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第一章 Vol2.00 赤い夢再び

 仮想空間の玄関を開けたところで、俺はゴーグルを外した。


 身体が重い。まるで鉛の鎧をまとっているようだ。

 鈍い痛みに気づいて、首筋あたりを手で探る。

 ……青痣になっている。


 ゲーム中、あの狭い路地に飛び込んだとき――何かにぶつけた記憶がうっすらある。でも、それはただの感覚だったはずだ。あれが現実に反映されたというのか? 


 いや、まさか。まさかそんな……精神が現実に干渉するなんて。


 だけど、どこでぶつけたんだ? 本当にただの偶然か? 

 少し怖くなって、口の中に指を突っ込み、匂いを嗅いでみる。


 ――鉄の匂い。血の匂いがした。


 ゲーム中に誤って口の中を噛んでいたらしい。無意識だったのに、リアルで出血するなんて。


 ……このゲーム、やばいかもしれない。


 どこか心の奥底で、警報のような何かが静かに鳴っている気がする。

 けれど、それだけではなかった。俺の心をざわつかせるものは。


 仮想空間で見た夜の街並み――あの、美しすぎるほど整った景観。


 そして、あの少女。救えた……はずの、あの少女の横顔。


「……俺って、ロリコンだったっけ?」


 欲情しているわけじゃない。はずだ。

 でも、なぜだろう――気になって仕方ない。


 彼女のことが。あの後、彼女はどうなったのかが。


 気づけば、アルファーAI搭載の量子PCではなく、隣に置いてある昔から使っている自作機の電源を入れていた。

 量子演算からは切り離された、ただの検索端末。それが今は、妙に安心できる気がした。


「えっと……昨年の11月末から、12月中旬くらいか……」


 ブラウザを立ち上げて、地元新聞社のアーカイブをチェックする。過去記事検索で時期を絞り、次々に見出しを追っていく。


 ――そして、見つけた。


 “12月13日 久留米市花畑交差点 通行人数名の死傷事故”


 ……死んでんじゃん。


 脳裏に、ゲーム中にAIがつぶやいた言葉が蘇る。


「アルファーは、過去をトレースしてある」


 まさか。本当に、過去の事件をベースに作られているというのか?

 あの少女も……実在していた?


 ただ、いくら検索しても事故に巻き込まれた人物の氏名や詳細なプロフィールは出てこなかった。地元ニュースの一部で取り上げられてはいるが、個人名までは伏せられている。


 もし彼女が本当に存在したなら……

 もし巻き込まれていたのだとしたら、どうか助かっていてほしい――。


 もやもやとした感情だけが、胸に残る。


 時計を見ると、22時をまわっていた。

 俺は部屋の照明を落とし、ベッドに潜り込む。


 ―――夢を、見た。


 あの少女が助かった後の夢だ。


 彼女は誰かを探していた。

 制服は変わっている。進学して、高校生になったのか。


 彼女は、街の電気店で買ったらしい紙袋を大事そうに抱えていた。


 そして、誰かを探すように、駅前から裏通りへと入っていく。


 ――ふいに、振り返る。


 その瞬間、世界が赤く染まる。

 まるで夕焼けのような、けれどもっと濃く、もっと不気味な、朱色の光が街を包み込んでいく。


 彼女の背後に、何かの“影”が忍び寄っていた。


 危ない――!


 声を上げようとした瞬間には、彼女は路地裏に倒れていた。


 制服の上着は裂かれ、地面に落ちている。

 彼女の白い背中が露わになっていた。


 やめろ……やめろ、やめてくれ……!


 睨みつけるような彼女の目元から、涙が一筋、頬を流れる。



 ――赤く、赤く染まる世界。


 彼女の喉から、えずくようにして血の塊が吐き出される。

 濃い、真紅の液体が路地に広がっていく。



『――これは、夢だ!!!』


 俺は叫んだ。

 けれど、その声はどこにも届かない。

 夢の記憶は、赤い霞に溶けていった。



 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。

 目覚めた俺の全身には、嫌な汗がべったりと張り付いていた。

 最悪の目覚め。まるで悪夢に襲われたかのような感覚。


 いや――本当に悪夢だったのか?


 ふらついた足取りで立ち上がったとき、テーブルの角に足をぶつけた。鈍い痛みが脛に走る。


 寝ぼけているのかもしれない。

 俺は少しでも正気を取り戻すために、シャワーを浴びることにした。


 床に目をやると、昨晩のままのゴーグルがテーブルの下に落ちている。

 その本体にはまだ電源が入っており、小さなアクセスランプが、規則正しく――何かを待つように――点滅していた。


 まるで、「続きがある」と言っているように。

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