第5話
目の前で怒るセダールと、だんだんしぼんでいく王女に、ユーリは驚きを隠せなかった。セダールは最年長魔導士であり、最南の支部を預かるほどの実力を持つ人物なので、身分的に罰せられることは無いのだが、王女の、先ほどまでの高圧的な態度を思うと、素直にしかられているのが、意外だった。
「その猪突猛進っぷりをなんとかしたらどうじゃ!全く、兄が心配なのはわかるが、もう少し思慮深くはなれんのかね。犯罪じゃぞ。一国の姫として恥ずかしくはないのかね。」
「申し訳ございません、師匠。」
「師匠?」
ユーリは驚いて声をあげてしまった。一国の姫が、魔導士に弟子入りするなどあり得るのだろうか。しかも、実力はあるが、放蕩癖のある人物にだ。
ユーリの存在に今気がついた言わんばかりに、セダールが声をかけた。
「おお、ユーリ。すまなかったな。うちの馬鹿弟子が迷惑をかけて。ここは、ワシに免じて許してはくれんかのう。」
「それは、かまわないけど・・・」
「おお、聞いたか、この馬鹿弟子め。ワシの知り合いだから、まだましだが、無関係の人間を巻き込んでどうするつもりだったのじゃ。」
「師匠のお知り合いなのですか?」
「私だからまだましって・・・」
二人の声が重なる。セダールが応えたのはユーリの声だった。
「いや、悪いことをしたとは思っておるがのう。ユーリなら、すぐここがどこだがわかったじゃろう。それに、保護者もついておったしのう。」
アルの方を見ながら、そう言い訳する。セダールの視線を追ったシオルが驚いたように声を上げた。
「漆黒の鷹!まさか、魔力持ちですか!」
魔力持ちー魔力を持った生き物を示す呼び名だ。ユーリはシオルが闇の生き物だと言わなかったことに少し好印象を覚えた。
わがままなお姫様かと思ったけど、ちゃんと魔術師の勉強をしているんだね。
セダールが弟子と呼ぶことは、すなわち、神名の獲得が期待されているということだ。ただの魔術師ならば、わざわざ、魔導士が弟子に取ったりはしない。かなり、優秀な魔術師なはずだ。
魔術師と魔導士ー両者の違いは神名を持つかどうかだと言われている。それは間違いではないが、それだけではないことをユーリは知っていた。アルを、魔力持ちだと言ったシオルなら、神名を得ることが出来るかもしれないと、ユーリは思った。
案外、悪い子じゃないのかもね。お兄さんが心配で、冷静になれなかっただけなのかも。
ユーリは既に、シオルを許していた。自分も兄が行方不明になったら、冷静じゃいられない自信がある。
「相変わらず、甘いな。」
脳裏に響く声は、少し不機嫌だ。ユーリを危険にさらしたのと、事前に防げなかった自分への不満から、アルがシオルを許すのは難しいだろう。しかも、ユーリが、シオルを助けたいと思っていることにも、アルは気がついていた。
「この、お人好しめ。」
頭の中に聞こえるアルの声には、決して、ユーリを責める響きは無かった。
シオルは混乱していた。
師が怒るのはわかる。しかし、攫って来た少女が師と知り合いだったとは予想外だった。しかも、つれているのは漆黒の鷹。師の知り合いで、魔法生物をつれた少女。シオルにはこの少女がただ者ではないように思えた。
かなりまずい相手を攫って来てしまったのかも・・・
そう慌てるシオルに、師がとどめを刺した。
「ユーリはの、リアムの妹じゃ。」
「まさか、魔術師殺しの傭兵殿の妹、ですか。」
驚いて、声も出ないシオルのかわりに、兄弟子がつぶやく。
魔術師殺しの傭兵。この大陸で知らぬものはいない、と言われる有名な傭兵だ。傭兵には、金を払えば何でもやる騎士崩れどもが多いが、彼は違った。多くの国からの誘いを断り、大陸中を旅しながら、悪の道に落ちた魔術師を狩る。
魔術師は、魔導士と違い神名に縛られない。悪に落ちた魔術師を倒せるのは魔導士しかいないと言われていた。昔は、魔導士が十分にいたため、魔術師の暴走はたいした被害にはならなかった。
しかし、魔導大戦以降、魔導士が数を減らしたせいか、各地で、魔術師による犯罪が増加した。魔導士たちは必死で対応に当たったが、若い魔導士たちでは力不足なことが多かった。
そこに、現れたのが、魔術師殺しの傭兵だ。悪に落ちた魔術師を倒すことの出来る剣士。彼の名は大陸中に広まった。なぜ彼が、魔術師と対等に戦えるのか知るものはいないが、各国の王や、果てには魔導士連盟さえ、彼に魔術師討伐を依頼することが多くなった。
つまり、魔術師殺しの傭兵とは大陸中の権力者とのパイプを持つ、最強の剣士である。
かの傭兵に妹がいたなんて知らなかったわ。どうしよう。お兄様を助けにいく前に、私の人生が終わってしまう。
後悔しても、後の祭りである。