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序 章 夢の中の夜

みぞれの降る街灯の下、淡く照らされた灰色の視界が、まるで世界を切り取った一枚のフィルムのようにぼんやりと広がっている。

季節外れのXmasイルミネーションが、深夜にも関わらず軽やかに点滅し、まるで現実を否定するかのような浮遊感を放っている。


吐く息は白くならず、ただ喉の奥がじっとりと重く、額からは冷たい汗がじわりと滲んでいた。

寒いはずの空気が、妙に息苦しく感じられるのが不思議だった。


背後で「プシュン」という圧縮空気の音が鳴り、ピストンのような機械音が空間を切り裂く。

その音と共に、巨大な機械のようなものが通り過ぎた気配がする。何かがいたのだ。だが視界には何もない。


曖昧な感覚の中で、それでも確かに「何か」が存在していたという確信だけが妙に鮮明だった。


――ああ、そうだ。

「映画館のバイト帰りだった。掃除に手間取って、こんな時間になったんだ」

「先輩のフォローで断れなかった時って、たいてい遅くなるもんな」


これは初めてじゃない。――何度目だろうか、この場面。


頭の中に霧がかかったようで、思考がまとまらない。

夢と現実の狭間で、ぼんやりとした意識のまま、俺はふと思いつく。

「甘いものでも食べれば、少しは気分がマシになるかもな……」


駅の近くのコンビニに立ち寄ることを決め、ぬかるんだ霙の歩道を踏みしめながら歩き出す。


そして――次の瞬間には、もうコンビニの店内にいた。


天井のエアコンから吹き付ける湿った風が、顔にべったりとまとわりつく。

さっきまでの冷たい空気とは対照的な、不快なほどの熱気。


(……おかしい。さっきは、底冷えがしていたのに)


―――デジャヴだ。


ぞわりと背筋に這い上がる感触。

知っているはずの景色が、どこか仄暗く、色褪せて見える。


視界が次々と切り替わる。

雑誌コーナー。古びた雑誌。見覚えのない表紙。

そして、入り口の方に目を向けた時――


「いた。あの子だ……」


理由はわからない。だが、背中越しのその人影に、はっきりと「知っている」と感じる。


視線を向けると、まるでそこだけが鮮明に描写されるように、彼女の姿が浮かび上がる。

不思議な感覚だ。だが、疑問は浮かばない。

「見たい」と思ったものが見えるのなら、それでいいと脳が納得してしまっているのだ。


スイーツを手に、レジに並ぶ自分。

外の窓の向こうは、なぜか夕焼けのような赤い光に染まっていた。


――不吉な予感。


赤い世界が、コンビニの中にもじわじわと侵食してくる。


俺のすぐ後ろ。

少女が並んでいる。

色白で華奢な体躯。長い黒髪にセーラー服。

まるで壊れそうなほど儚げな姿。整った顔立ち。長い睫毛。

その口元には、何かを堪えるように下唇を軽く噛む仕草。


振り返っていないのに、彼女の存在がはっきりとわかる。


心臓が跳ねた。


(――危ない。だが、もう始まってしまうことだ)


誰かが囁く。

これはもう、起こってしまった出来事なのだと。

それでも、何とかしたいという感情が波のように押し寄せる。


(あぁ……早く、どこかへ……!)


――気づけば、もう店の外にいた。

金を払ったのか、何を買ったのか、もうどうでもよかった。


彼女を止めなければならない。


交差点を渡ろうとする少女。

そこに、信号無視の黒い高級車が猛スピードで進入してくる。


俺は駆け寄ろうとするが、距離がまったく縮まらない。

時間が異様にゆっくりと流れていく。


手が汗でべとつく。

首筋に伝う一筋の汗が、ひどく気持ち悪い。


――ボンッ。


車は減速することなく、彼女を撥ね飛ばした。


弾けるように舞い上がる少女の身体。

細く、柔らかい身体が空を舞い、シャッターに叩きつけられる。


そのまま、崩れるように床に落ちる。

瞳が、こちらを見ていた。


口元が動く。

「……た」


聞き取れない。

血の泡とともに、口からヒューヒューと息が漏れている。


助からない。助けられない。

それでも、俺は彼女の傍らに駆け寄り、ねじれた手足を直そうとする――


「やめろ……見せるな、そんなもの……!」


あの時、虫かごの中で小さな命を潰してしまった時の、あの耐えがたい感触が蘇る。


――これは夢だ。

俺は、夢を見ている……!


気づいた瞬間、世界は崩れる。

色が抜け、音が消え、霧のように記憶が散っていく。


 「くそぉ、最近同じ夢を見てる?!なんか嫌な感じだ」

 音量を絞った点けっぱなしの部屋のテレビから、4月下旬だが最高気温25度を越える夏日で、行楽地ではアイスを頬張る家族連れのコメントが聞こえてくる。

 うつ伏せの状態から腕立てをするように体を起し、パソコン横のおまけでもらった安物の温湿度計に視線を向ける。

 その針は湿度80%・27℃を指している。

 気だるさに目頭を押さえフラフラと立ち上がり、冷蔵庫から飲みかけの気の抜けたコーラを出し一気飲みして一息いれる。


 「ふぁ~熱ぅ、なんか嫌な夢を見た気がするが・・・・」

 思い出そうとしても濃霧の中の様に、まったく糸口が見出せない。

 「あぁぁ気持ち悪ぅ、喉元まで来てる感じなんだよなぁ」

 痒いわけではないが、自分の首筋をポリポリやって不快感に抵抗して見る、しかし不快な気持ちを追体験したいのではないので、本気で思い出そうとしてない。

 この抵抗が無駄な努力だと半ば自覚している自分がいた。


 俺の知っている世界・・・・見ている世界が、自分を含む誰かの選択で作られたもの、見たいと思っている世界だということに気付かされるのは、もう少し後の事になる。


* * * * * * * *


  九州の春は早い。三月末のキャンパスには、もう桜が満開だった。


 日当たりの良い中庭では、風に乗って花びらが舞っていた。淡いピンク色の花びらが、まるで誰かの思い出の断片のように、ふわりふわりと宙を漂っている。去年のオリエンテーションでは、ほとんど葉桜だったっけ――そんなことを思い出しながら、俺はその中庭を抜けて、学生課の掲示モニターの前に立っていた。


 春の陽気に誘われて出てきた……わけじゃない。俺は、いわゆる「バイト戦士」兼「心配性スキル持ち」で、キャンパスに来た理由も当然ながら現実的だ。掲示板には、休講情報と学校公認バイトの新着が貼り出される。それをチェックするのが、もはや日課になっていた。


 特に、バイト情報は重要だ。いや、重要なんてもんじゃない。もはや「命綱」だ。下手したら食い扶持が途絶える。俺にとってバイトの枯渇は、物理的に「飢え死に」と直結している。


 だから声を大にして言う――

 休講情報 = 所得倍増キャンペーン期間!


 授業が飛べばバイトができる。GW前まで休講が続けば、正直な話、ちょっとした臨時収入レベルになる。苦学生の間では、もはや常識……いや、「生存戦略の一環」と言っても過言ではない。


 とはいえ、同期の中には余裕ぶっこいてるやつもいる。「スネかじればいいじゃん」とか、ニコニコしながら言ってくるんだよな。ふざけんな、爆ぜろ。


 ちなみに、俺にも「スネ」はある。しかもタングステン・ベリリウム合金級に硬いスネが。だが、それをかじった瞬間、監視・管理・束縛の三重奏がスタートし、自由という名の希望は消し飛ぶ。だから俺は、あえてこの修羅道――自力で学費と生活費を稼ぐ道を選んだ。


 ……いや、そもそもタングステン合金って齧れるのか?

 無理だよな。歯、砕けるわ。


 兄と姉が多少学費の援助はしてくれてるが、親の仕送りは「いつ打ち切られるかわからない謎のスポンサー契約」状態。生活費は常にギリギリ。アパート代、水道光熱費、食費、通信費、交際費……財布はいつだって氷点下だ。


 「俺の青春って、こんなんで終わるのか……?」


 ふと、そんな言葉が脳裏をよぎる。憂鬱になる暇もない。留年は当然NG。さっさと単位を取って、就職して、家を出て、自由を掴む――それが俺の人生設計の第一ステップだ。


 掲示モニターに表示された学校公認バイトは、講師や教授の推薦付き案件が多い。単なるバイトというより、実績作りに繋がるインターン的な側面もある。しかも報酬も悪くない。もし“アゴ足付き”のフィールドワークなんかが出た日には、俺が全力土下座して拝むレベルの垂涎案件だ。


 ……まぁ、感情がちょっと暴走してしまったのはスルーしてほしい。


 「とはいえ、この時期にキャンパス来る学生なんて、サークルか研究室に顔出す上級生くらいだよなぁ……」


 掲示モニターの内容も特に代わり映えはしない。分かってる。分かってるのに、何度も確認しに来てしまう自分が悲しい。


 三月の短期バイトは、なんとか埋まった。けど問題は、その先だ。財布の中身を気にせずにカフェでケーキセット頼める日なんて、一体いつ来るんだ。


 掲示板のガラスに映る自分の姿を、ぼんやり見つめていた――そのときだった。俺の後ろに、どこかで見覚えのある影が現れた。


 通称「歩く職安」「バイトの神様」――じん先輩。


「よぉ、涼太。暇してる?バイトあるけど、どぉ~だぃ?」


 軽やかに笑いながら近づいてくる神先輩。法学部の主席で、学生課の職員いわく「歴代でも五指に入る」らしい。けど、俺にとっては“バイトを回してくれる伝説の男”でしかない。


 彼はなぜかいつも金回りが良くて、イベントには差し入れを欠かさず、常に女子を侍らせている。三白眼気味の目元に、落ち着いた声と物腰。女子人気は尋常じゃない。見てるだけで、こっちは胃が痛くなる。


 今日も紺のジャケットにカジュアルなハーフコート。足元はオシャレな革靴。そして、当然のように隣には女性の姿。


「正直、すみません。俺には違う世界の住人に見えます……」


 思わず小声で毒を吐いてしまった。


「ん?」


「あ、神先輩、お疲れさまです。それ、割のいいバイトだと助かるんですが……」


 即レスで食いつく俺。毒は吐いても、金には勝てない。


「う~ん、まあまあかな?日当1万くらい?しかも、即答してくれたら、いろいろオマケつけちゃうよ〜ん」


 と、先輩は紙袋の中身をこちらに傾けて見せてきた。中には、ゲームのアルファテスト参加書類と、ハイスペック量子PCのモニター契約書。それにバイトの概要資料も。どうやら、単なる日雇いではないらしい。


 そんな中、先輩の横にいた女性――メガネ越しに強烈な視線を飛ばしてくる、冷静そうな女性が口を開く。


「こいつ、情報工学2年の瀬上涼太郎。面白いやつだから、知っといて損はないよ。――あ、こちらは鹿毛研究室の院生、弥勒みろく先輩」


「瀬上です。涼太でも構いません、好きに呼んでください」


 無意識に背筋が伸びる。彼女の見た目の破壊力がすごい。


 白衣の下はベージュのタートルネックとタイトスカート。髪は団子にまとめられ、切れ長の瞳が印象的で、黙ってると氷のような美しさがある。身長は160cm前後。しかも、話しかけてくる距離が近い。近すぎる。


「えっと、改めまして。ネット上で自己学習するAIの研究してる、弥勒です。専門の授業で会うかも。専攻、何に興味あるの?」


 彼女の声が、耳元にふわっと届く。距離が近すぎて、心臓がうるさい。しかも……思いのほか、胸が、近い。いやいや、集中しろ俺。これは試練だ、試されてるんだ。


 どうにかメガネのフレームのデザインに意識を向け、返答を続けていると――


「それと、『先輩』って呼び方、響きがイヤだから。『さん』付けで、よろしくね♪」


 首を傾げながら微笑む弥勒さん。その髪がふわりと揺れ、項が見える。


 ぬぁ、小柄なのに色っぽい! これが年上の魔力……!!


 俺の脳内はすでにフルスロットルで混乱状態。

 その隙に、神先輩がアルファテストの詳細資料を俺の目の前に差し出してきた。


「いや〜、お世話になってる人から頼まれた案件なんだけど、俺、ちょっと無理そうでさ……お前、やってみる?」


 こうして、俺の数奇な物語が始まった。

 初投稿で、緊張してます。

 高校生の頃読んでいた少年向け小説から久しく遠ざかっていましたが最近のラノベに嵌ってしまい、昨年末から沸々と何か創作してみたいと考えてましたが、GWに余暇に清水の舞台から飛び降りてみることにしました。

 序章から第一章は、間を空けずアップしたいと考えてますのでお楽しみ頂けたらと思います。


あれから9年経ったか、身辺で色々あり貧困のズンドコを迷走中、そんな中最近ではAIの開発などを趣味で取り組んでおり、小説にもAIを使い構文チェックさせることにし、執筆を再開してゆきたいと考えています。当初考えていた量子コンピューターも現実に開発され、後5年で世界が大きく変わろうとしている昨今書きかけて中断していた処女作を完結させたいと思い筆を執りました。2025年5月末

 

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