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最終24話

 昼になった。

「ねえ、挑夢、一緒にお弁当食べようよ」

 隣の席の真咲が、机をくっつけてきた。

「一緒にって……、僕、購買部でパン買うから、弁当なんかないよ」

「へへーん、そう思って、じゃーん!」

 真咲が、自分の可愛いお弁当箱と、それより一回り大きい弁当箱を取り出した。

「不肖、この幼方真咲、難場挑夢君のお弁当も作ってまいりました!」

「え、ええ、そうなの……、それはどうも……」

 これはびっくり、どういう風の吹き回しだろう。

「あ、あの……、わ、私も挑夢さんと一緒にお弁当食べたいです」

 カデンが、遠慮がちに僕と真咲の机に自分の机を付け加えた。

「わ……、私も……、挑夢さんの分、お弁当作ってきたんですが……、一緒にいかがですか?」

 え、カデンまで……?

――ていうか、カデン、いつお弁当なんか作ったの?

 今朝、そんなことやってたっけ……?

(カデン、弁当って……、そんなのいつ作ったんだよ?)

 僕はカデンに思念波を送った。

『さっきの休み時間です』

 カデンは、例の特殊な音声伝導法とやらで、僕の聴覚神経に直接声を伝えてきた。

(休み時間? 休み時間ったって、十分しかなかったぞ)

『はい、その十分の間に加速装置を使ってマッハでおうちに帰り、マッハでお弁当を作って、マッハで帰ってきました』

 な、なんと……。

 カデンのもつガイノイドとしてのハイスペックな能力が、なんと僕のお弁当作りに使われたとは……。

 それにしても、なぜ急遽、僕に弁当を――?

 あ、そうか……。

 カデンと僕は、ついさっき届いた五番目のバタフライミッションで恋人同士にならなければならないのだった。

 高校生の恋人同士なら、いっしょにお昼は食べるよな、うん……。

 んじゃ、この真咲の行動は一体……?


 教室がざわついた。

 特に男子のざわめき声が聞こえる。

「なんだろう?」

 僕は声のした方を見た。

「!」

 びっくり。

 五組の彼女が立っていたからだ。

 五組の彼女というのは、すなわち――。

 一年五組の、うちの高校の「彼女にしたい女子ランキングベスト五」の内の一人、愛藤姫乃。

「あの……、難場挑夢君いますか――、あー、いたいた!」

 愛藤姫乃は、つかつかと三組の教室に入ってくると、近くにあった空いている机を、僕と真咲とカデンの机にくっ付け、椅子にかけた。

「あ、真咲もいたんだ。私もまぜて」

「姫乃。うん、いいけど……、なんでまた」

「あ、あの……、愛藤さん?」

「難波君、あたしね、こないだの映画のお礼にお弁当作ってきちゃった?」

「え……」

 愛藤姫乃が、僕に弁当を、なんでまた。

 いや、それより――。

「映画? 映画って何のことよ挑夢」

 愛藤姫乃の「映画」という言葉を、真咲はしっかりと聞き取っていたようだ。

「あたし、こないだ、難場君といっしょに映画行ったんだ。誘ってもらって」

「「な……」」

 僕と真咲は同時に声を出していた。

「なによ挑夢? それってどういうこと?」

 真咲が僕に詰め寄ってきた。

 いや、どういうことって言われても……。

 それよりマズイぞ。

 いまここで、愛藤姫乃に映画のタイトルを言われたら、真咲が気を悪くするのは確実だ。

「ど、どういうことと言われても、その……」

 僕はしどろもどろになってしまった。

「あたし、難場君に、『彼氏いるのか?』って聞かれたから、『いない』って答えちゃった」

「あ、ああ……、そ、それはそうだよね、高相先輩は姫乃のいとこなんだから……」

 お、なんか、話の流れが映画からそれてきた。

 いいぞ、いいぞ。

「だから、あたし、難場君に、あたしの彼氏になってもらおうかなーーなんて、思っちゃったりして……」

「「ええーーーっっ!?」」

 僕と真咲はまたまたハモった。

「な、なに言ってんのよ姫乃? 気を確かにもったら? どこがいいのよ、こんなやつ!」

 おいおい真咲。

 それは、あまりといえばあまりな言いようではないかい?

「ひどいです、真咲さん」

 カデンが言ってくれた。

 さすがにあんまりだと思ってくれたのだろう。

 そうだよ、ひどいよな。

 カデン、もっと言ってくれ。

「挑夢さんは、素敵ですよ。私、挑夢さんと恋人同士になりたいんです」

 ぶーー!!

 僕は飲みかけていたお茶を噴き出した。

「きたないじゃん、挑夢!」

 真咲が顔をしかめる。

「ご、ごめん……、あ?」

 愛藤姫乃とカデンが、それぞれ自分のハンカチを出して、僕の濡れた部分を拭いてくれているではないか。

「ちょ、ちょっと……、二人とも何やってんのよ?」

「何って……」

「ご覧の通り、拭いてあげてるんです」

 愛藤姫乃は僕の右側、カデンは僕の左側を拭いてくれている。

「ちょっと……、ちょっと、やめてよね、二人とも。挑夢は……、挑夢は……、あたしが拭いてあげるんだから!」

 真咲は、そう言うと、自分のハンカチを出して、僕の頭をごしごしやりだした。

「お、おい、待てよ真咲。僕は別に頭は濡れてないって!」

「あ、ご、ごめん……」

 バツが悪そうに座る真咲。

「真咲。――ということは、あなたも私のライバルね」

「姫乃……、私は別に……」

「そうなの? じゃあ、こちらの……、ええと――?」

「難場カデンと申します」

「難場カデンさん? あら、同じみょうじということは……」

「挑夢さんとは遠い親戚なんです。一緒に暮らしています」

 心なしか、「一緒に暮らして」のところをカデンが強調したような気がした。

「い、一緒に……。そ……、そうなの。でもカデンさん、さっき言ったわよね。『恋人同士になりたい』って。――ということは、裏を返せばまだ恋人同士じゃないってことよね?」

「それは……、おっしゃる通りです」

「じゃあ、私のライバルはあなたということで……、一緒に暮らしているというハンデがあるけど、負けないわ……」

「ま、待ったあ」

 真咲が口をはさんだ。

「か、勝手に二人で話を進めないで。私だって……、私だって……、こないだ一緒のソフトクリームなめたし、お風呂だって一緒に入った仲なんだから!」

 教室に残っていた生徒達が一斉にざわついた。

「な、真咲……、一緒に風呂って……、それはものすごく小さい頃の話だろうが!」

「事実には違いないでしょ」

「いいわ、分かった」

 愛藤姫乃は、ハンカチを置いた。

「真咲は私の友達だけれど、これからは私の強敵、ライバルね。強敵と書いて『とも』と読む。昔のマンガにあったっけ? 真咲とカデンさんは、今から私の、お友達であり、ライバルだわ。よろしく」

 愛藤姫乃が右手を出した。

「こちらこそ。負けません」

 カデンが右手を出して、愛藤姫乃と握手した。

「あ、あたしだって」

 その上に真咲が自分の右手を置いた。

 三人は、互いの目と目を合わせてにっこり笑った。

 こ、これは……、これは、この後、いったいどうなってしまうのだろう?

 ミッションクリアは、カデンと恋人同士になれというものだけれど、恋人同士って、どういうのが恋人同士なのだろう?

 どこまでやれば恋人同士なのだろう?

 そもそも、ロボット――ガイノイドであるカデンと、恋人同士になれるのか?

 それに……、カデンと恋人同士になるには、愛藤姫乃と幼方真咲が立ちはだかることになった。

 五番目のミッションクリアは、これまででいちばんの難関かもしれない。

 僕の――、僕の高校生活は、無茶苦茶に塗りつぶされた――と思っていたのだが、でも、なんか、ほんのちょっとだけ、楽しくなってきたような気もしてきた、お昼ご飯どきだった。

<完>

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