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ヤクザ、口上を述べる

 暗殺者たちの死体の前にしゃがみこんで手を合わせる黒峰に、エステルとリエンヌが近づいてきた。

「×××××」

 やや硬い笑みを浮かべながら、リエンヌが声をかける。猛獣に話しかえるような風情だが、彼女の気分的にはほとんどかわりなかった。

 意味のわからない言葉で話しかけられた黒峰の眉間の皺が、普段の倍くらいの深さになったのだからなおさらである。

 理解不能な言語を反射的に解読しようとした結果の表情なのだが、エステル達にとっては自分たちの行動の何かがこの凶暴な男の逆鱗に触れたかもしれないと思うと気が気ではなかった。

 若干笑みを凍りつかせながらリエンヌはやや長めに何かを唱える。黒峰に話しかけているというより、経文か何かを読んでいるような様子だった。

 リエンヌが何事かを唱え終わると、ふっ、と一条の風が吹き抜けるのを黒峰は感じた。

「"来訪者"様、私の言葉がおわかりになられるでしょうか?」

 驚いたことに、リエンヌの発した言葉は確かな意味を持って黒峰の耳に届いた。かすかに、わ……ん、とハウリングするような響きを伴っているが、混じりけのない日本語として聞こえる。

「あ、ああ。なんだ、日本語話せたのか(お、おお。なんじゃ、日本語話せたんか」

 返事をして、さらに驚いた。ハウリングが酷くなっただけでなく、なぜか自分の耳に響いたのは東京弁だったからだ。

「魔法で来訪者様とお話できるようにさせて頂きました。些かご不便かとは存じますが、お許しください」


 さらりとリエンヌが説明したように、これは魔法の効果だった。リエンヌが使ったのは、リンガ・トランサ=LⅢ―――ルクサラ帝国では簡単に「翻訳魔法」と呼ばれるものだ。

 対象の耳元と口元に薄い空気の膜を発生させ、対象の発言を中央ルクサラ語に、中央ルクサラ語を対象の理解出来る言葉に変換する魔法だ。

 魔法の組成の中に膨大な言語情報を持っており、自動で翻訳してくれるのだ(方言は標準語に修正されるよう設定されていた。一番の用途が外交用だからである)。

 リエンヌの様に外向きの用を務める事が多いタイプの文官にとっては必須とも言える魔法だった。

 ちなみに翻訳魔法にはこの魔法のような言葉の「音」を変換するもののほかに、対象の精神に作用して言葉の「意味」そのものを伝達する方式のものもあるが、ある種の洗脳魔法に近いためあまり好意的に受け取られていない。

 なにより抵抗力の高い相手には無意識に無効化されてしまう可能性がある為、あまり用いられない。

 一方こちらの方式の翻訳魔法も、対象が理解できる言語の情報が魔法に含まれていない場合意味をなさないという欠点があった。何代にもわたって情報の蓄積が重ねられ、古今東西どころか"来訪者"の言語すら網羅しているが、それでも万全ではない。

 この魔法の効果があったということは、黒峰の同郷人が少なくとも一人はこの世界に訪れ、その言葉を魔術師か学者が研究したことがあるということになる。

 


「魔法だと?何を馬鹿なことを言ってるんだ(魔法じゃと?何を馬鹿なことを言うとるんじゃ)」

 魔法のことなど知る筈もない黒峰が困惑の表情を浮かべる。

 これも、リエンヌにとっては予想の範囲内であった。来訪者の中には魔法がまったく存在しない世界からくるものもいるという事は良く知られていた。

「ご不信はごもっともです。後ほど詳しくご説明申し上げますので、まずは我が主人からの挨拶を受けていただけないでしょうか?」

 リエンヌの言葉に黒峰は、ふむ、と落ち着く。まずは何よりも挨拶。彼が属している業界でも、挨拶を交わしお互いの立場を明白にするのは大事だった。

 そうなれば、ぐだぐだと取り乱して醜態を晒す訳にはいかない。

 

 黙って頷いた黒峰に、リエンヌは内心ほっと安堵の息を漏らした。この男、言葉を交わしてみると案外話が通じるらしい。

 懸念していた程酷いことにはならなさそうだ、という安心感を覚えながら、エステルを紹介する。

「ご紹介いたします。こちらがエステル・エノカ・プロムント=セプタ・レクサヌス殿下。栄えあるルクサラ帝国の四選帝王家が一セプタ家の第二王女にしてプロムント伯。近衛第二騎士団第六連隊"ハスタ"名誉連隊長、そして姫騎士の称号を受けし方であります」

 仰々しい称号を歌うような節をつけて高らかに謳いあげる。幼いころから何度も繰り返し、肩書きが変わるたびに練習してきた口上は、リエンヌの清冽な声音と合わさって、心地よい音楽のように響いた。


「私がエステル・エノカである。"来訪者"殿、以後、見知り置き願う」

 口上を受けたエステルが堂々と胸を張りながら、剣を顔の前に立てる栄誉礼の姿勢をとる。

 こちらも堂にいったものだ。若く、女であるにも関わらず、騎士の礼の姿に微塵も仮装めいたところはなく、「本物」の威儀が備わっていた。

 当然だろう。彼女はお飾りではなく、実力で姫騎士の地位にいる武人なのだから。


―――な、なんじゃ。えらぁぶち強そうなおなごどもじゃの。 

 高貴な世界に生きる人物であることを十全に表現した二人に対し、黒峰は圧倒されかけた。

 しかしここで臆しては、二人との間に埋まらない格の差を生じてしまう。そうなればこの訳のわからない状況で主導権を手放すことになってしまう。 否、それ以前に、一人の男として、小娘二人に貫禄負けする訳にはいかなかった。

「俺は黒峰廣児。生まれも育ちも芸州広島。縁あって藝粋会安藤宗利会長に草鞋を預け特別顧問代理の肩書を貰っているしがない×××だ(ワシは黒峰廣児。生まれ育ちは芸州広島じゃ。縁あって藝粋会安藤宗利会長に草鞋を預けとって特別顧問代理ちゅう肩書を貰っとるしがない渡世人じゃ)」

 強面に真剣な表情を浮かべながら一息に仁義を切った。

 もし翻訳魔法が無ければ罵詈雑言を浴びせられていると勘違いしたかもしれないが、エステルとリエンヌはそれが丁重な自己紹介だと理解できた。

 

 しかし、一部翻訳されなかった部分がある。文脈的に固有名詞だと判断できる部分は問題ないが、普通名詞を判らないままにしておくと、後々重大なすれ違いを生みかねない。

 ここは、非礼を承知ですぐに確認しておくのが得策だろう。リエンヌはそう判断した。

「申し訳ありません、クロミネ様。失礼ですが、最後の部分、トセイニンというはどういう意味でしょうか?我々の語彙にはなかったようで」

 幸い、クロミネは気分を害した様子は無かった。鷹揚な口調で答える。


「ああ、それはヤクザって意味だ(おう、そりゃヤクザっちゅう意味じゃ)」


 エステルとリエンヌの笑顔が固まる。

 残念ながら、ヤクザという言葉は、翻訳魔法の語彙に存在した。

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