襲撃
避難所となっている体育館内は静謐で、無気力な雰囲気に包まれていた。それはおそらく横たわる者が多く、座っている者もやや顔を俯け、一様に口を閉じ無表情になっているからだろう。
今後の生活に支障を来すような怪我人はいないが、大多数が軽い怪我の手当てをしている。
「酷い状況だね……」
「ああ……」
これが、今のところの損害なのか、と思う。まだ朝から1時間と少ししか経っていない。
あの白衣の男が――直接的ではないにせよ――街の人々に被害を与えている事に沸々と怒りが込み上げてくる。
どうやら隣の相棒も同じようで、許せないね、と口にしている。
2人してやりきれない気持ちを募らせていると、後ろから声がかかった。
「おお、お前ら無事だったか」
中年男性とおぼしき人物の言葉に振り返りつつ、その言葉の意味を考えてしまう。
――無事じゃない奴も、いるのか。
と同時に、視界に入る人物。そこには、ここで働く、自分達の担任がいた。
相変わらずの作業着みたいな上着に、短足という事が伺える茶色いズボン。眉間に険しく皺寄せる穏やかではない目。
こんな状況でも、この人は変わらねーな。
「先生の方こそ、ご無事で何よりです」
いつの間にかコイツ、笑ってやがる。先生がピンピンしてるからか?
「そうだな、って言いてえが、事無きを得たっつうわけじゃあねーぞ」
どうやら、何も無かった訳では無いようだ。
「なんかあったんすか」
「まぁな。それもこれも外で話すぞ」
と言って、体育館から出て行ってしまった。慌てて後を追う。
先生は体育館の入り口前の階段に腰掛けると、口を開いた。
「さーて、お前ら何が聞きたい」
何もかも……と言いそうになるが、このハゲ親父は冗談が通じない。それどころか冗談じゃなくても冗談と受け取って怒り出す。今朝だって怒られた。
オレがうーんと唸っていると、すかさず隣から、
「先生に何があったのかと、現在の避難状況、そして僕たちが校門で1時間以上も待った理由を教えてください」
ナイス友。でも最後のはこの人関係無いんじゃないかなー。
「いいだろう。まず、さっき魔物に襲われた。ココがだ」
!!!
と驚いてみたが、魔物に襲われたのはオレ達もだ。別にそれほど驚くことじゃない。
しかし、衝撃の補足がつけられた。
「馬鹿でけえ奴だった。体育館ぐらいだったぞ」
今度こそ、エクスクラメーションマークだった。
この体育館と同じサイズということは、通学路で遭遇したゴブリンなんて話にならないだろう。
「どうやって倒したのですか?」
「倒してねえぞ。みんなで逃げ回ってたら勝手に帰って行きやがった」
「へぇ……」
倒してないってことは、まだ生きてんのか。やだなー後で戦うやつでしょこれ。
「そのお蔭でみんな軽傷で済んだんだ、よかっただろうよ。そんで市民は全員各学校で避難しとるぞ」
「そうですか」
無関心そうに友は呟いている。コイツ本当に他人に興味ねーな。
「先生、なんでオレ達は校門で1時間も待たされたんすか」
ここで、一切会話に参加しなかったオレが口を開いてみる。この人に言ってもしゃーない事だけど、一応ね。
「いや、だから魔物にここが襲われてたって言うとるだろーが」
「え? 1時間も?」
「そうだ。聞こえてなかったのか? 足音とか」
マジでか。そんな長期戦だったとは……。
「いや、何も聞こえなかったすよ。な?」
「うん。校門の前では何も聞こえませんでした」
オレ達の学校は、校門から体育館までが遠い。しかも、体育館は結構な高さがある。姿は体育館に隠れて見えなかったとして、音だな。巨大生物が暴れていながら無音というのは無い。
「ううむ。なんで聞こえなかったんだ? あんな馬鹿でかい雄叫びを上げていたというのに」
全くの無音だった。まるで、音が消されているかのように――――。
「……音、消されてたんじゃね」
「……そうかもしれないね」
「んん? お前ら分かったのか?」
オレ達は理解しているが、先生は分かっていないみたいだ。
「朝の宣告、音止まってたじゃないすか」
「おお。成程な」
あの音止めは、間違いなく魔法だ。それもオレが今使えるような下級魔法では無いだろう。高難易度の魔法を使える奴、しかも巨体。そんな相手に勝てるのだろうか。
って何戦う事になってんだよ! もう来ないかもしれねえじゃねーか。マイナス思考ストップ……!
「しかし、俺達は聞こえてたぞ」
「範囲が決められていたのではないでしょうか」
先生の疑問に友が答える。
その時。
大地が微かに揺れる。
「これは……」
先生が、まさかとでも言いそうな顔で、立ち上がった。
どうしたんすか、と口に出そうとした時。
轟音が、鳴り響いた。




