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ヤクザ、任侠道を語る

 黒峰から同行の了解を取り付けたエステルたちだったが、ひとつ問題があった。

 彼が乗ってきた車をどうするかだ。

 幸運なことに、道はあった。恐らくこの神殿が建てられたときのものであろう、ほとんど草に埋もれかけた古道が残っており、黒峰の四輪駆動車ならなんとか進めそうだった。どこに通じているかはわからないが、行けるところまで行ってみよう、という結論になった。

 問題は、肝心の車が動かない事だった。

 三人程はね飛ばしたのはともかく、大木に突っ込んだ衝撃はかなりのものだったらしく、バンパーをはじめ前面の損傷はかなり大きかった。

 

 当然のことながらエステル達には車の知識はなく、黒峰自身が修理をする事になった。

 場合によってはこの場においていくことも覚悟してボンネットを開けた黒峰だったが、しばらくエンジンルームをいじりまわした後にほっとしたような声をあげた。

「思ったよりは酷くないな(思うたより酷くないのう)」

「動きそうなのか?」

 手持無沙汰にしていたエステルが声をかけてきた。リエンヌは黒峰の応急処置を済ませたあと神殿の魔法陣の検分を始めてしまったので、二人の様子をぼんやりと眺める他にすることがなかったのだ。

「ああ、ここをこうして……これで大丈夫なはずだ(おう、ここをこうして……これで大丈夫なはずじゃ)」

「そうか、それはよかった」

 若干、わくわくした様子を見せながらエステルは黒峰の修理を見守っていた。

 彼女は女だてらに騎士などをやっているだけあって趣味嗜好も男の子的な傾向があった。異界の機械に興奮を覚えているのだ。

「駄目ですね。残念ながらあの魔法陣は先程の駆動で壊れてしまったようです……あら、治ったのですか?」

 神殿の観察を切り上げてきたリエンヌもこの「クルマ」という機械への興味を隠さなかった。こちらは純粋に学術的な興味である。

「ああ、黒峰殿が修理したようだ」

 なぜか自分の手柄のように胸をはるエステルに、リエンヌは柔らかい笑みを向ける。

「それはようございました」

「それじゃ、エンジンをかけるぞ(ほんじゃ、エンジンかけるど)」

 運転席に上半身だけ突っ込んだ黒峰がキーを回すと、ギュルルルルルとエンジン音が響く。おお!とエステルが目を輝かせるが、その表情はすぐに曇った。

 一度は動いたエンジンが、すぐに沈黙してしまったからだ。

「失敗、ですか?」

 いい辛そうにつぶやいたリエンヌの言葉には答えず、黒峰はエンジンルームの間横へ移動する。

 そして、おもむろに足を上げると、思いっきり車の側面を蹴った。

 つま先ではなく、かかとを使った蹴り。

 いわゆる、ヤクザキックである。

 呆然と見守る少女二人をよそに、ガン!ガン!と蹴り続ける黒峰。

 ボディに足形がつく程蹴り続けた黒峰は、もう一度運転席に戻り、エンジンをかけた。

 再度エンジン音が森の中に響き、そして今度は途切れることはなかった。

 その様子を見届けた黒峰は、満足そうな顔をエステルたちに向け、こういった。

「人でもものでも、蹴っ飛ばせばたいてい言う事を聞くもんだ(人でもものでも、蹴っ飛ばしゃたいていゆう事聞くもんじゃ)」

 黒峰がその半生から学んだ真理はしかし、異界の少女二人にはあまり感銘を与えなかったようである。


 黒峰の言葉にエステルたちがどう思ったかはともかく、ひとまず車は動くようになった。これで、いつでも出発できる。

 リエンヌは「"来訪者"様」に御者役をさせることに抵抗があるようだったが、現実問題として車を運転出来るのが黒峰しかいないという事実の前に引き下がった。

 あるいは、自分が運転席に座った場合、黒峰とエステルが隣り合って乗る可能性に思い至ったからかもしれない。

「それじゃ乗ってくれ(ほんじゃあ乗ってくれんさい)」

 黒峰がスライドドアを開ける。会釈して車の中に乗り込んだエステルは、三列目の座席に置いてある木箱に気付いた。

 ずいぶん大きい。人が三人並んで座れる長さの座席を、ほぼ一杯に埋めていた。

「クロミネ殿、これは?」

「ああ、気にしないでくれ。そうだ、それで思い出した。悪いが火気厳禁だから煙草は控えてくれ(おう、気にせんといてくれ。そうじゃ、それで思い出した。悪いが火気厳禁じゃけん煙草は控えてくれんさい)」

 あからさまに怪しいが、大丈夫だと言っている物を追求する訳にもいかない。

 黒峰も同じ車内にいるのだ。そこまで危険なものでもあるまい。

 自分を納得させたエステルは、車に乗り込んだ。


                         ◇

 幸いなことに、道中は平穏無事だった。

 道は荒れ果てており、廃ガスの臭いと相まってエステルたちの気分を些か悪くしたが「馬なしで走る馬車」への驚異と興奮がそれを上回った。リエンヌは動力や構造などについてしきりに質問しており、エステルには半分もわからない回答を受けて感嘆していた。

 どこに繋がっているか分からないことが不安だったが、しばらく行くとエステルたちが普段使っている林道に出た。

 最初に暗殺者たちに襲われた場所で一度止めて貰い、兵士たちの遺体を整えた。

 さすがに車に積んでいくのは無理だったので、一か所に集めて魔物や動物を避ける為の結界を張った。森の中で倒れた者たちも含めて、後日回収にくるしかない。

 意外だったのは、その作業を手伝ってくれた黒峰がずいぶん丁重に遺体を扱ってくれたことだった。

 彼曰く「親守って死んだ奴は男の鑑だ(親ンこと守って死んだ奴ぁ男の鑑じゃけん)」ということだった。

 兵士たちにとってエステルが親ではない事は明白なのに何を勘違いしているのかよくわからないが、やはり死者への敬意は持ち合わせているらしい。


                        ◇

「そういえば姫騎士ってなんなんだ?(ほういえば姫騎士ちゅうのはなんなんじゃ?)」 

 兵士たちの遺体を整えたことで少ししんみりとした車内の空気を変える為か、黒峰が口を開いた。

「姫騎士か。確かに"来訪者"には聞き慣れない言葉だろうな。そうだな、簡単に言えば神の加護を受けた踊り子というところだ」

 エステルも空気を変えることに異存はない。

「踊り子?(踊り子?)」

「ああ。私が属するレクサヌス氏族の祭神は戦女神アルカなのだが、その主神殿の大祭では昔から我が一族の乙女が剣舞を奉納するのが習わしだったのだ。

 ただの踊り子だったのだが、戦乱で一族が滅びかけた時、当時の剣舞の乙女が実際に戦場に出て大活躍したのだ。

 それ以来、本家筋の未婚の娘の中で一番剣技に秀でた者が選ばれることになっている。帝国が創設された後は姫騎士という称号がついたし、『人間の男に殺されることはない』だの『帝国の存亡の時にはアルカ神がその身に宿る』だの胡散臭い伝承はあるが、本来はただの踊り子だ」

「姫様」

 一応は帝国の伝統の一部を占める神聖な役割をぞんざいに扱うエステルをリエンヌがたしなめるが、エステルはどこ吹く風だ。


「踊り子というには大した剣さばきだったがな。そういえば、まだ礼を言っていなかったな。あの時注意してくれなかったら危なかった。感謝する(踊り子っちゅうには大した剣さばきじゃったけんの。そうゆやぁ、まだ礼をゆっとらんかったのう。あん時注意してくれんかったら危なかったわ。感謝しとるけえ)」

 黒峰がわざわざ振りかえってまで礼を言った理由が、エステルにはすぐには判らなかった。少し考えて、背後に暗殺者がいる事を警告したのを思い出した。

「いや、先程も言ったが、助けられたのはむしろ我々の方だ。あれは私の命を狙った暗殺者なのだから」

 そもそもエステルの警告がなくてもこの男ならあの程度の危険は切り抜けられただろうとも思う。そんな小さなことにいちいち礼を言う黒峰の律義さが可笑しかった。

「そうか。そう言うことなら貸し借りなしということにしておこう。それにしても鉄砲玉に狙われるとはお姫様というのも大変だな(ほうか。ほうゆうことなら貸し借りなしちゅうことにしとこ。それにしても鉄砲玉に狙われるたぁお姫様ちゅうのも大変じゃの)」

「王家に生まれたせいで振りかかる厄介事は多いが、これはその中でも最たるものだな」

 苦笑したエステルは、しかしすぐに真面目な表情をつくった。


「実はその件でクロミネ殿に言っておかねばならないことがある」

 声色に真剣なものを感じたのだろう、黒峰は車をとめ、後部座席へと向き直った。

「暗殺の黒幕は判らないが、定期任務でもない軍務にあわせてタイミングよくあれだけの規模の暗殺者を送りこんできたのだ。ある程度即応出来る立場と距離に敵がいるのだろう。しばらく私の周囲は危険となるはずだ。貴殿の身に類が及ばないとは限らない。

 なるべく早く貴殿を帝都に送る手配をするが、これから向かうテッサラにいる間は極力私に関わらないようにしてくれ」

 この"来訪者"を自分の事情に巻き込む訳にはいかない。そう考えての、エステルの忠告だった。その隣でリエンヌも、エステルの言葉を肯定するように頷いている。

 黒峰はエステルの言葉を反芻するようにゆっくりと考え、そして首を横に振った。


「それは無理な相談だな。目の前に危ない目にあっている奴がいるのに我が身可愛さに逃げていては、任侠道は立ち行かん(そりゃ無理な相談じゃのぅ。目の前に危のう目におうとる奴がおるのに我が身可愛さに芋引いとったら、任侠道は立ち行かんのじゃ)」


「に、任侠道?いや、しかし、我々は今日会ったばかりで、しかも貴殿はたまたま巻き込まれただけではないか」

 ルクサラ帝国にもそういった価値観はある。『騎士道』と呼ばれるその思想も、目前の危険から逃げて他人を見捨てる事を卑としている。

 だが、現実問題として、この程度の関わり合いで自ら暗殺の危険の中に飛び込んで行こうとするものはこの国にはそう多くないだろう。

 威勢のいい事を言って恰好をつけているだけでいざとなったら逃げだすつもりか、とも思ったが。黒峰という男の堂々とした態度は、本気で言っているようにしか見えなかった。

「あったばかりでもたまたまでも関係ない。『義を見てせざるは勇なきなり』だ(おうたばかりでもたまたまでも関係なぃんじゃ。『義を見てせざるは勇なきなり』じゃけん)」

 そう断言する黒峰を、真剣な表情でみつめていたエステルは、ふっと表情を柔らかくする。

「『義を見てせざるは勇なきなり』か。良い言葉だな」

「ああ、俺の兄貴分に教えてもらった言葉だからな(おう、ワシの兄貴分に教えてもろうた言葉じゃけえ」

 黒峰の表情からは、その「兄貴分」という人物への誇りと憧憬が感じ取れた。心の師というべき人物を持つと人生に一本筋が通る。それはエステルにも覚えがあることだ。

 この黒峰という男は思いのほか立派な人物だったようだ。

 エステルは、ヤクザと言う肩書に惑わされて警戒していた自分を心の中で恥じた。

 

「それに、俺の腹に刃物ぶっさしやがった奴らの親にはきっちり落とし前つけさせないといかんからな(それに、ワシの土手っぱらにヒカリモンぶっさしおったドグサレどもの親にはきっちり落とし前つけさせんといかんからのぅ)」

 

 向き直ってハンドルを握った黒峰が何か呟いているのが聞こえた気がしたが、きっとてれ隠しだろう。エステルはそう思った。

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