【91】カジフ事件簿~牧師と殺人鬼~(2)
万屋を後にして途中露店で買った氷菓子を食べながら教会を目指す。
教会には種類があるがここユージュアリー王国に至ってはシュリーチカ教を崇拝しているのが多いのではないだろうか。シュリーチカはもっともメジャーで取っつき易いし、崇めている神が現人神だから親近感が湧くのだろう。もっとも俺の勝手な想像だ、俺は宗教の事は解らんからな。
ぼちぼち歩いていると道が開け、店や民家が無くなってきた。
教会の近くには墓がある。ここからは生と死の境界とでも言おうか、だから人が近づかない、いや、洗礼されたもの以外は近づけないのだろうな。
教会へと辿り着くと辺りは静かだった。やはりあちら側へとやってきた気分になる。
教会の扉は開いている、中へ入ると質素な長椅子が整列している。椅子には誰も座っておらず祈りの時間とやらは遠に過ぎているようだ。
カツカツと大理石でできた床と自慢の靴が心地よい音を鳴らす。
懺悔室にも人がいる気配はない、牧師もシスターもいない。カジフとはこんなにも呑気で無警戒な場所なのか?賊という存在を知らないのか?
「神様はお散歩中だよ」
最前線の椅子から男の声がしておもわず顔を向ける。
そこには牧師の格好をしただらしない男が寝転んでいた。牧師は俺が来たのに気づいているのに体を起こそうともしなかった。
「この街と同じように呑気な神様もいたものだ」
「あーちげぇねぇ、俺も誰に似てしまったのか」
嘆くように言ってからごそごそとポケットの中を探り出す。探り出した物は棒付き飴、舗装されている紙を剥いでから口へと入れた。不愛想な顔をしている割には可愛らしいものを好む牧師だ。
「俺は懺悔や祈りをしにきた訳ではないんです」
「そうかい、じゃあここには用は何もないねー」
昼寝の邪魔だ帰れと言っているのか?腹が立ってきた。敬語を使うのも馬鹿馬鹿しい。
「ある人物を探してここに来た」
「そうかい、じゃあ人探し屋にでもいきなよ、お門違いだ」
本当に教会の牧師かと疑う態度である。
「ジャッジ牧師ー本読んでー」
俺が言葉を切り替えそうとしていると奥の扉からエルフ族の子供が一人本を持ってジャッジと呼ばれた牧師にせがみに来た。その後ろに人間の子供が後を追って来る。
どうやら戦争孤児か育児放棄された子供だろう。格好を見ればわかるし真っ当な子供ならば今持っている本は容易く読める。流石はユージュアリー王国孤児は教会が預かるって訳か。面白いな。
一人の子供が持っている本は召喚術士の心得。
「あのなぁ、業務中だろ?そう言うのは後にしろ」
子供達が来てようやく上体を起こす。こいつの基準が解らん。
「ほらマレオ言っただろ、牧師はぐうたらしているように見えて忙しいんだ。後で読んでもらう」
本を持っているマレオと呼ばれた子供を年上であろう子供がたしなめる。
「でもートットも勉強したいって言ってたよ?ヨシュア兄ちゃんみたいになるんでしょ?」
探していた名前が聞こえてきたのでトット呼ばれた少年に注目する。
「なる。けど、ジャッジ牧師が忙しいって言うならば辞書でも引いて何とかしてみるよ。その後にマレオにも読み聞かせてあげる」
「ほんと!」
「本当だよ」
歳が一つや二つ違うだけなのにこの違いは何なのだろうか、人生経験か?それとも持っているモノの違いか?いやにむしゃくしゃする。理由ははっきりと解っているがな。
それは目の前にいる無邪気な者だ。
「おーお前らは本当に出来のいいガキだな。後で本当に読んでやるから、それまで奥にいてろ、今はこのおっさんと話してんだ」
呆気な声が出ようとしたが俺は抑える。あれが人と人との会話だと言うならば聞いて呆れるな。
牧師は今度は椅子に前屈みで座り子供達の頭を撫でる。
「はーい、ねぇねぇトット、今度はどこに行ったんだっけ?」
「んー?どっかの森だってルーミア姉ちゃんが言っていたけど」
二人は世間話をしながら言われた通りに元来た扉へと帰って行く。
「いい子だな」
「いい子だろ?」
それだけを言って間があった。一分ほどだろうか、それくらいの時間が経った時に牧師が口に含んでいた飴を力強くかみ砕いた。
口内から聞こえる音が無くなるまで俺も牧師も話さなかった。
「お前さ、さっき子供に何をしようとした?」
「何って何もしようとはしていないが?」
いきなり何を言い出すんだこの牧師わ。俺があの子供達に何かをしようとした?馬鹿言うのも程々にしてほしいものだな。どうして俺が子供になにかをしようとしないといけないんだ?
確かに多少むしゃくしゃしていたが、子供になにかをするわけでもない。
「俺はよぉ、昔は戦場に居たこともあってか、そーいうのには敏感なんだよ」
俺は笑顔も何も作らずに牧師の言葉を聞く。
つり上がった目からはヒシヒシとプレッシャーを与えてくる。どうやらハッタリではなさそうだ。
「俺は英雄ヨシュア・カーウィンを探しに来た」
ここで俺は牧師に目的を告げた。告げても牧師は態度も口調も変えることなく続ける。
「だから?言ってんだろ人探し屋に行けって」
「あんたは何も知らないのか?」
「知らねぇし、知っていてもお前みたいな奴には言わねぇな。たっく、後でギルドに報告だな」
「それは困るな」
ギルドと聞いて俺は懐に手をやる。なるべく隠密にヨシュア・カーウィンを見つけ出したいのだ。ギルドに手配されるようなことになってはせっかく他国に来たのに動き辛くなってしまう。
「おい、物騒なもんはここでは出すな。お前ここがどこか知ってんのか?教会だぞ?」
「神は散歩中じゃなかったのか?」
「たった今お戻りになられたよ」
牧師はついに立ち上がった。身長も体躯も俺より少し上だ。それだけで圧があるのに、この尋常ではない殺気。目的の者ではないがそそり、全身に感じて俺のモノが反り立ってしまうではないか。
「来いよ。あの召喚術士の事を教えてやるよ」
牧師は俺に背中を向けて教会の外へ向けて歩いて行く。
「いいのか?」
「良いも糞もお前を放っておけばガキ達に何されるか解んねぇからな」
振り向きざまに食べ終わった棒付き飴の棒を床へ吐き捨てた。俺は黙って牧師から四歩離れて後を付いて行く。
ジャッジ牧師と言ったか、良い判断だと俺は称賛するよ。
牧師に連れてこられたのは教会の墓地の裏手にある雑木林。こんなところに緑がある理由が解らんが教会の敷地内なのだろう、牧師は自由に闊歩して奥へと入って行く。
カジフの街が木で覆われた辺りで牧師は足を止めた。
「こんな人気のないところで話すって事はとても大事な事か?」
「あ?とぼけんなよ、もう解ってんだろ?」
ごそごそとまた牧師はポケットを探り始める。
あぁ、つまりそう言う事だ。この牧師は喋る気など毛頭ないのだな。少し、ちょっぴり期待した俺が阿呆だった。だがしかし、ここでこんな逸材と対峙できるならば僥倖。さてさて、まずは相手の武器や出方を見ようではないか。
「たっく、騎士団辞めてからは吸って無かったのによぉ、お前が中途半端に強いせいでよぉ」
まだ俺と攻撃を交わした訳でもないのに強さを判断された。
悪態をつきながら牧師はポケットの中から煙草と火術石が込められたライターを取り出し、煙草を口に咥えて慣れた手つきで煙草に火をつけた。
騎士団を辞めた?ジャッジ?もしかしてこの男ユージュアリー王国騎士団副団長のジャッジ・エングストロームか?だとすれば僥倖!僥倖だ!
神など信じないが今は感謝でも何でもしてやろう!俺とこいつに巡り合わせた神に感謝御礼の極み!
「ここはよ、誰も来ねぇから誰にも見られる事もねぇ。幸い近場にお墓もあるし友達できるかもな。お前友達いなさそうだし」
気怠そうに言ってからジャッジは煙草の煙を吐いた。
吐いた煙は白に近い透明色だった。だが、段々と色鉛筆で塗られていくように白色が濃くなっていく。二次元から三次元へと出てくるのだ。
その煙を操作するかのようにジャッジがまた小さく息を吐くと立体化した煙が俺の首に巻きついた。
「ぐっ」
俺は立体化した煙を掴もうとするが空気を掴むだけだった。煙が俺の喉を絞めている感覚は確かにある、だが物体として触れることはできない。もがけばもがく程絞めつけが強くなっていく。
「これが俺の魔術だ。子供に殺気見せる時点で真面じゃねぇよお前」
あの時むしゃくしゃして俺が癇癪を起していたら、トット呼ばれた子供の細く小さい首筋を掴み絞め殺そうとした事が読まれていたようだ。ここに連れてきた時点でジャッジは俺を殺す事を決めていた。
いい、実にいい!死への実感が生を引き立てる。
「じゃあな、実行犯かは知らねぇが乾いてねぇ人の血の臭いがするから俺が裁いといてやるよ」
グキリと俺の首の骨が折れた音がした。
術一覧
ソリッドスモーク
上級特殊魔術。火と風と闇の複合魔術。体内に入れた煙にマナを咥えて自由自在に操る事が出来る。その煙は立体的にもなり、平面的にもなる。




