる場合ですか?!」
その男、防衛大臣・荒垣 健。
齢四十二にして、民衆党政権連立与党たる「刷新の会」の代表だ。
防衛省官僚出身で、閣僚としてのその働きぶりは国民から高く評価されていた。
荒垣の意思に、スタッフは根負けした。
ところが……
思わぬ乱入者が現れた。
「ああ、もう!何やってるんだよっ!!勝手に警報なんか出してぇ」
子供のようにわめき散らし、官僚らを怒鳴りつける。
その男は……
「牟田口総理、これはわが国の安全を脅かす事態です」
「『安全を脅かす』?!……日本には憲法九条があるじゃないかっ。戦争なんて起こらないんだよっ!」
牟田口 薫。
自主市民党から政権を奪取した民衆党の内閣総理大臣である。
いや……政権は転がり込んだと言うべきか。
ともかく、その言動に反感を抱く者は多い。
「──現に弾道ミサイルが撃たれようとしています。総理、迎撃の許可を」
「……いや、北朝鮮に遺憾の意を伝えよう。……ただし、あくまで形式的なものにとどめておくんだ。総連を敵に回すと、次の選挙が危ないからね」
荒垣は憤激した。
相手を怒鳴ろうとしたその時、
「「──!? 海上自衛隊の『やまと』に動きあり!」」
──────
ディスプレイの光に照らされる薄暗い司令室。
「戸村三佐、準備完了です!まもなく弾道ミサイルが発射されます」
若い女性幹部がピコピコと報告する。
「──よし、やるか!」
戸村と呼ばれた男は肩や手の関節を鳴らし、気合いを込める。
『総員に達す!これより『やまと』は弾道ミサイル迎撃を開始する!日本の未来は俺たちに託された!!』
『砲雷撃戦、用ォォ意ッ!!』
『主砲塔起こせェェェ!!』
──海上自衛隊開発隊群所属ASE6103やまと。
米軍から技術供与を受けた最新鋭艦である。
猛将、戸村 幸一が副長を務め、凄まじい功績をあげていた。
しかし、自主党から民衆党への政権移行に伴い、艤装が中断されていた。
今、やまとは未完成ながらも、その巨体を唸らせ、大決戦に挑もうとしていた……
──────
ロケットエンジンが噴かされ、発射台に煙が立ち込める。
『発射━━━━━━!!!!』
飛翔体は地面より浮かび上がり、加速度をつけて上昇する。
それを双眼鏡で観察する北朝鮮国防委員長。
残された発射施設には、将軍様の笑い声が響く……
──────
「……迎撃できる訳がないじゃないかっ!」身振り手振り狼狽する牟田口。
スタッフらは無能な総理大臣を睨みつける。
「いえ総理。やまとにはブラスターキャノンが装備されています。迎撃は可能です」と荒垣が応じる。
「……やまとの責任者を呼び出すんだ!今すぐだよ!!」
総理の命令に、嫌々ながらもスタッフが回線を開く。
回線が繋がる……
『戸村です。光栄です総理』
幸一は形式的に敬礼した。
「おい!お前!勝手に戦艦を動かすんじゃないよっ。これは……国際問題だよっ!!」
幸一は牟田口のやかましい質問に答えない。
「機器が不調」だと言って、誤魔化した。
荒垣は(やるなぁ)とほくそ笑む。
間髪入れずアラートが鳴る。
「「北朝鮮弾道ミサイル!発射されました!!」」
やまとのやり取りが無線越しに聞こえてくる。
『目標、北朝鮮弾道ミサイル!攻撃始め!!』
『……リコメンドファイア(攻撃要請)!!』
『撃てェェェ━━━━━━━━━━━━ッ』
大出力レーザービームの発射。着弾は一瞬であった。
「防衛省より連絡……」
皆が次の言葉を待つ……
「迎撃……成功です……!!」
女性スタッフがヘナヘナと腰を抜かす。
「やまとが、撃ち落とした……!」
茫然自失としていた牟田口だったが、しばらくして……
「なっ……やまとの指揮官を今すぐ呼び出すんだよっ」相変わらず騒ぎまくる総理大臣。
男たちは戦う。この国の未来を守るために──
そしてこの時、日本を揺るがす大きな試練が待ち構えていたことを、彼らは知る由もなかった……