第一章 Vol2.04 色物はもういらない。
唇がまだヒリヒリしている。
凶悪な激辛うどんをねじ伏せ、そこそこの量の水で胃袋に流し込んだものの、ダメージはまだ残っていた。
憐みの視線が痛すぎるので、二人には「また後日」とだけ挨拶して学食を後にする。
次の講義は15時から。それまでに2時間ほど余裕がある。昨日話しそびれた履修科目の件もあるし、鹿毛研へ足を向けることにした。
――――コンコン。
「瀬上です。弥勒さん、いますか?」
部屋の奥で誰かと話す声が聞こえる。
「どうぞ、入ってきていいわよ」
弥勒さんの声が入室を許可する。
ギゴギギ――。
このドア、壊れたら俺のせい?
外開きのくせに、妙に入室を拒んでくる。
「フン……『バギ』」
鼻息荒くドアを引くと、引っかかった部分が何か折れるような音とともに開いた。
「総務に今度、話しておかないといけないわね……」
弥勒さんがつぶやく。
室内には見慣れぬ男性が一人。
打ち合わせ用のテーブル越しに、小柄な人物が腰かけていた。
感じの良いダークブラウンのスーツにベスト。上着は脱いで椅子に掛けてある。
短めの髪と大きな縁のメガネ。その奥の目は鋭く光り、知性を感じさせる。
整えられた口髭。少し猫背気味だが、年季の入った雰囲気がある。
昨今あまり見かけないパイプに煙草缶から葉を足し、深く深呼吸するように一服していた。
そんな所作を経て、彼は視線を俺に向けた。
目が合う。
――――うわ、なんかガチの学者さんって感じの人だ……
ちょっとビビる。
「あっ、涼太君。 先生、あちらが話してた瀬上涼太郎さんです」
「涼太君、こちらが鹿毛先生ですよ」
紹介された先生は、ニコッと微笑んだ。
さっきまで鋭かった眼差しが一変して、目元にクシャっと年相応の皺が寄る。
「弥勒君と神君から聞いてましたよ。瀬上君ですね、鹿毛です。よろしくね」
……!? 容貌と似合わぬ、意外に高めの声。
よく見ると、パイプを持つ左手の小指が……ビシッと立っている。
「うちの研究室って、女の子ばかり来るから、男子生徒は大歓迎なのよ」
……一抹の不安が走る。
鹿毛先生は、弥勒さんとAIの改善点について熱心に議論していた。
感情の認識プロセス、その選択手段。当面はスピーカーで総務がやり取りを聞き、不具合があれば対処する、という話。
自立型AにIも当然学習が必要で、こっちから入力だけで完成させることも不可能ではないが、独りよがりな設計になりかねない。
感情の自己学習過程での暴走は、ある程度は許容する。
――そんな内容の話を、専門用語飛び交いながら交わしていた。
……正直、6割くらいしか理解できなかった。
「あっ、ごめんなさい。この前も履修の相談、ちゃんと乗れなかったわね」
ようやくこちらに意識が向いたころには、もう講義のある教室へ向かわないといけない時間だった。
「あっ、大丈夫です。話を聞かせていただいただけでも、面白かったですし、すごく勉強になりました」
「そうかいそうかい。それならよかった。んじゃ、学部長には私から話しておくから、いつでも研究室に遊びに来なさい」
……なんだか、ちょっぴり危険な香りがするのは気のせいか?
今日は精神衛生上、あまりよろしくないことが続いた。
俺のSAN値はだだ下がりだ。
講義が終わったら――
とっととバイトに行って、帰ったらまったりゲームしよう。
心の奥で、そんな決意めいた何かを俺は静かに誓っていた。
後に解析を依頼する人物Get
最後の伏線は、バイト先で?・・・・話が収束してゆくのにはもう少しかかりそう。




