第1話
次の日の昼頃、ユーリ達は出発の準備を終えようとしていた。
シオルはどうしても付いて行くと駄々をこねていたが、最後は、セダールや兄弟子達に説得され、諦めていた。
ユーリとしては、あのお姫様がそう簡単に諦めるとは思えなかったが。
南の山脈までは馬で行くことになった。普通に走らせれば2週間程かかってしまうが、ユーリ達はなんとか、1週間で王太子を助けて帰って来るつもりだった。
シオルには何の義理もないのだが、やはり、知らない男と婚約させられるのはかわいそうだと思ったのだ。
もう、教会に行ったかな。
ユーリは澄み切った青空を見上げながら、シオルのことを思った。
お兄さんは必ず助けて来るから待っててね。
「行くぞ、ユーリ。」
「うん。」
ユーリ達は知らなかった。
王女までもが行方不明になったと城が大騒ぎになっていることなど。
そして、シオルがすでに馬上の人となって、ユーリ達の先を行っているなど。
もうダメかもしれないわ。出発したばかりというのに。
シオルは窮地に陥っていた。
周囲にはこちらの出方を伺う4匹の魔獣。狼に近い形をしている速さが厄介な魔獣だ。1匹はなんとか倒したが、一斉に襲われたら、助かる見込みは無い。
皆の制止を振り切って飛び出してきた罰が当たったのかしら。
周囲に人影はなく、助けてくれるものはない。魔獣は、仲間殺されたことでこちらを警戒しているが、逃げる様子はない。
1匹倒して、突破口を開いて逃げ切るしかないわね。問題はこの子で逃げ切れるかどうか。
シオルの馬は、城では1、2を争う名馬だか、この魔獣から逃げ切れるほど速くはないだろう。
でも、やるしかない。
そう覚悟を決め、魔術の詠唱を始めたシオルは、目に飛び込んできた光景に、固まるしかなかった。
自分が苦戦し、死すら覚悟させた魔獣が、一瞬でバラバラになったのだ。
1人の剣士の手によって。
シオルはその背中を見ながら思った。
強い。彼ならきっとお兄様を助けてくれる。
残念ながら、シオルが意識を保っていられたのはそこまでだった。
ユーリ達は尋常じゃない速さで街道を進んでいた。『風』の魔導士の手による魔術札ー魔術を封じ込めた札のことだーを使うことで、かなりの速さで進むことができていた。
出発してから、一刻たっただろうか、ユーリ達は、前方に馬と人、そして数匹の獣を見とめた。
「魔獣だ。誰か襲われてる。」
アルが知らせる。
「ユーリは後から来い‼︎」
リアムがそう叫ぶと、剣を抜いて、魔獣に突っ込んでいった。
魔獣はすぐに倒された。たった4匹の狼型の魔獣など、リアムの敵ではなかった。
遠目に、リアムが馬上から崩れ落ちた人を抱きとめたのが見えた。無事だったようだ。ユーリは安堵した。
「その人、大丈夫?怪我とか」
ユーリは助けられた人の顔を見て、言葉を失った。
簡単には諦めないとは思ってたけど、まさか、城を抜け出してきたのかな?
「なんでそいつがここにいるんだ?」
アルも驚いていた。確かに、セダールや城のものがそう簡単に王女の脱走を許すだろうか。まあ、それは本人に聞けばいいだろう。
「ここには置いてはいけない。連れて行くしかないだろう。アルは王女の馬を頼む。」
リアムがシオルを抱き抱えたまま馬に乗った。アルが、シオルの馬に近づいて、風の魔術をかけた。
「行くぞ。あまり時間はない。」
魔術札の効力は有限だ。ユーリ達は魔術の効果が続いている間に、極力距離を稼いでおきたかった。
結論から言えば、これはユーリ達にとって悪手だった。あと、10分程その場にとどまっていれば、シオルを探しに来た城の騎士に会うことができただろう。
シオルにとっては幸運なことに、城からの追っ手を完全に振り切ることに成功したのだ。