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ユーリと春の姫君  作者: 丸谷 エイト
ユーリとわがままお姫様
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第3話

 身代わり大作戦ー名前を付けたのは兄弟子であるーはその名の通り、婚約式に影武者をたてよう、というものだった。


 婚約式の準備が始まるのは明日だが、婚約者と対面する式までには、1週間の猶予がある。リリスの王族と貴族の婚約式では、花嫁となるものは婚約式の前に、一週間、教会にて汚れを祓うのだ。その間、花嫁は男性とはたとえ親族でもいっさい会うことを禁じられ、毎日身を清め、婚約式の日を待つことになる。


 シオルはその風習が大嫌いだった。庶民の間では既に廃れたものだ。王侯貴族もさっさとやめればいいのに、と前から思っていたが、今回はこの慣習を利用させてもらうのだ。つまり、身代わりを立て、婚約式までの一週間で、兄を見つけるか王妃の企みを阻止するかしようという無謀なことをしようとしているのだ。


 しかし、シオルにはもう残された道がなかった。無謀な作戦でも、少しでも兄を助ける可能性があるなら、それに賭けたいと思ったのだ。


 ここで問題になるのが、誰が身代わりをやるかである。婚約式を待つ女性の部屋に入れるのは、女性のみ。そういう魔法がかかっているのだ。そして、残念なことに、リリス支部でシオルの味方をしてくれる人に女性は、いない。毒を食らわば皿までだーと叫んだ兄弟子が提案したのは、とても単純な解決法だった。



 つまり、攫って来てしまえばいいというやつである。







 弟弟子たちが誘拐に成功したと報告して来たのは、もう日も暮れようかという時間だった。私と背格好の似た少女、出来れば異国の少女を見つけるのに苦労したらしい。やり遂げましたと喜んでいる彼らを尻目にシオルは悩んだ。


 勢いで賛成しちゃったけど、これって犯罪じゃないの・・・


 しかし、今更後には引けない。なんとかその誘拐してしまった少女を説得して、協力してもらうしか無い。覚悟を決め、兄弟子とともに、その精舎がいるという部屋に向かう。おそらく既に目覚めているだろう。


 息を吸い込んで、扉を開ける。部屋の中では少女が窓際で変な姿勢で固まり、こっちを見ていた。驚いたような表情で目をパチパチしている。善良そうな顔立ちだ。これなら協力してもらえるかもしれない。そう、彼女を説得して、お願いして、協力してもらわなくては。


 そう思ってるのに私の口から出たのは、



「わたくしはリリス王国王女、シオル・リオーネ・リリスよ。あなたに命じるわ。わたくしに力を貸しなさい!」



 王女らしい、何とも高圧的な言葉だった。










 あれこれ試した結果、ユーリは部屋からの脱出はしない、と早々に結論づけた。確かに、見張りも無く、脱出できないことも無いのだが、気づいてしまったのである。窓から少し遠くに見える噴水に。


「分かりやすすぎる・・・」


 思わず、誘拐犯の心配をしてしまいたくなるぐらい間抜けなミスだった。リリス王国名物、魔術仕掛けの噴水を正面から見ることの出来る建物は、この国に一つしか無い。


 ここはユーリの目的地でもあった。魔導連盟リリス支部だった。


 ユーリの目的地、つまり、兄、リアムがいる場所である。たとえ、この建物内にいなくても、周辺にいることは間違いない。この時点でユーリの安全は確保されたと同然だった。この近くにいるなら、助けを求めたらすぐ飛んでくるだろう。


 そして、もう一つ、ユーリの脱出を止めた理由があった。


「おじいちゃんが私を傷つけるはず無いよね。」


 魔導士連盟リリス支部支部長、セダールは、ユーリを猫可愛がりする、兄のお得意さんだった。



 今回の依頼は、本部から戻るセダールの護衛だった。ユーリは市が見たかったから途中で分かれたが、兄とセダールは既に支部へと到着しているはずである。ということは、わざわざ、脱出しなくても問題は無いということだろう。その証拠に、窓の外には何の動きも無い。


 もし、相手が凶悪犯だった場合、既にユーリは助け出されているだろう。兄以上に過保護なアルが、そのまま放っておくとは思えない。アルが、問題なしと判断したなら、無理に脱出する必要も無い、というのがユーリの出した結論だった。


「アル、アル、聞こえる?そこにいる?」


 窓の外にささやいた声に、頭の中へ返事が返って来た。


「ああ、窓の上の屋根にいる。『樹木』のじいさんも、リアムも中にいるみたいだ。何の問題もないだろう。」


「良かった〜。」


「でもな、ユーリ。」


 頭の中にアルの静かに怒った声が響く。


「大通りを歩いていて攫われるって、どうなんだろうな?」


「うっ、今度からもっと気をつけます。」


 怒ったアルは怖い。そして何よりも、ユーリが恐れているのが、


「気をつけては欲しいが、今回は俺のミスだ。魔術師ごときに遅れをとった。怖い思いをさせたな。すまなかった。」


 こうやって、自分を責めるアルだ。


 一度自分を責めだすと、落ち込み続けるタイプのアルは、2、3日はどんよりしている。そんなアルを見るのが、ユーリは嫌だった。


 もし、これが私に注意を促すためなら、アルは相当な策士だよね。


 そんなことを考えながら、ユーリは大事な相棒を励ます言葉を紡いだ。


「自分を責めないでよ、アル。今回は何も無かったじゃない。それにちゃんと守ってくれてるの知ってるよ。」


「ああ、ありがとう。だが、俺はお前を守りたいんだ。こんな体だけどな。」


「そんなこといわないでよ。アルはかっこ」


「静かに。誰かくる。」



 ユーリの言葉を遮り、アルが警告を発した。言いかけた言葉を飲み込んだユーリは乱暴に開かれた扉と、訪問者を見つめ、驚いた。


 なんだろう、あの、お嬢様っぽい人。


 状況に着いていけず、目を白黒させるユーリに対して、突然の訪問者はこう叫んだ。



「わたくしはリリス王国王女、シオル・リオーネ・リリスよ。あなたに命じるわ。わたくしに力を貸しなさい!」



 ユーリはこうつぶやくしか無かった。





 お嬢様じゃなくて、お姫様ですか、と。




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