【60】疑念の催し(2)
声の合図とともに二人が先に走り出して行ってしまった。ボクと残りの四人はと言うと、地下迷宮と言われた場所を観察している。時間制限や人数制限を規制されていないことから、遅れてスタートしても大丈夫と言う事だ。
この地下迷宮、ディセムボンドの水路から水が干上がったような形をしている。床は湿っていて、所々に水溜りが出来上がっている。前を走って行った二人の足音はまだ遠くから聞こえる。ボクは先に走り出した二人の風貌を確認しておいた、せっかちそうな人間の男性とアニマ族の男性だった。ここに残っている人達はエルフ族とアニマ族の男性、あれ?あと一人女性がいたはずなんだけど。
ボクが女性を探している間に当たりの観察を終えたエルフ族とアニマ族の男性二人が先へ行ってしまう。この場に女性はいないし、ボク一人になってしまった。この迷宮、ゴールがどこにあるのか解らないし、やたらめったら歩かない方がいい、まぁボクには水を司るウンディーネがいるのだ、魔物が出れば対処も出来るし、迷っても水のある所まで案内してもらえる。
「ねぇ」
つんつんと背中を突かれる。体が大きく飛び上がってから何事もなかったように振り向く。そこには探していた女性がぬぼーっと立っていた。赤いマスクをしているが、そのマスクが前髪で隠れている。この声、この感じ、もしかして、昼間に会った女性か?
「えっと、何でしょうか」
「マナで解るよ、ヨシュア・カーウィンでしょ?」
「え、違いますよ」
マナを感知する事は出来るけど、マナで人を判別する人は初めて見たかもしれない、口から出まかせかもしれないけど、とりあえず、違うと言っておこう。
「誤魔化すの?まぁいいや、私はリュドミラ・クドリン。ギルドマウスロットの者。私はどうしても情報屋に会いたい、貴方も会いたい、一緒に行かない?」
リュドミラの申し出は受け入れてもいいが、やっぱりキド帝国の人間となると偏見を持ってしまう。マキナがもしキド帝国の差し金だったとしたら?マウスロットが関係あるとしていたら?考えたら考えるだけ不安が込み上げてくる。
「ごめんなさい、ボクは一人で行きます」
「私が信用できない?だったら、私の武器を貴方に渡してもいい、これ」
リュドミラは下げていたポーチ型の道具袋から薬瓶を一つ取り出した。薬瓶の中には緑色の液体が入っている。これはヒールポーションか?いや、でも武器って言っているしな。
「私は薬剤師、調合はお手の物です、はい。この中に入っているのはポーションではなくて、毒です、触れるだけで溶けます」
「そ、それをボクが持つの?」
「注意して持ってもらわないと割れたら皮膚とか爛れます」
「じゃあもう君が持っておいてよ、ただの召喚術士が扱える代物じゃないよ」
皮膚とかって複数形って事は骨まで行くって事だよね?怖すぎるよ。でもこれを奇襲に使われたらただじゃ済まない。
「貴方がそう言うなら私が持ちますが、それで私の事を信用してくれますか?」
「信用は・・・ごめん、できない」
「私がキド帝国の者だからですか?」
リュドミラはいきなり確信を突いてきた。
「そう・・・だね、私情で悪いけど、ボクはキド帝国の人間を今は信用できない。それが中立な立場にいるギルド員でも。ごめんね」
「いえ、謝ることはありません、はい。戦争を吹っ掛けているのはこちら側なのですし、あのバルドレの件もキド帝国に責任があります。しかし、私は貴方の事を裏切ることはありません、決して薄っぺらい感情で言っている訳ではありませんよ。私は貴方に何を言われてもいい立場であり、何をされても文句は言えないんです」
「それは村や国を襲った事?それとも戦争をそちらが始めたけど国民としては良く思っていないから?」
「戦争は嫌いです、はい。その後様子ですと、バルドレの本名は御存じではないのですか?」
「知らない」
バルドレの本名など知りたくもないし知る気もない。ユージュアリー王国で開示されている情報はキド帝国が攻めてきたとだけ、バルドレが本名を名乗っていたのを聴いていた人たちもいるが、今では情報は統制されている。
「バルドレの本名はバルドレ・ラシード・クドリンって言います。私の兄です」
あいつにも家族はいたようだ。本当にあいつは不幸を振りまくだけの存在だったな。村の人にもユージュアリー王国にもそしてこの妹であるリュドミラにも。
「そうなんだ、けどボクは君の事を怨まないよ。君が引き起こした事件じゃないし、そこを怨むのはお門違いだ」
「では、どうして私の事を信用してくれないのですか?」
「ま、まぁボクは初対面の人とはあまり友好的に接しないし、言った通り敵国と認識してしまっているキド帝国の人とは、ね。あと、ボクの心の傷がまだ癒えていないんだ」
「そう・・・ですか・・・、では貴方を襲えない位置からこっそり付いて行ってもいいですか?」
リュドミラの武器は薬瓶だから相当離れると思うんだけど、後ろの方からひたひたと足音がついてくると想像すると、それはそれで不気味で嫌だな。
しかし、ここでこうやって立ち話をしていても何も進まない、ウンディーネを常時出して警戒していたら安心だろう。幸い昼間ニヤさんを追いかけた後にリンジからマナを貰っているのでウンディーネを常時出していても今日一日はマナが尽きることはないだろう。
「君を信じた訳じゃないけど、ボクと一緒に行動しよう」
それにいくらギルドの薬剤師と言っても、魔物がいると宣言された場所に一人で歩かせるよりかはいいだろう。流石にボクの良心も痛む。
「いいんですか?もしかして下心ですか?」
「いや、違うけど」
「ごめんなさい、そう言う色に見えたから勘違いしてしまいました」
「色が見える?さっきからマナで解るとか何の話をしているの?」
「私の眼は少し特殊で、人の感情と体内から放出されているマナを視覚情報として読み取ることがでるんです、はい。だから前髪を下ろして要らない視覚情報を制限しているんです、はい」
リュドミラが前髪を上げると仮面の奥にオッドアイの瞳がボクを突き刺す様に見つめている。右が赤色で左が青色である。あれ?この前は黄色い瞳だったはずだが。
ボクが疑問に思っているとリュドミラは手に持っていた薬瓶を突然振りかぶって投擲した。薬瓶はボクの後ろへと飛んでゆき、何かに当たって割れる音がした。
「ぐぎゃあああああああああ!」
獣の叫び声が水路の奥から聞こえてきた。獣の悲鳴は段々と小さくなっていき、最後には悲哀を感じる鳴き声と変って聞こえなくなってしまった。
「と、こんな風に制限していないと遠くにいる情報までも入ってきます、はい。是非、貴方の役に立ってみせます」
前髪を下ろすと、瞳の色が黄色に見えるようになった。前髪が制限となっているのか?リュドミラ、この人はあんまり敵に回したくない人だ。あと、背中も預けたくない。
「いでよ、ウンディーネ」
「また女性をとっかえひっかえしてからに」
召喚した途端にボクが女たらしのような言い方をされてしまった。失敬だな、女性といる時間よりリンジといる時間の方が多いんだぞ。その前は一人でいることが多かったけど。涙が出てきそう。
「ウンディーネはボクから離れないでね、あと消えないでね。じゃあリュドミラさん行こうか、出遅れた分も取り戻さなきゃ」
「了解しました。私が前に出て魔物がいないか確認します、はい。それだったら貴方も安心でしょう?」
女性を最前に出すのはよくないが、彼女の特性から行って先に言ってもらった方がボクも支援しやすい。後ろからの敵はウンディーネが何とかしてくれると過信しておこう。
ボク達はようやく、スタート地点から動き始める。
術一覧
ウンディーネ
水を司る精霊を召喚する




