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第三章 Vol4.02 サバンとアルファー量子AI

 

 5月の上旬、真由美の弟、翔ちゃんは母の運転する車で聖ヨハネ病院へ向かっていた。


 翔は医療用量子デバイスを外し、並走する自動車のタイヤを真剣に眺めていた。


「 真由美お姉さんの因果律が変動したのを観測しました。次のプロンプトの指示をください 」


 量子デバイスから真由美と同じ声の質問が投げかけられる。


 翔の脳では凄まじい演算が行われ即座に回答を出した。


「 ままま真由美おお姉ちゃんの、しし幸せを、ささ最優先。こ高校をすす直ぐにそ卒業させて。

 そそそしておおお兄ちゃんと一緒に、りょりょ量子AIせ戦争の、たた対応を、じゅじゅ準備。」


「 了解したわ。これからも翔ちゃんが良い弟であり得ますように 」


 量子デバイスはそう言い残すと只のゴーグルへと戻った。


「 翔ちゃん!もうすぐ着くから忘れ物がないようにね。」


 母が運転席から後部座席の翔に声をかけた。

 翔は頷くだけで、返事はしない。


 病院のエントランスを抜け、駐車場へ入る。

 そこから翔は手を引かれ、病院の受付へ移動。

 時々すれ違う、配膳ロボットと患者の車椅子を押す介護用アンドロイドとすれ違い、量子MRI室へと移動した。


「 よく来たね、翔君。今日も少し狭いところに入るけど大丈夫かな? 」


 担当医の狭間先生が、声を掛けてきた。

 傍には、頭部はほぼ人間に近いが、関節の動きが微妙にぎこちない医療用アンドロイドがにこやかに笑いかけている。


 翔は掛けていた量子デバイスをそっと外すが、手には力がこもっている。やはり暗くて狭い場所には安心を感じつつも、恐怖は拭えない。


「 脳の量子スキャンの後、お母さんと話があるから。我慢できるかな?」


 狭間先生の説明にコクリと翔は頷き、量子デバイスをそっと手渡す。


 量子MRIは形こそ従来のMRI装置に似ていたが、その原理はまるで異なっていた。通常のMRIが強磁場とラジオ波を使って水素原子の動きを計測するのに対し、Quantum MRI(量子磁気共鳴画像装置)は量子もつれ(エンタングルメント)と量子センサー技術を用いて、脳内の極微細な磁場の揺らぎを読み取る。内部にはダイヤモンドの結晶中に埋め込まれた窒素空孔中心(NVセンター)という量子センサーが高密度に配置され、翔の神経活動を細胞一つひとつのレベルで読み取っていく。


 この装置は、日本で初めて量産化に成功したものであり、聖ヨハネ病院はそのモデルケースの一つだった。従来のMRIでは見えなかったシナプス間の信号のやりとり、感情の起伏、意思決定に関与する脳内ネットワークの因果関係までも、レーザーと光子の干渉パターンとして即座に映像化し、病院の量子コンピューターで解析される。


 また、翔の脳には、いわゆる定型的な神経発火とは異なるパターンが観測されていた。通常の脳活動は確率的で曖昧だが、翔の神経ネットワークは一部において量子コヒーレンス(量子的な整合性)を維持しており、それが彼の特異な認知能力──未来の因果律の変動を“観測”できる力──を可能にしていた。病院の医療スタッフはそれを「量子的知能(Quantum Cognition)」と呼び、慎重に研究を進めていた。


 翔は寝台に横になり、天井に投影されたきらきらと輝く光子干渉パターンを見つめて気を紛らわせていた。


 莫大な電力を消費するQuantum MRIは、チキチキチキと電子音を響かせながら翔の脳をスキャンしていく。

 その時間は然程かからなかったが、翔には長く感じられた。


「 終わったよ、よく頑張ったね。」


 狭間先生に声を掛けられ、翔は医療用アンドロイドに介助されながら寝台からおりた。

 そして、先生から手渡された医療用デバイスをすぐに装着し、待合室にいる母の元に向かう。


「 おわった? この後先生とお話があるから少し待てる?」


 母から声を掛けられ、翔はコクリと頷いた。


 誰もいなくなった待合室で、量子デバイスから真由美の声がする。


「 翔ちゃん、手配はおわったわ。 一週間でお姉ちゃんは卒業。久留米中央大学への進学する因果律は、99.98%。 後は待つだけよ。」


「 ああありがとう。 あ後は、ぼぼくの脳を使っていい良いよ。」


 翔は急激な眠気に襲われ、待合室のソファーに横になり寝息をたて始めた。

登場人物

名前読み役割・関係性特徴・補足


しょう―真由美の弟量子AIと対話できる特異な脳構造を持つ少年。高校生。

量子デバイスを装着し、因果律操作にも関与。医療的観察対象。


真由美まゆみ―翔の姉本編では直接登場しないが、翔の量子デバイスからの声として現れる。

翔の因果律演算対象であり、卒業・進学が重要任務の一環。


翔の母―翔の母親翔を病院に送迎する。翔の量子デバイスについてはある程度理解がある様子。


狭間先生はざませんせい医師聖ヨハネ病院の医師。翔の量子脳スキャンを担当。落ち着いた人格者。翔に安心を与えようとする。


登場AI・デバイス

名称概要補足

量子デバイス翔が装着するゴーグル型の機器。真由美と同じ声で話しかけてくる。

対話型量子AIを内蔵し、因果律の観測・干渉・実行に関与。真由美の人格が反映されている可能性あり。


医療用アンドロイド医療現場で人間の補助をするロボット。

今回の描写では人間に酷似した頭部を持ち、柔和な振る舞いを見せる。身体バランスに違和感がある描写。AI補助医療の象徴。


配膳ロボット病院内での食事配膳を行う自律型ロボット。説明は簡潔だが、医療現場の自動化の一例。


施設・地名

名称読み概要


聖ヨハネ病院せいよはねびょういん翔が通う病院。最先端の量子医療機器を導入。


量子MRI室―翔の脳をスキャンする部屋。

従来のMRIとは技術基盤が異なる「Quantum MRI」が使われている。


技術・設定用語

名称英語表記概要補足


量子MRI(Quantum MRI)Quantum Magnetic Resonance Imaging量子顕微鏡とレーザー・光子照射による脳スキャン装置。

従来のMRIよりも細胞構造の一万倍以上の精密観測が可能。光ファイバー内蔵・量子AIが診断支援。量産化に成功した初の装置。


因果律変動―未来の出来事や可能性に影響を与える事象の変動。

翔のデバイスが観測・調整。物語の量子的運命操作を象徴する要素。


量子AI戦争(仮称)―翔と真由美の今後関与が示唆される未来の戦争。

AI技術が軍事に関与する近未来の危機。翔の演算結果に基づく未来予測の一環。

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