救援
そして、現在。オレは学校を出、自宅へと向かっている。普段ならば授業の真っただ中であるこの時間帯に、なぜ帰ろうとしているのか。
ずばり、先刻の宣告のせいだ。ダジャレではない。
先生達は急きょ話し合いを行い、とりあえずは全校生徒を帰そう、という事で帰宅が命じられたって訳だ。
そもそも今日は、一昨日買ったラノベを読む予定だったのだ。こうして午前の内に授業が終わったおかげで、早く読める。そこんとこは感謝だな。
にしても、未だよく分かっていない。魔法がどーとか、魔物がいるとか。本当に存在するのならば魔物と遭遇してみたい。ま、今は鞄しか持ってないし、殺されるかもわからんがな。
…………そう考えるとちょっと怖くなってきたぞ。今にも道の曲がり角からひょいっと何か出てきそうだ……。
少々足早になりつつ何と無しに後ろを振り向く。すると、いかにもな棍棒を持ち、下卑た目をこちらに向けるなにかが居た。
「ゴブゴブ」
直感で確信する。
(ヤベェ! 早速遭遇したぞ!!)
全力で駆け出していた。日頃からこのような事態を想定するアレな人間だったためか。
にしてもゴブゴブってなんだよ……。
チラッと見ただけだが、緑っぽい肌に、汚れた最低限の服とも呼べぬ布を纏う姿。等身は低かった。
まさしくゴブリンだった。
いや、すべてを過去形で表現してはならない。なぜなら、現在も進行形で奴は追いかけてきているのだから。全速力で。
「……はえぇ!」
意外なことにゴブリン(仮名)は速い。オレの足は速い方だと自負しているが、このゴブリンはオレより相当速い。些細な分析をしている間にも、奴は迫ってきて――。
鞄が何かに引っ掛かり、ぐえっと情けない声がこぼれる。
恐る恐る、だが素早く振り向くと、醜い緑の生物がオレの鞄を左手でがっちり掴み、右手の棍棒を振り上げている光景が見えた。
殴られる!
こんなときにオレは、物語の中の主人公のような咄嗟の回避は繰り出せない。無様に転び、反射的に目をつぶり、体を固くするだけ。
来る衝撃の恐怖に身構えているときだった。
「“火球”!」
聞き覚えのある声と何か熱々の物体が飛んできたのは。
そーっと瞼を開け、ゴブリンがいた方向を見てみる。すると、五メートル程先に顔面を焦がし地に伏す姿があった。
「……??」
ナンダコレ。……あっ、ゴブリンか。顔が黒焦げで分からなかった。
一体何故、と考えたが、答えを探るべくすぐに声の聞こえた方向を見る。
そこに立っていたのは、スラっとした体型に端整な顔立ちを乗せた好青年だった。
「やあ。怪我は無いかい?」
キザな口調と共に、手を差し伸べてくる。
こんな行動を知らない奴にされたら、オレは若干引きながら礼を言ってそそくさと立ち去るだろう。だが、オレはこのイケメンを知っている。
知人、ではなく。
コイツは唯一無二とまで言える、親友なのだ。
なので、オレは素直に差し伸べられた手を取る。
「ありがとよ。お前のおかげ? で助かった」
少し疑問が入ってしまう。だって、こいつが何したのかわからねーじゃん。
疑問はすぐ解消するに限る。というわけで。
「……二つ程、聞きたいことがある」
「奇遇だね。僕も二つ聞こうとしてた事があるんだ」
オレの前置きに、続けざまに返ってくる、前置き。
まあ、良い。
「単刀直入に、さっきのは何だ」
率直に聞いてみる。だが、大分大雑把に聞いてしまった。理解してくれるだろうか。
オレの気がかりは、友人の即答に切り捨てられた。
「魔法だよ。さっきの、見てなかったのかい?」
「見てなかった。え、何お前魔法使えちゃうの?」
あっさりとした口調に、不安が募る。同年代ができる事を自分が出来ていないというのは、少々恥を感じる。と同時に、妬みも。
ちくしょう。いいなぁ。
「そうだよ。下級火属性魔法、だって。“火球”」
目の前で魔法を唱えられる。目線は先ほどのゴブリンへと向いている。術者が手のひらを上へ向けていると、ぼっ、と音を立ててそこへミニミニ太陽みたいなのが出現した。
彼曰くの火球とやらは、暫く手のひらの上で浮遊した後、光の尾を引きつつゴブリンの方へ真っ直ぐに飛んでいった。そして、着弾。この間2秒。
火球の直撃を受けたゴブリンの頭は、黒々さを増し、着弾部分が少しばかり灰と化していた。
…………大分エグいな。
これが魔法か。魔物による被害より人間同士の被害の方が大きくなるかもな……オレも使えるようになったら気をつけよう。下級ってことはもっとつえー魔法とかあんのか。この火球とやらでも致命傷っぽいのに……。
「んじゃ、二つ目は、お前学校に来ずに今まで何してたんだ?」
「今日はたまたま休んでて、そしたら例のアレがあったから魔法の練習をしたんだ。それから、学校に避難することになって、向かってたら今の状況になったんだよ」
驚愕の宣告をアレで済ましている。それほど気にしてなさそうだ。
「ヘえ、魔法の練習。って、ちょい待て。学校に避難?」
「うん。僕はそう言われたけど」
なん……だと。
帰宅では無く、学校に避難。生徒は帰れって言ってたのに……。
「もしかして、君家に帰る途中だったのかい?」
心を読まれてしまった。いや、そんな事できはしないだろうが。……もしかいてそんな魔法があるのか?
馬鹿らしい考えを巡らしつつ、黙って肯定をしめす。
「そうか、じゃあ、このまま学校に行こうよ」
「えー……。ここまで来たんだから家に帰ってから行くわ。本取りに行く」
本は本でもライトノベルだけどな!
なんて考えていると、我が友人からの的確な言葉が放たれる。
「はあ、また魔物に襲われた時はどうするんだい?」
うっ、確かに…………。次も生き残れる確証は無い。
「そーだな。んじゃ、素直に行くとしますか」
面倒とか言って死んだら意味がない。ここは心強いボディガードについて行こう。
そうだ、魔法を教えてもらおう。他にもコイツ知ってそーだし、聞くか。
「なあ、さっきの魔法ってさ」
と、言いかけたところで思い出す。コイツの質問を聞いてなかった。
「そういや、お前オレに何聞こうとしてたんだ?」
即座に聞いてみる。自分の事を話すだけってのはダメだからな。
「いや、大体分かったし、いいよ」
既に会話の中で解決していたようだ。一体何を聞こうとしてたのだろうか。
もしかして、オレの買ったラノベか? 読みたがってたとか……。いや、ちげーだろ。買ったの誰にも言ってねーし。
アホな自問自答をしつつ、オレは再び学校へと向かった。
じゃなくて、オレ達は学校へと向かった。