第9話
「挑夢さん、詳細が分かりました」
真咲とプレゼントを買いに行った日の夜の僕の部屋。
カデンが僕に話しかけてきた。
「詳細ってなんの?」
「今回の件のです」
「ふーん、それで?」
「はい、実は……、けんかの原因は挑夢さんにあったのです。今回、挑夢さんは、私から事情を聞いていたので、真咲さんが差し出したソフトクリームを、渡りに舟とばかりに直ぐなめましたよね」
「うん」
「だから良かったんです」
「というと?」
「当初の歴史では、真咲さんが差し出したソフトクリームを、挑夢さんは恥ずかしさから『えー』とか言って直ぐに受け取りませんでした。真咲さんにしてみれば、幼い頃は同じものをかわるがわるかじって食べていたので、その延長のつもりで何の気無しに行ったことだったのです。ところが、挑夢さんが断ったことで、真咲さんは恥をかかされたような気になり怒ってしまった――と、そういうことだったのだそうです」
「やっぱりそうだったのか……。確かに、何も知らなかったらそうだったかも……」
「真咲さんはとても傷ついたのです。私のなめたソフトクリームはなめられないっていうのって……」
カデンの話によると、もともとの歴史では、僕も、いったん断ってしまった手前、「やっぱりなめる」とも言い直せず、結局、真咲と大喧嘩。
それを例の科学者が見ていて、惚れ薬開発のきっかけとなった――ということだったそうだ。
「だから、今回、挑夢さんが真咲さんから差し出されたソフトクリームを直ぐになめたことで、けんかは起きずに済みました。今回の件によって、惚れ薬が開発されるというバタフライ効果は解消されました。現在、未来の世界では惚れ薬による混乱は生じなかったことになっています」
「そういうことだったのか……」
「そういうことだったんですね……」
「カデンの話を聞いてからは、僕は必死に真咲といっしょのソフトクリームをなめようとしていたのだけれど、もともとは真咲の方が僕といっしょのソフトクリームをなめようとしてくれていたんだな」
「ええ、そうですね」
「じゃあ、今回の件は良かったよ。カデンが来て教えてくれたから」
「ほんとですか?」
カデンが嬉しそうな顔をした。
「ああ、ほんと。だって、カデンから今回のことを教えてもらっていなかったら、真咲と大喧嘩することになっていたんだもの。それを事前に避けることができたんだから」
「そう言っていただけると、私もはるばる五十年後の未来から来た甲斐があるというものです」
「それになんというのかな……。今回の件で、気をつけようと思ったことがあるんだ」
「それは何ですか?」
「うん。それは……、まあ、自分がそんなに女の子にもてるなんて思ってはいないんだけれど……。今回の真咲のソフトクリームの件みたいに、女の子の方から、僕にちょっとした誘いというか、近づいてきてくれることってこれからもあると思うんだよ」
「そうですよ。だって、挑夢さんは素敵ですから」
「な、な、何をお世辞なんか言ってるんだよ」
「お世辞じゃないですよ。ほんとです」
「ま、まあ、いいや。――ともかくさ、まあ、こんな僕にでも女の子の方から何か話しかけてくれるというか、誘ってきてくれるというか、かまってきてくれるということが、多分あるんだよな、きっとこれからも。そういうのは大事に相手しなきゃいけないなって思ったよ。もし、今回のことがなかったら、僕はせっかくの真咲からのソフトクリームの誘いを恥ずかしいからってことで無下に断って怒らせてしまっていたんだから」
「とっても、いいと思います。挑夢さんは優しいですね」
「そうかな……。自分のこと、そんなふうに思ったことないんだれど」
「挑夢さん、ロボットの私がお誘いしても、応じてくださいますか」
「も、もちろんだよ……。だって今、僕、決心したばかりじゃないか」
「ロボットの私でも、人間の女の子のように扱ってくださって、本当に嬉しいです」
「カデンは……、人間とはちょっと違うのかなって思わせるとことも正直あるけれど……、でも、ほとんど人間と変わらないよね。んで、なに? なんか、僕を誘ってくれることでもあるわけ?」
「今は特に無いんですけれど……。私もいつか挑夢さんとどこかへいっしょに行きたいです」
「いっしょに行く……」
“いっしょに行く”で思い出した。
昼間、真咲と話していた、カデンの高校通学の件だ。
「あのさ、カデン」
「はい?」
「カデンは、女子高生十六歳型ガイノイドだったよね?」
「おっしゃるとおりです」
「じゃあ、高校に通わなければいけないんじゃないの?」
「それは……、そうですね。この時代のどこかの高校に通うべきかもしれません」
「昼間、真咲と話しているときさ、なりゆきでカデンは僕の高校に通う予定だって言っちゃったんだ。カデン、僕の高校に通うことってできる?」
「私は特に問題はありませんが……。でもいいのですか? 私がいっしょに住んでいることがクラスのお友達に知れると、挑夢さんが冷やかされたりからかわれたりするのではないかと心配なのですが……」
「なるほど……。それは確かにあるかもしれない。でも、いいよ、そんなの大した問題じゃない。それに、家で毎日一人で留守番していたって、カデンだって退屈なんじゃない?」
「退屈? することがないということですか? 大丈夫ですよ。メカを休ませることができますから退屈であるということは、私にとって何の問題もありません」
「……。やっぱ、そういうところが、ちょっと人間とは違うね。ともかくさ、高校へ通おうよ? できるんだろ? だって、僕の全親戚に催眠術をかけたり、住民票や戸籍を手を加えたりしてるんだものね?」
「はい、お安いご用です。では……、私が高校に通い始めるに当たって、いろいろとまたこの時代に手を加えなければなりませんから、準備に時間をいただけますか。準備が整いましたら、挑夢さんといっしょの高校に通わせていただきます」