Vol1.04 赤い夢の再演
夢の、みぞれが降っている表現が抜けてました;;うっかりぽっかりです。
ゴーグル越しの夜の市街地、仮想空間の世界は現実より妙に輝いて見える。
建物の外壁のタイル一枚が光を反射する。
イルミネーションの光を受けながら揺れる、軒先のテントの陰影。
通り過ぎる車のヘッドライトが道路とショウウインドーに行き交う人々の影を映す。
意識を向けた刹那に、その一つ一つが細部まで煌めくように浮き上がってくる。
「アルファさん?なんか世界が綺麗なのですが……」
「ご疑問の趣旨がわかりません。現実と違うとことでしょうか?」
「いや、なんだか綺麗すぎるというか……」
「涼太様がどのように認識しているかまでは解りかねますが、現実はもっと素晴らしい世界なのではと推考いたします」
「―――?」
「人類・生物の認識に関する文献・論文:検索結果 2565件、・・863件・・・・4012件・・・・検索をバックグラウンドへ移行・データをファイル化・階層化開始、参照回数の多いものから100件抜粋・・・・データ内容確認を並行処理実行」
「中間報告をいたします。人類の脳の生理現象により興味の対象となる事象への優先処理を確認、対象物への興味の深度により脳内にて入力データを美化する。」
「システム上の興味の対象への選択はクリアー……興味の深度に関するシステム化を開始」
「システムへの反映までの所要時間約380分、明日の朝までに最適化を完了いたします」
――――仕事、早ッ!
「ありがとうございましゅ……噛みました」
「それ気に入ったのね、もう突っ込まないよ」
なんとかしてキャラ設定をしたいと主張してる風なので、もっとおかしくならないようにスルーする。
久留米西鉄駅周辺から、商店街・繁華街などを散策。
孫の出産で久留米入りしたお婆さんの手助けの折、本人の頭上から60pointのポップアップ表示された他に、遠方から10point・ゴミ拾い・酔っぱらいに声をかけ背中を摩るなどで150程のpointを稼ぐが、どうにも効率が良くない。
「アルファさん、効率よくpointを稼ぐ方法はないの?」
「回答します。イベント・ミッションの達成時pointボーナスが用意されています」
「また、日常生活における商業活動などにより不特定多数の者の好感を得ることができれば反映される仕様になっています」
「pointで使える機能は、当面使えそうにないな……」
「基幹システムの検討結果、システムを体験できるように、幾つかのお試し機能を利用者に付与いたします」
「今回は、5分間の時間遡及・進行・思考&行動30秒を10倍化、を進呈します」
「当件に伴い一部アクションをアイテムとしてオブジェクト化・アイテム欄の併設……当件の改定を反映・完了しました」
――――仕事早すぎ、アルファさん。
ポォン!
電子音と共に、面前にポップアップ画面が表示される。
『“システムメッセージ:ミッションの発生を確認・実際に機能をご利用ください』
『発生時刻はこれより20分後、場所は西鉄花畑駅付近の交差点、発生確率 99.95%』
「わぁ……なんか出てきたよ」
「過去の事故・事件のデータから参照されたミッションです」
「強制発生の事象ですが、干渉するか否かは涼太様に一任されています」
丁度バスセンターにいた俺は、さほど離れていない隣駅とはいえバスで移動することにする。折しも花畑方面へ出るバスも客待ち状態であり、実質10分も掛からずに駅に到着した。
バス停から駅から周辺を眺めて見るが、それらしいアイコンも見えず、交差点も限定されていないから途方に暮れる。
「アルファさん、ミッションがどこで起きるか解んないよ」
「……承知しました。トレース可能なようにシステム表示の変更を行います」
視界に赤黒い ≪!≫ が、自宅方面に表示される。
「なんか嫌な色だね」
「因果律の強さを色で分けてあります」
「因果律?」
「このミッションが今後、他のミッションに連動するという事です」
「嫌な色だから、嫌な方にってことかな?」
「そのまま放置すると、そうなりますという意とご理解ください」
「ミッションは当ゲームの性質上、メインストーリーに当る仕様です。ご了承ください。」
「……はぁ」
アルファの解説を聞きながらミッション発生場所方面へ移動した。
曇天模様はみぞれとなって降り注ぎ、駅前は灰色ほ底冷えがする空気に包まれている。
そこは歩行者信号の手前の歩道の上3m程の処に、透明なフィルムが張り付いたように赤黒い≪!≫が浮かんでいる。そして、ミッションのメッセージの時刻、≪!≫の場所に一人の少女が訪れた。
「……おいおい、なんか見たことあるんだけどこの……」
「システム上、この映像化は初めてです」間髪入れずアルファが回答した。
――――俺は夢でこの場所にいた。
「やばい!!逃げろ!!」声は届かない。
信号が青に変わり、目の前の横断歩道を歩いて行く女の子。
暴走しながら信号無視で交差点に進入する、黒塗りスモーク張りのベンツ。
時間が緩やかに感じ、ドッと汗がでる。
心拍数が跳ね上がり、血管が脈打ち心臓の鼓動を体感させる。
道路の轍に貯まる汚れたみぞれを弾きながら、減速せず交差点に進入した車が女の子を撥ねる。
車に接触した小柄な体は、くの字に折れボンネットに叩きつけられ、跳ねる様に浅い弧を描きながら中に浮く。
彼女に駆け寄ろうとしたが、視界に車両が入り彼女に接触するのに5秒もかかっていないだろう。
まだ22時を少ししか回っていない駅周辺には人通りも多く、目撃者の悲鳴が上がる。
ゆっくりと体を捻りながら舞う小柄な体、纏わり付くように漂う黒髪。
俺の側の地面を滑るように店舗のシャッターに叩きつけられる。
不自然に捩れた姿で横たわる姿。
車は150mほど離れた歩道に乗り上げ電柱に車が衝突した衝撃音が耳に入る。
彼女の顔が俺に向いている、瞳が俺をみている。
『 ……た 』
聞き取れない。
ヒューヒューと笛のような息が、口から血の泡と共に滴り落ちる。
歩道には体液と混ざるように鮮血が、滲んだ赤い絵の具のように排水溝にむけてゆっくりと広がっていく。
肺と動脈が破れている、助からない。助けられない。
口の中に、苦いものが広がる。
ギャラリーが遠巻きに、救急車や警察に通報しているのが伺える。
少女に駆け寄り、気道を確保するように為に慎重に横を向かせるが、かすかに痙攣する体には力が全く入っていない。
冬服の制服のボタンを開け……あばらが何本か服を突き破り露出している。
「救急車は!?」
思わず叫ぶが、周囲の数名がもう呼んでいると返してくる。
するはずもない血の臭いがした。
彼女はもう息をしていない。
いつの間にか握っていた手はまだ血の気を感じるが、暖かく美しかったであろう顔は苦痛で歪み、耳と鼻からはまだ出血し続けている。
――――リアルすぎるぞこれは。
「アルファー、5分戻る」
なぜだか俺は泣いている。熱い涙が頬を伝うのを感じる。
「承知しました。アイテムの使用を確認、戻ります」
目の前の映像が徐々に輪郭を失い、色彩が混じり合ってぼやけていく。
そして、やがて映像は輪郭を取り戻し、色鮮やかに再構成されてゆく。
俺はいつの間にか、交差点近くのコンビニの前に立っていた。