【39】魔人と召喚術士の果てしない戦い(2)
「ヨシュア。この術は絶対使ってはいけないよ」
父は言った。
「使っちゃ駄目なのにどうしてその術はあるの?」
父は困った顔をしたのを覚えている。ある程度間を置いてからボクに答えてくれた。
「この術は守る者が出来た時にしか使っちゃいけないんだ。だからまだ守られる立場のヨシュアは絶対使っちゃいけないんだ」
「難しくてわかんない」
幼いボクは思ったことを口に出す性格だった。
「例えば父さんは王様を守る為に、ヨシュアや母さんを守る為に使うんだよ」
「そうなんだ。父さん。父さんはどうして王様を守るの?」
幼いボクは父にそう訊ねた。また父は困った顔をした。
「王様を守ると言う事は王国を守ると言う事、王国を守ると言う事はヨシュア達を守ると言う事なんだ。それに父さんと王様は親友だしね」
最後に父がボクの頭を撫でながら笑っていたのを覚えている。
王様が落ちていく中ボクの中ではどうしてか父との記憶が蘇えっていた。
「そう、その怒りだ!貴様に屈辱を味合わされたあの日から貴様に同じ怒りを味合わせたかった!貴様は我の大切なものを穢した。罪だ。それ故の罰を我がお前に与える」
バルドレが神を気取った言い方をする。それだけでもボクの逆鱗に触れている。
「王は死んだぞ!だがな、気に病むことはない。貴様がごときが何をしたって結果は変わらない。王は我の手によって死んでいたのだ。この王国も我の手によって堕ちていたのだ!さぁ、あがけ、魔人の前でワルツを踊れ!」
王様を落としてすぐにボクの目の前まで移動してくる。ボクは体を仰け反らせる暇もなく目の前にいるバルドレと目が合った。碧玉を入れたかのような瞳がボクを映している。魔人と解っていたからボクが太刀打ちできない存在だとも理解している。ボクはリンジじゃないし、負けるかもしれない。だけど臆する事はない、覚悟はしてきたのだ。
「いいぞ。この強大な力を前にして怯みもしない無礼な心。裁き甲斐があると言うものだ」
「お前に裁かれる筋合いなんてない」
ボクは眉を吊り上げる。
「そうか、自覚がないのだな?」
バルドレは付けていた仮面を外した。仮面の下の顔は焼けただれ、表皮がなく、皮下組織が丸見えになっていた。
「貴様が放ったラ・フレアの炎が顔についてな。唯一ラ・フレアの炎を消せる聖水を持っていなかった我は皮膚を剥ぎ取ったのだ。あれは痛かった。サザライト鉱山で三日三晩呻き、苦しみ、傷が癒えるのを待った。あぁ・・風に当たっただけで疼く。貴様に解るか?地獄の炎を体に付着させる痛み、自分の顔の皮を自分で剥ぐ痛み、空気に触れるだけで狂乱しそうな痛み、解らないだろう。いいんだ、それでいい。解っていてくれたら、解らせられないじゃないか」
バルドレの顔には笑顔も無く、無表情でボクを見下しているだけだった。こいつは同じ痛み、それ以上の痛みをボクへと与えようとしている。だから直ぐに殺そうとはしてこない、殺そうとしているならばボクはもう死んでいる。バルドレ、それが慢心だ。
「貴様は見て来たか、我が従えた魔物達を、奴らは我の魔力だけで従えた。奴らは畏怖し、我を崇め称える信者だ。穢れたモノなどではない。我はこのユージュアリー王国を魔大陸と同等の国にする。そして我は人間界に君臨した魔王となるのだ!」
バルドレは高笑いして空を仰ぐ。今が攻撃の一手を打つチャンス。
「なぁヨシュア・カーウィンよ、魔物が魔術を使えるのを知っているか?」
さっきとは一転変って随分落ち着いた声でバルドレは空を仰いだままボクに問いかけた。正直話す気は起きないし答える気も無かった、だけど注意を逸らす為にボクは答える。
「知っている」
あえてどこまで知っているかは言わない。ボクが知りえている知識では魔族、魔物達の中でも知能指数が高い魔物は魔術を使う事が出来る。ゴブリンで百匹生まれたとしてその中の五匹が魔術が使えると言われている。そういう魔物を魔族とカテゴライズされる。
「では魔族が魔術を使うにあたって」
「詠唱する事はない」
「ほう、少しは博識なのだな」
魔族は魔術の詠唱を破棄する事ができる。一説によると純度が低くなったマナが魔力とすれば、純度を高める為に行い詠唱は魔力を使う魔族とっては無価値なのだろう。だから魔族が使う魔術はボク達が詠唱した時より威力は低い。しかし、カウアンコウのように叫んだだけで魔術を発動する事ができるメリットもある。
ボク達も詠唱を破棄して無詠唱で魔術を使おうと思えば使える。けど高度な知識と緻密な技術が必要とされる。いつか言ったが、上級魔術だけはボク達は詠唱を破棄できない。
こんな問答に何があるのか。
ボクはただ時間を稼いでいるだけだ。
「それでは、魔人が上級魔術の威力を落とさずに発動できることは知っているだろうか?こんな風に。ラ・フレア」
バルドレが右手を上げ、ラ・フレアを発動した。バルドレのラ・フレアはボクがクルペン村で出した最大のラ・フレアと同じ大きさだった。そのラ・フレアが頭上にあり、ゆっくりとボク達の元へと降下してきている。
「味わえよ、ヨシュア・カーウィン。異界の炎をな!」
ジリジリと熱がジリジリと迫りくる。
「お前も死ぬぞ」
「我は魔人。今生にある八大元素上級魔術では死なん。それをお前が焼け死んでから証明してみせよう」
ボクの耳に地響きが聞こえ始めるラ・フレアが王城を巻き込みながら迫っ
てきている。あの時とは立場が逆だ。バルドレは嬉々とした表情でボクを見ている。
「ふふっあはは、あはははは」
そんなバルドレの顔を見たら笑いがこぼれてしまった。
「どうしたのだ?死を前にして狂ったか?」
「あははは、違う、違うよ。やっぱりお前は魔人なんかじゃないって思ってね」
「まだ我を愚弄するのか」
自分が高貴な魔人だと思っているバルドレの表情は怒りへと変った。
「あぁ、何度でも愚弄するよ。お前は唯のバルドレで人間の犯罪者だ!」
「いいだろう、そんなに早く死にたいなら殺してやる!」
「オーブデラヒール!」
ラ・フレアが落ちてくる瞬間に誰かが魔術を発動した。ボクとバルドレはテラスの床だけを残して真っ白い空間に隔離される。
「何だ、何が起こった!」
流石のバルドレもいきなりの予想外の出来事に焦りを見せる。オーブデラヒール。それは禁戒とされている上級光魔術である。効力はオーブのような球体を作り出し、その中にいる人物を超回復すると言う効力だ。このオーブデラヒールは外からも中からも壊すことができない、術者が任意で解除するか、術者が死ぬかだ。無論、ボクはこの魔術を発動していない。この術は白魔術師の上位に位置する聖魔術師にしか使えない。
そしてこの術を使ったのは階下にいたヘヘナ・クアンタムさん。 彼女はボクが謁見の間を出た後に謁見の間に来たようだ。王様がまだ落とされていない時、下にヘヘナさんがいるのはボクだけに見えていた。ボクはファイアを撃つと同時にメモ帳の切れ端を下に落としたのだ。オーブデラヒールをボクとバルドレに使ってくださいと書いた切れ端を。
ボクはヘヘナさんが聖術師だと言う事を知っていた。
「どういう計画かは知らぬが、この中に我を閉じ込めたとて、何も変わるまい」
落ち着きを取り戻したバルドレはボクを見た。
「聖術師と魔空間術師」
「何?」
ボクはどちらとも上級魔術職業の名前を口にする。
「この国にはギド帝国にはいない聖術師と魔空間術師がいる。知っていた?」
聖術師とはヘヘナさん。そして魔空間術師とは魔術師団副団長バルファ―レ・クァルス。
ボクが笑ったのはバルドレの顔を見たと言ったが、あながち間違いではない。視線の奥には魔空間と言う魔空間魔術師が出入りできる空間の中にいるクァルスさんとユージュアリー王を見たからだ。こいつは王様を落として殺したと思い込んでいたのだ。大凡だが、クァルスさんはこの機会を待っていたのだろう。
「何が言いたい、簡潔に言え!」
「そしてお前の前には召喚術士がいる。簡潔に言う、お前の負けだよ」
ボクは魔術本を開く。ボクが何も考え無しに一人でバルドレに勝てるとお思いだろうか。そんな非現実的な事はリンジならともかくボクではあり得ないのだ。だから、ボクはこの術を使うのだ。覚悟の上だ、もう後戻りはできないぞヨシュア・カーウィン。ここでしくじればボクはボクを許さないからな。
「我は上級魔術では死なんと言ったはずだぞ」
そんなことは十分承知だ。バルドレが言っている事は嘘ではない。魔人が上級魔術を受けて死んだ事がないことくらい博識なボクは把握している。
「皆目せよ」
ボクがまず一言目を詠唱する。すると魔術本が見たこともない白い光を発し始める。
「封じられん言葉は血潮となる」
「貴様、その呪文!」
二つ目の詠唱を言った所でバルドレはボクが言った言葉の意味と何を発動しようとしているのかを理解したようだ。けどボクは止まらない、バルドレへと向かって一歩ずつ歩み寄って行く。
「命に破戒と救済を」
「止まれ!どうしてその魔術を知っている!」
バルドレの顔にさっきとは違う焦りの色が見える。本気でボクの事を恐れるかのように、静止の言葉を投げかける。
魔術本の中から黒い文字が魔術本を持っている右手から伝ってボクの体の表面に刻まれる。
これで本当に後戻りはできない。
「正と負は均衡に」
「やめろ、来るな!エレクトロジニクス!」
バルドレが放った上級雷魔術がボクの耳を引き千切って行った。痛みは合ったがオーブデラヒールのおかげで直ぐに耳が生えてきた。バルドレは恐怖する。魔人と言う最強の力を持っているはずなのに、目の前の人間の青年に恐怖するのだ。
「力は対となり、信念を奪わん!」
ボクの手が震え始める。魔人化したミルディオットに吹き飛ばされた時以上の痛みがボクの体を包む。持っている魔術本だけを落とさないように、それだけを心がけてバルドレへの距離を詰める。
「ラ・フレア!パイロカノン!ハイドロガンマ!リーマーシュアクア!エレクトロジニクス!シュー・ライトニング!ハリケーングラス!トルナリエトルネド!マウントサザンド!ロックタイタ二アン!アイシクルノヴァ!ブリザードゼロ!フォースシャイニング!ホーリーランス!ユ=デミスグラ!」
バルドレは知りえる八大元素上級魔術を唱えてボクに直撃させる。しかし、ボクは再生する。これがオーブデラヒールが禁戒とされている理由。この中では回復の方が早くて決して死ぬことはない。ただし、死ぬ時の痛みは痛感する。
今のボクは痛みなんかで止まらない。もう既に痛みを知っているから。
「貴様は何が望みだ、何故我の邪魔をする!」
バルドレの目にはボクはどう映っているのか、今までと変わらない取るに足りない人間?それとも別の何かか。
「我が魂をここに捧げ、魔を封印せん!」
詠唱が最終段階に入った。ボクの体は魔術本から溢れ出した文字が書かれている。その文字が一気に右手へ集まって行く。しかし視界にはさっきまで体にあった文字がうようよと浮いている。もうボクはバルドレに触れるくらいの近くまで寄ってきていた。後は術を言えば終わりだ。
勝負事とは何事でも一瞬で決着がつくものなのだ。
ボクが発動した術は父から教えてもらった唯一の召喚術士の封印術。
「貴様は一体何なのだあああああああああああああ!」
「ボクは召喚術師さ」
そう答えるとバルドレはボクの顔を吹き飛ばす為に手を振りかざしたけど、ボクの行動の方が早かった。ボクはバルドレの胸に手を当てて叫んだ。
「エンド!!!!」
術一覧
オーブデラヒール
聖術士だけが使える禁戒の術。オーブのような空間内では決して死ぬことはない。が、精神が壊れる可能性が危惧される。
ラ・フレア
八大元素魔術の炎魔術の中でも最上級の魔術。如何なるモノを燃やす、異界の炎で形成された球体型炎を指定場所に落とす。大きさはマナの使用量によって変化する。
パイロカノン
上級炎魔術の一つ。炎で空気を真空状態にして爆発を起こす。
ハイドロガンマ
上級水魔術の中でも最上位に位置する。高圧の水を砲弾のように放出する。その水に当たるとと接触部分は分子レベルに分解される。
リーマーシュアクア
上級水魔術の一つ。アクアオーラやハイドロオーラと同じ系統だが、水は鉱石をも溶かす酸性が強い。
エレクトロジニクス
上級雷魔術の中でも最上位に位置する。小さな雷を四つ縦に出現する。その雷が対象者を囲み、檻を形成した後にこの世界の自然現象では生まれない雷を頭上から落とす。
シュー・ライトニング
上級雷魔術の一つ。電光が走ったと思ったら対象は感電している。絶縁体ですら貫いてしまう。
ハリケーングラス
上級風魔術の一つ。風がグラスのような形になり、相手を包み込む。風が晴れた際には指定対象者は風と共に散る。
トリナリエトルネド
上級風魔術の一つ。クルペン村など小さな村など跡形もなく消すトルネードを発生させる。
マウントサザンド
上級土魔術の一つ。小さな山を落とす。
ロックタイタニアン
上級土魔術の中で最上位に位置する。最も硬いと言われている鉱石で作られたタイタニアンを作り出す。上級水魔術でなければ壊れない。唯一弱点を持つ上級魔術。
アイシクルノヴァ
上級氷魔術の中でも最上位に位置する。一面一体を永久凍土に変化させ、痛いと痛感させる前に絶命する。その後常温では解凍させることはなく、経年劣化で粉々になってしまう。
ブリザードゼロ
上級氷魔術の一つ。タイムの魔術に近い氷魔術。数秒だが時を止めることが出来る。タイムと違うのは時が止まっている間ブリザードの魔術だけが使える事。
フォースシャイニング
上級光魔術の一つ。体から光属性に還元したマナ、フォースと呼ばれる物を放つ。更にフォースが術者から一定範囲を離れた時にそのフォースに触れた者に痛みだけを与える。
ホーリーランス
上級光魔術の一つ。光属性で出来た槍を作り出す。別名不可視の槍。
ユ=デミスグラ
上級闇魔術の一つ。対象者の下に闇を作り出して、その闇へと引き込んでいく。引き込む際、これまでに引き込まれたモノの手が引き込んでいく。その闇の奥に何があるかは誰もが、死だと口を揃える。
エンド
上級特殊魔術。召喚術士だけが使える特殊魔術。制御不能になった召喚獣や召喚精霊を自分の命を捧げて封印する。




