第2話
僕はさっき首をスポッと外して見せた、未来から来たというロボットの女の子「カデン」と、自宅のリビングで向かい合って座っていた。
深夜アニメは一時停止のまま。
登場人物の女の子が魔法を繰り出そうと構えたシーンで停まっている。
「いろいろと驚かせてしまってごめんなさい。あらためて自己紹介しますね。私は五十年後の未来からやってきたガイノイドJK16型『カデン』と申します」
「ガイノイドって……何? アンドロイドみたいなもののこと?」
アンドロイドという言葉なら僕も知っている。
人間の姿をしたロボットのことだ。
ロボットにはいろいろな種類がある。
いろいろな姿がある。
工場で、自動車や電化製品を組み立てる用途に使用されている、人間とは似ても似つかない姿をしたもの。
イヌ型、ネコ型、はてはヒト型にいたるまで、様々な生き物の姿に似せて作られたもの……。
その中でもたしか、人間の姿をしたロボットのことを、アンドロイドと呼んだはずだ。
つまり、アンドロイドとは、ロボットの一種。
ロボットの中で、人間型のものをアンドロイドと呼んだはずだ。
「アンドロイドというのは、正確には男性型ロボットという意味なんです」
「男性型? ということはガイノイドというのは……」
「はい。女性型ロボットのことです」
「へえーー、そうなんだ」
「ご理解が早くて助かります」
「じゃあ、君はガイノイドで、ガイノイドというのは女性型ロボットという意味で、その型番がJK16と――そういうことなんだね」
「おっしゃる通り。ちなみにJK16型というのは『女子高生十六歳型』の略です」
「いや、それは聞いてないし……。製品の型番って、そんなノリでつけちゃっていいわけ? まあ、いいや。そんで、その十六歳の女子高生型のガイノイドの君が、はるばる五十年後の未来の世界から、いったい僕に何の用?」
「ええ、それですよね。実は……」
「実は?」
「五十年後の未来は、きわめて危険な状況にあるのです」
「きわめて危険な状況に? それはまた、いったいいどういう……?」
「人々の心の荒廃、破壊兵器の開発、戦争の勃発、疫病の流行、異常気象、その他もろもろ……」
「まあそのテの話は今も言われていることだけど……。テレビのニュースやなんかでもよく聞くし。それにしても、五十年たっても、あんまし地球の状況って変わってないんだね」
「いえ、状況は比較にならないほど悪化しています」
「うわあ、ヤな話だなあ……」
「そして調査の結果……。残念ながら難場挑夢さん、その原因があなたにあることが分かりました」
「僕に? 未来が危険な状況になっている原因が? そりゃまたいったい、どうして?」
「挑夢さんは、バタフライ効果という言葉を知っていますか?」
「水泳やるならバタフライがいちばんダイエット効果が高いとか、そういうやつだろ」
「全然違います」
「分かってるよ! ちょっとボケてみたんだ。確か蝶の羽ばたきが、回りまわって嵐を巻き起こす原因になるとか……、そういうやつじゃなかったっけ?」
「ご名答! 挑夢さん、さすがですね」
「んまあ、マンガやアニメやライトノベルで見聞きしたような覚えもあったしね。んで、そのバタフライ効果がどうしたって?」
「挑夢さん」
「うん?」
「あなたは、ちょうなんです」
「いや、僕は一人っ子だよ」
「いえ、私は『長男です』と言ったんじゃなくて、『蝶なんです』と言ったんですよ。それにたとえ一人っ子でも、長男は長男です」
「いちいち細かいな。だからちょっとボケてみたんだってば。で、人間の僕がなんで蝶なんだ?」
「ものの例えですよ。実は五十年後を滅亡の危機にさらしている様々な要因が、難場挑夢さん、あなたにあることが分かったんです」
「僕が? 五十年後の世界を滅亡の危機にさらしている? なんでだよ? もしかして僕が将来科学者になって地球破壊爆弾とか発明しちゃうとか?」
「いえ、全然そういうのではありません」
「じゃ、どういうんだよ」
「具体的な事例がありますので、さっそくお示ししますね」
カデンは自分の右手を、さっきから一時停止のままになっていたアニメが映りっぱなしになっているテレビ画面に向けた。
すると突然画面が切り替わった。
テレビ画面に映し出されていたのは……、僕と幼方真咲だった。
ちなみに幼方真咲というのは、僕の隣の家に住んでいる幼馴染みの女の子だ。
小中と同じ学校で、なんと高校までもこの春から同じクラスという腐れ縁なのだ。
画面には、僕と真咲が仲良さそうに町を歩いている様子が映っている。
いつ撮ったんだよこんなの……、隠し撮りなんかしてプライバシーの侵害じゃん――と思いかけたが、よくよく考えてみたらこれはおかしい。
画面に映っている僕らはどう見ても今の僕らだったからだ。
たしかに幼馴染の僕と真咲は、小学校の頃までは一緒に遊んだりしていた。
けれど、中学以降は二人で出かけたことなんかないのだ。
なのにこの映像はいったい……?
「挑夢さん、不思議に思っていますね? 実はこれは未来の映像なのです」
「未来の?」
「はい。今、五十年後の未来のデータベースから、私を介して、そこのテレビにこの映像を送り込みました。この映像は、明日のものです」
「明日……。どうりで覚えのない映像なわけだ」
「明日、あなたは幼方真咲さんと二人で町へ出かけます」
「そうなの? どうしてまた?」
「さあ……、申し訳ありませんが、私のもっている限りの情報では、その詳細までは分かりません。――さて。出かけた先でお二人はけんかをしてしまうのです」
「ふーん……。まあ、珍しいことじゃないよ。僕らは幼馴染みだし、小さい頃からよくけんかもしていた仲だから」
「ところがその言い争いをある科学者が見ていました」
「はあ、ある科学者がね」
「その科学者は難場挑夢さんと幼方真咲さんの言い争いを見て切実に思ったのです。なんとか、世の中から男女間の好きとか嫌いとか惚れたとか振られたとかいったトラブルを無くすことができないもんかと」
「ふーん……。まあ、たいていの人は似たようなこと一度は二度は思うだろうね」
「それで、その科学者は、一念発起して、なんとたった一年である薬を開発してしまったのです」
「一念発起だけに一年か」
「すみません、スルーしますね。――そしてその開発した薬は、なんと“惚れ薬”でした」
「惚れ薬? そんなもんが実際に作れるんだ」
「ええ」
「それで、それがどうしたの?」
「挑夢さん、惚れ薬が世の中に出回ったらどうなると思いますか?」
「出回ったら……、そうだなあ。片思いの相手に飲ませて両思いになろうとする人が増えるんじゃ」
「おっしゃる通りです」
「じゃあ、どこが問題なの? むしろ、いいことじゃない? みんな、好きな人と両思いになれるんだし」
「本当にそうでしょうか……?」
「――と言うと?」
「逆もあるんですよ」
「逆? どういうこと?」
「好きじゃない相手と両思いになるということです」
「そんなのあるわけが……、あっ!」
「お気づきになりました?」
「確かに……、もし、好きじゃない相手に惚れ薬を飲まされたりしたら、本当は好きじゃない人のことを、薬の力で好きになってしまう」
「ええ……。挑夢さんが、もし誰かに惚れ薬を飲まされたら、挑夢さんはその人のことを無条件に好きになってしまうんです。たとえ挑夢さんがその相手のことを大っ嫌いだったとしても。惚れ薬の出現は、恋人同士の関係も、結婚生活も破綻させてしまいました。たとえ恋人や夫や妻がいても、惚れ薬を飲まされれば、好きな相手は変わってしまうのです」
「それじゃあ、誰も安心して恋人同士になったり、結婚したりできなくなるじゃないか……」
「もちろん、恋人同士や結婚している夫婦であっても別れてしまうことはあります。でも、薬の力によって強制的にそれがなされてしまうということでは、誰も安心して普段の生活を送れてなくなってしまうんですよ」
「その……、惚れ薬が開発されるのはいつなんだい?」
「一年後です」
「それが、僕と真咲が二人で出かけるのと関係ある?」
「ええ」
「いったいなぜ?」
「さっきも申し上げた通り、挑夢さんと真咲さんは、出かけた先でけんかをしてしまうのです。そのけんかの様子を見たその科学者は、開発意欲を大いに刺激され、一年後にその薬を完成させてしまいました」
「来年か……」
「さらにその一年後、つまり今から二年後には、薬は世の中で売られ始めます。薬はあっという間に世の中に広まり、恋人関係や結婚関係は次々と破綻していきました。人々はお互いを信用できなくなってしまったのです」
「惚れ薬を飲まされたら、無条件でその相手を好きになってしまうからだね……」
「ええ。惚れ薬の開発をきっかけに人々の心は荒廃し世の中は荒れていきました……。我々は歴史を調査した結果、その科学者が、挑夢さんと真咲さんのけんかさえ目撃しなければ薬の開発には至らなかっただろうと結論づけたのです」
「そんな……。でも、そもそも僕と真咲が二人で出かけるなんてありえないし……。二人で出かけなければけんかもしないわけだし……。多分、その心配は無いと思うよ」
「まあ、そうだといいんですけれど……。ともかく私は挑夢さんがバタフライミッションをクリアするためのサポート役としてここにいるわけなのです」
「バタフライミッション?」
「挑夢さんを発生源とするバタフライ効果によって世界が荒廃し、滅亡の道へと歩むことを防ぐ任務のことです」
「なんだか急にいろいろなことをたくさん言われて信じられない感じなんだけれど……。でも、アンドロイド――いや、ガイノイドだったね――ガイノイドのカデンが現実に目の前にいることを考えると、信じるしかないのかなあという気がしてくるよ」
「ええ、信じることです。信じる者は救われますよ」
「そういう言い方がなんか新興宗教っぽくて、かえって信憑性無いんだよな」
「すみません、気をつけますね。それと……、お願いといいますか、確認しておきたいことが三つほどあるのですが……」
「三つも? 覚えきれるかなあ……。で、なんだい?」
「一つ目。私が未来から来たガイノイドということは周りには秘密にしてください」
「それか。うんまあ、それはそうだろうね。言ったところでガイノイドの存在なんて、誰も簡単に信じないだろうから、わざわざ秘密にするまでもないというか……。秘密の漏洩に関してはは大丈夫だと思うよ。もっとも、信じてもらえたら信じたもらえたで世の中大騒ぎになってしまうだろうけれど……。それにしても、すごいな。あとたった五十年で、君みたいに人間と見分けのつかないロボットが作られるなんて」
「ええ、今後科学は加速度的に発展していくのです。その科学を正しく使わないと世界はあっという間に滅んでしまいますから、両刃の剣ですけれどね」
「さっき首が外れたけれど、どうなっているの? 見せてもらってもいい」
「どうぞ」
カデンはあごを上げ、僕に首が見やすいようにしてくれた。
「……。どこが継ぎ目なの? 全然分からない」
「分子レベルでくっついたり離れたりするんです。今、頭部と胴体は完全に融合していますから、外れることはありませんよ。触ってみてください」
「じゃあ、失礼して……」
僕はカデンの首に触ってみた。
触り心地は人間と全く変わらない。
体温も感じられる。
これが人工的に作られたものだなんて、本当に信じられない。
「すごいなあ……、首を外す以外にどんなことができるの?」
「そうですね……。両足にはジェットエンジンが内臓されていて空を飛ぶことができます。目は壁を通して物を見ることができ、耳は五十キロ四方の音を聞き分けます。口から火を吐いて土の中に潜ることもできますし、ボディは一万五千メートルの深海の水圧にも耐えられます。力は千人力で、右手にマシンガン、左手にナイフ、太ももにはマイクロミサイルを装備。内蔵した加速装置でマッハで走り、変身することも可能です」
「そういうの、昔のサイボーグのマンガにあったな」
「ご存知でしたか。実は私の開発者がそのマンガのファンだったそうで、私にそのマンガに出てくるサイボーグたちの能力を全部付けたと言っていました」
「変身っていったけど、どんなふうに?」
「はい、こんなふうに」
カデンは両手で顔を覆うと
「ばあ」
と開いて見せた。
「どわわわわあああああーーーー」
本日二回目のびっくり仰天。
カデンが僕の顔になっていたからだ。
「どう、驚いた?」
僕の顔になったカデンが、僕の声でしゃべった。
「す、すごい……、っていうか、そんなことができるのなら、カデンが真咲に変身して僕と仲良く出かければ済むことなんじゃないのか?」
「それはだめなのです」
カデンは元の姿に戻って答えた。
「どうして?」
「歴史には、本来あるべき流れというものがあります。挑夢さんと真咲さんが二人で出かけるというのは本来あるべき歴史の流れであって、変えることはまず不可能なのです」
「不可能も何も……、真咲と出かけなければいいだけの話じゃないか」
「まあそれは……、説明してもなかなかご理解いただくのは難しいかもしれませんね。どうして挑夢さんと真咲さんが二人で出かけることになるのかは、おいおい分かると思いますよ」
「おいおい分かるとだなんてもったいぶらないで教えてくれよ」
「すみません。詳細までは私にも知らされていないのでお教えできないのです。歴史の改変を最小限にするため、私へ送られてくる情報も最小限にされてしまっていますもので」
「まあ……、じゃあ、分かったよ。そういえばさっきお願いというか確認が三つあるって言っていたよね? あとの二つは?」
「はい。二つ目は、挑夢さんがバタフライミッションに取り組んでいるということも、周りには秘密にしてほしいということです」
「つまり、今回の件でいえば、僕が真咲とけんかしないようにしているということを、誰にも知られないようにするということ?」
「はい」
「そんなのお安いご用。というか、そもそも真咲と出かけるかどうかも分からないし、けんかするかどうかも分からないのに、あらかじめ先回りしてそんなこと誰にも言わないよ。言っても信じてもらえないだろうし、僕がどうかしていると思われるだけだから……。じゃあ、とにかく分かった。カデンが未来から来たガイノイドということと、僕がバタフライミッションに取り組んでいるということを内緒にすればいいんだね」
「はい、お願いしますね」
「最後の三つ目は?」
「三つ目は、私は挑夢さんの遠い親戚ということになっていますので、それも話を合わせていただけますようにお願いします」
「遠い親戚?」
「はい。今の時代の挑夢さんの全ご親族に催眠術をかけさせていただきました。戸籍等にも未来世界から手を加えて、私が最初から存在してあることにしてありますので、怪しまれることはありません。あとは、お友達にうまく挑夢さんが説明してくだされば全てオーケーなのです」
「え、それってつまり……」
「はい、私、今からこのおうちで挑夢さんと暮らします」
「ええーーー、そうなのーーー?」
「はい、ふつつかものですが、よろしくお願い致します」
カデンはソファを降りて絨毯の上に正座すると、三つ指付いて丁寧に頭を下げた。
「ふつつかものって……、嫁入りじゃないんだから……。大体、うち、狭いし、どこで寝るんだよ?」
「挑夢さんの部屋で結構です」
「僕の部屋には僕がいるだろ! だいたい高校生の男女が同じ部屋に寝るなんて……」
「心配要りません。確かに私は女子高生十六歳型ガイノイドですが、あくまでロボットであり、人間の女子高生ではありません。なので、いま挑夢さんが頭に思い描いているような淫らなことは起きませんから大丈夫です」
「な、な、な、な、なに、どういうこと? 頭に思い描いた淫らなことって……、カデンは人の考えていることも分かるのか?」
「いえ、分かりません。想像しただけです。だって男子高校生の考えることはたいてい決まっていますから」
カデンは僕にウィンクして見せた。




