04.「目覚めた世界」
アルヴィナの決死の転移魔法で命を救われたシリウス。
そして謎のメイドに森へと誘われるアルミナ。
二人が出会う時、物語は動き出す。
――――リベルタ帝国辺境、農村ロータス近郊の森林。
彼女はそこを歩いていた。
目の前には、自分と瓜二つの容姿を持つメイドの女性。
耳が尖っている事からすると魔族に分類される亜人のエルフ族だろう。
(なんでこんなとこにメイドが……?)
帝国が魔族に対し非人道的な扱いを行っているとはいえ、辺境の小さな村では助け合って生きていかなくてはならない特性上、ある程度の共存が行われている。
魔族であろうとも人並みに扱う。
勿論、表沙汰になれば大問題となり村人全員が処罰される可能性もある。
しかし処罰以前に働き手の人数が圧倒的に足らない現状、魔族だからと排斥するよりも協力して村の仕事にあたった方が生存できる確率は高い。
なぜなら、人手不足で作物が不作などになれば皆飢え死にしてしまうのだから。
彼女――アルミナのいるロータス村は貧しい部類に分類される為、魔族への偏見はない。ロータスの場合、魔族が村の三分の一の割合を占めているからである。
そんな村で育ったアルミナもまた魔族への偏見はない。
(一体、どこまで行くのよ。もうかなり奥地まで来ちゃったけど……)
今、アルミナが歩いている場所は森の中心部に近い場所である。
森に山菜を取りに行くこともある為、村の者は森に立ち入る事はあるがここまで奥地へと足を踏み入れる事はない。
かといって危険があるとかは聞いたことがない為、安全とは言えないがそこまで危険ではないと言える。そんな場所だ。
時折、倒れている樹を潜り抜けて岩を登る。
その度にアルミナは思う。
軽装である自分よりもあのメイド服のエルフの女性の方が素早いのはなぜだろうと。
スカートは足の先しか見えない程に下半身を覆っており、スリットなどが入っている様子もない。上半身に至っても、ごく一般的なメイドの服装だ。とても歩きやすそうな服装には見えない。
それなのに彼女はアルミナが岩を登り終える頃には数十メートル先を歩いているのだ。時折、着いて来ているか確認するかのように振り返りながら。
「なんなのよ、あいつ。完全に来いって誘ってるじゃない……」
妖しい。
アルミナは何度もそう思った。
だが引き返そうとする度にこの先で誰かが待っている気がするのだ。
後ろ髪惹かれる想いというのだろうか。
今、戻ってはいけない気がする……その想いだけが彼女の足を前へと進ませる。
薙ぎ倒された木々や岩の転がる道なき道を抜けるとそこは大きく開けた場所であった。
「森の中にこんな所があるなんて……」
彼女の目の前に広がっていたのは朽ちた神殿の様な建築物である。
柱は倒れて苔生しており、石で舗装されていたであろう通路は土に埋もれている。それでも辛うじて神殿であるといえるのは中心的な建築物が蔦や草に覆われているとはいえ、いまだ崩れていない事からだった。
その建築物の扉を開け、メイドは中へと入っていく。
アルミナもそれに続いた。
入った瞬間、彼女は古びた場所特有のかび臭さを心したがそんなことは微塵もなく、寧ろ外よりも清浄な空気に満たされているのを感じる。
まるで聖地の様な……清められた雰囲気であった。
この建築物の中は狭く、中心に棺のような物が安置されている。
先程のメイドはその棺の横に立っていた。その表情は懐かしいような、寂しいような複雑な表情をしていた。
アルミナが棺に近づくと、メイドの姿は薄くなり完全に消失する。
「この棺に何かあるってことなの?」
棺を調べてみるが、古いものである……ということ以外何もわからなかった。
当たり前である。アルミナは考古学者でもなければ魔術師でもない。
古代の遺物をいくら調べてもそれは徒労であった。
「気にはなるけど開かないしなー……はぁ……帰ろうか」
不思議な体験はしたが無駄骨を食らったような気がして溜め息を一つ。
その時不意に棺の紋章部分にアルミナの手が触れた。
すると何の前触れもなく棺が輝きだし、光を四方八方に向けて放つ。
「えっ、なに!? まって!? 私、何もしてないよっ!?」
棺の蓋が乱暴に吹き飛ぶと、壁に当たって砕ける。細かな石片が地面に落下した。
次の瞬間、膨大な闇そのものとも言える黒い風が棺の中から吹き荒れた。
立っているだけで気圧される感覚。ここにいる事が間違いであり、そもそも生きてさえいる事が、そのこと自体が間違いの様に思わせる重圧。
「な、こ……これって……」
「くくっふはははは! やっと解放されたァ! アルヴィナの仇である人間……これからその全てを滅して滅して滅して……滅し尽くしてくれるわァァァッ!」
棺から現れた黒髪の耳の長い人物が腕を薙ぎ払う様に振るうと、黒い風が巻き起こり周囲の壁が無残にも吹き飛んだ。まるで柔らかい豆腐を崩す様に粉々に崩壊する。
黒い風を纏ったその存在は憎悪の宿った血の様に赤い瞳でアルミナを睨み付けた。
「人、間……? アルヴィナの……アルヴィナの! 命を! 終わらせた愚かな種族ッッ!」
「ある? ヴィナ? 誰のことよ! それにその耳……」
彼の脳裏に最後の光景が浮かぶ。
静かに笑うアルヴィナ。血に塗れてもその顔は穏やかで美しかった。
そしてその奥で笑う、嘲る様に笑う人間。
心の奥からどす黒い感情が湧きあがり、彼を支配する。
「ううぁぁぁああががあああああっっ!」
頭を痛む様に掻きむしりながら暴れる彼を見てアルミナは背を向けて走り出す。
逃げなければ命はないと。
逃げ切れる保証はどこにもない。
かといって倒せる様な相手ではない。建物さえも容易に吹き飛ばして見せる様な存在と誰が真面に戦えるというのか。
一般的な冒険者や強力な魔法の力を持つという帝国の戦士達でも危ういだろう。
「つきあってらんないわよ! 濡れ衣で殺されるなんて御免なんだから!」
姿勢を低くして素早く走るアルミナのすぐ隣で爆発音が響く。砕かれた地面が礫片となって横殴りにアルミナを襲った。
予想していない横からの衝撃にアルミナは吹き飛ばされ地面を転がる。
余りの衝撃に勢いを殺せず、転がり続けるかと思われたが瓦礫と化した遺跡の柱に背をぶつけて止まった。
身体中が痛む。すり傷や切り傷、打ち身など上げればきりがないダメージを痛みが告げている。
「無茶苦茶よ……魔族は、魔法はもう使えないはずなのに……がふっ!?」
瞬間移動したかのように目の前に現れた彼が右腕でアルミナの首を掴んで壁に叩きつけた。
アルミナは必死に掴まれている手をはがそうとするがびくともしない。
ぎりぎりと首が絞められ、次第に呼吸ができなくなるのを感じた。
視界が狭くなっていく。
「しねぇぇぇぇぇぇ! 人間ッッ!!」
「ぐぅっ……がぁ……かは……シリ、ウス……」
「……ッッ!?」
アルミナは誰の名前か知らないその名を口にする。
口にしようと意識したわけではない。
いつの間にか口から零れていたのだ。その名が。
それを聞いた彼――――シリウスは腕の力を緩めていく。
「アル……ヴィ、ナ……」
アルミナの姿とアルヴィナの姿が重なる。
彼は手を離すとその場に両膝をついてうつむく。
その瞳には大粒の涙。それは止まる事なく溢れ、流れ出す。
「俺は、君を……助け、られなくて……俺のせいで、皆を……皆を……!」
泣き崩れるシリウスをアルミナは優しく抱きしめた。頭を抱き抱える様に。
そして頭を撫でる。
どうしてそうしたのかは分からない。
ただ、こうしなければいけない気がした。
初対面であるはずのシリウスに想う感情はないはずである。
だが、心が痛むのだ。
ずきり、ずきりと刺される様に。
こんなに悲しませたのは自分の責任であるかのように心がそう、言うのだ。
アルミナは嗚咽交じりで泣くシリウスが泣きやむまで何も言わず抱きしめつづけた。
ただただ頭を撫でながら。
◆
落ち着いたシリウスとアルミナは近場の手ごろな石に座っている。
まだ彼に涙のあとは残っているが、普通に会話できるぐらいには落ち着いたらしい。
「本当に……四百年も経っているというのか?」
「ええ、本当よ。貴方のいた年代から数えて今は四百年後。残念ながら、もう魔族の国は跡形もないわ」
「そう、か……いや、話しぶりからわかってはいたんだが、こう……なんともいえないものがあるな……」
自分が四百年も眠っていたという事実。
魔族が人間に負け、虐げられているという事。
人間が魔法を行使するようになり、魔族は魔法を使えなくなっているという事。
そして奪われた魔王器が用いられ、いまだ使われているという事。
知らない数々の事実を告げられ、シリウスは溜め息をついた。
「どうしたの? やっぱ……辛い?」
「いや、そうじゃない。まあ――――」
言いかけて彼はその言葉を飲み込む。
アルヴィナとアルミナを重ねてしまうという事は本人には告げない方がいいと思ったからだ。誰か他の人物の面影を重ねられるのはいい気分ではないのはシリウスも承知している。
だが、彼女は似すぎているのだ……アルヴィナに。
「本当に……お前は人間なのか?」
「どういう意味よー。人間離れした獣とでもいいたいわけ?」
「違う、そういうことではなく―――」
彼はアルミナの胸へと視線を移動させる。
見事なまでの平原が広がっている。あるのは小さな野イチゴぐらいか。
彼女とは似ていない点、それはこの部分がアルヴィナはメロン畑であったという事ぐらいである。
視線に気づいたのか、アルミナは胸を隠す様な動作を取った。
「……ッ! 絶壁っていいたいの!? 悪かったわね! 貧層で!!」
「いやいや、そんなことは……!」
詰め寄られてシリウスは違うという意味を示そうと手をぶんぶんと振った。
少々膨れているがアルミナは納得してくれたのか再び石に座る。
「まあ、こんなとこでぼーっとしてるわけにもいかないし、私の村にいこっか」
「わかった。何をするにも情報が必要だからな、何か知ら得るものがあるかもしれん」
そういって立ち上がったアルミナの背後でシリウスが何か唱えている。
振り向いたアルミナはシリウスの耳が人間の様に小さくなっている事に驚いた。
「あれ? さっきの長い耳は……」
「ああ、幻術で隠したのだ。魔族が虐げられているのなら、意味もなく正体を明かすのは愚策だろう」
「へー、そんなことできるんだ。もうずっとそれでいたら?」
「それは無理な相談だな。この状態では戦闘力は半分に限定され、魔力も弱まる。これで対処できるぐらいの相手ならばいいが……そうでない場合は解除も必要だろうな」
ふーん、そういうものなんだ、と聞きながらアルミナは歩き出す。
自分の村ならば人では常に足らない。それならば彼を連れて行っても歓迎されるだろう。
しかも男手が増えるという事はかなり喜ばれる。
シリウスが何をしようとしているかは見当もつかないが、危なくなったら止めればいいだろう。そんなふうにアルミナは考えていた。
二人が森を出て、村に着く頃には既に日は傾き夕暮れ時特有の色を村に映していた。家々からは白煙が上がり、夕飯の用意がされている事が見て取れた。
二人の元に一人の青年が走ってくる。
「アルミナ! どこ行ってたんだよ、まったく」
「ごめんごめん、ちょっと森までねー」
「森までって、それにこの人は一体……ってそれどころじゃないんだった!」
切羽詰ったような青年――ジギンの表情を見てシリウスは余りいい状況じゃ無い事を悟った。だが自分は部外者だと言う事を自覚し、彼は口を挟まないように二人の話を聞くことにした。そこから何かいい情報も労力を使わず得られるかもしれないと思って。
「あいつらが来たんだ。また村長に無理難題を吹っかけてる」
「またなの? 懲りない奴らよね……ないもんはないって事ぐらいわかるだろうに」
「いつもの様に下手に出て、帰ってもらおうとしたんだけど、今回はそれだけじゃないんだ」
「……どういうこと?」
一呼吸おいて、言い辛そうにジギンは口を開いた。
その表情はとても辛そうだ。まるで反対意見があるのに押し殺すように。
「決まった量を渡せないなら代わりに村人の半分を鉱山労働に連れていくって」
「はぁっ!? 半分を鉱山労働って……この村はただでさえ、作物育てるのに人手が足らなくて苦しんでるって言うのに、半分も連れていかれたらそれこそ村に死ねっていってるもんよ!?」
「おい、それは盗賊か山賊の類なのか?」
過去に魔族の国でも盗賊や山賊が問題となった事がある。
村を守るという名目で搾取し、所有する鉱山で村人ほぼ無給で働かせるという事例が。
それに似ていた為、そうでないかとシリウスは思ったのだ。
しかし、事実はもっと最悪の方向であった。
「違うわ……彼らは――――――帝国の役人よ」
読んでいただき、ありがとうございました!
可能な限り一日一更新していきますので、今後ともよろしくお願い致します。
どうか生暖かい目で見守って下さい。




