第4話
空気が、凍る。
後ろでは兄弟子が頭を抱えていた。シオル自身も、しゃがみ込んでしまいたかった。
こんな所で悪癖を発揮してどうするのよ。
シオルは一言で言うと、人見知りである。人見知りと言っても、他人と全く話せないわけではない。ただ、親しい人以外には、高圧的な態度を取ってしまうという、なんとも傍迷惑な悪癖を持っているだけだ。
支部に初めて来た時も、見事なわがままお姫様っぷりを発揮して、兄弟子たちに呆れられた。師の教育によって、直ったと皆思っていたが、なんのことはない。親しくない人と会う機会が減っただけである。
内心では落ち込んでいるというのに、口の動きは全く止まらない。
「わたしくしは、お兄様を助けに行かなければなりません。ですから、貴女、わたくしの代わりに結婚して来なさい。」
シオルは遠い目をしたくなった。言葉を選ぶことのできない自分自身に呆れてしまう。シオルはこう思うしかなかった。
私って、バカ。
そもそも、無理があった身代わり大作戦は、シオルの悪癖によって、失敗が決定づけられようとしていた。
なんか、すごい、お姫様っぽい。
これが、ユーリが、シオルに抱いた最初の印象だった。
人間ってここまで理不尽になれるんだ、なんて思わず感心してしまうほどである。
そもそも、言っていることに脈絡が無い。お兄様を探しに行くから結婚しろとは、一体どういう意味なのか。しかも、
「王女って、どういうこと?」
思わず声が漏れる。先程、堂々と名乗っていたが、こんなところに王女がいるなんて、あっていいことじゃない。しかも、
「王太子が行方不明?そんなこと聞いたこともない。」
仮にも一国の王子が行方不明になったというなら、その噂が、支部長と旅をしていたユーリ達に届かないはずがない。
「確か、南の山脈で行方不明者が出たという話を聞いた気もするが・・・王太子のことだったとは。」
頭の中でアルの声がする。アルすらも知らないってことは、かなり情報が規制されているはずだ。それを堂々と漏らす王女って。
思わず呆れた目で見てしまう。
目の前では、王女と後ろにいたおそらく魔導士がコソコソと話をしていた。いや、話をしているというより、王女が叱られている感じだ。
「姫さん、言い方ってものがあるでしょ・・・」
「なっ、何よ。わたくしは王女なのよ・・・うっ、わかってるわよ・・・ちゃんと話せばいいのでしょう?」
なんと言うか、残念な王女である。
「茶番に付き合う必要は無いな。」
アルの無慈悲な声が聞こえた。王女には悪いが、確かに付き合う必要は無い。
「えっと、何が言いたいのかよくわからないですが、とりあえずお断りします。」
「なっ、何を言ってるの⁈」
ユーリの発言に、王女は、焦ったように返す。
「わたくしは王女なのよ。逆らうとは、こっ、この、無礼者!」
「いや、私には関係ないので。私があなたに従わなきゃいけない理由もないですし。」
「それはっ、そうだけど・・・」
言い返せなくて、落ち込む王女。ユーリは、庶民に押し負けてる王女が心配になってきた。
とりあえず、この状況を好転できそうな人を呼ぶべきだろう。
「アル。兄さんか、おじいちゃんと連絡取れる?」
「わかった。呼んでくる。大人しくしてろよ。」
アルが二人を呼んでくるまでに、なんとかしたほうが良いのはわかるが、ユーリには、どうしたらいいのか全くわからなかった。
お断りしますって、どうしよう。しかも、お兄様が行方不明になったと言ってしまったわ。
シオルはユーリの発言に頭を悩ませていた。そもそも、攫ってくるところから間違っていたのかもしれない、なんて、今更なことを考えるしかないほど、シオルは追い詰められていた。
丁寧に協力を頼まなければいけないとわかっているのに、口から出てくるのは高慢な言葉だけ。つくづく、自分の悪癖が恨めしくなるシオルであった。
まあ、悪癖を直そうとしなかったツケがまわってきただけとも言えるが。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
いくら考えても解決策なんて浮かばない。そもそも、落ち着いて考えることが出来るなら、こんな作戦を実行するはずが無いのだ。
完全に固まってしまったシオルの耳に届いたのは、
「この、馬鹿弟子が!一体なんてことをしておるんじゃ!」
「えっ?」
そこにいるはずのない怒った師の声だった。