第4話
月が眩しい。
シオルは空を見上げた。夜の風はシオルが思っていたよりも冷たく、眠気を覚ましていった。
煌々と燃える火を見つめる。今頃城はどうなっているだろう。
城の誰も私がこんなところにいるとは思っていないでしょうね
笑が溢れる。自分を嘲る笑だ。
ユーリ
私を友達だと言ってくれた少女
しかし、シオルの隠す真実を知れば、必ず離れていくだろう。
炎は綺麗だ。全てを燃やし尽くす。
「どうかしたのか?」
突然背後から声がかけられた。驚いて振り返ると炎で照らされた漆黒が自分を見ていた。
「眠れなかっただけですわ。ご心配なく。」
「そうか。」
「あなたは?」
シオルはアルに問いかけた。
「俺は火の番だ。そのうち、リアムと代わる。」
二人の間に沈黙が訪れる。シオルはこの鷹と何を話せばいいのかわからなかった。鋭い目つきでこっちを見つめられると、何もかも見透かされている気分になるのだ。
「聞きたいことがある。」
アルが口を開いた。シオルは身を強張らせる。アルが何を問うのかシオルにはわかった気がした。
「何をそんなに焦っているんだ?」
「焦ってるってどういうことですの?」
そう答えながら、シオルは心の中で怯えていた。
「焦っていないのか?王女なら少し考えれば、騎士団か俺らが王太子を救出するのを待ったほうがいいということはわかるだろう。でも、お前は付いてきた。」
「それは、わたくしがお兄様を助けたいからで。」
「それがおかしいと言っているんだ。なぜお前が助けなければいけないんだ。一体何を隠している?何故そんなに焦っているんだ。」
シオルを漆黒の瞳が鋭く睨んでくる。炎が映って燃えているようだ。生き物ではあり得ない瞳は、シオルにとっては恐怖でしかなかった。
知られてはいけない。決して、知られてはいけない。
シオルは自分の秘密を知られるわけにはいかなかった。
「私も聞きたいと思ってた。」
思いもしなかった声が聞こえた。起こしてしまったのだろうか、ユーリがこちらに近づいて、シオルの隣に座った。
「なんか気になってたんだよね。なんていうの?張り詰めた緊張感みたいなのを感じてさ。聞いちゃいけないのかなって思ってたんだけど。」
ユーリは言葉を切り、アルを見て顔をしかめていた。
「そこのデリカシーのない人が聞いちゃうから。」
「デリカシーがなくて悪かったな。」
アルが拗ねている。鷹が拗ねているのがわかるのは異常なのだろうか、だなんて、見当違いなことを考えてしまう。
シオルを見つめるユーリの眼差しは優しかった。彼女になら話してもいいのではないかと思わせるほどに。
「話せないわ。」
そう、これは私の罪。決して、誰にも知られてはいけない。
シオルは、自分の声が震えていることに気がつかなかった。
「話せないの。ごめんなさい。でも、これだけは言えるわ。わたしくしがお兄様を助けに行かなきゃいけないの。早くお兄様を助けなければ。」
震える声で、早口に紡ぐ。
「それじゃ答えになってない。」
アルが苛立ったように言った。苛立ちを隠そうとしないアルをユーリはが諌めた。
「話せないならしょうがないよ。でも、一つだけ答えてもらっていいかな?」
ユーリが問う。その瞳にも炎が映っていた。
「お兄さんのことは好き?」
「もちろんよ。」
声の震えは隠せない。それでも、兄への気持ちに嘘偽りはなかった。
真っ直ぐにユーリを見つめる。そんなシオルにユーリは微笑んで言った。
「じゃあ、もう一つ。シオル、自分のことは好き?」
月が明るい。闇を照らし、道を示す月だ。
いつの間にか、ユーリはいなくなっていた。アルはこちらに背を向けている。
風が冷たく感じて、頰に手をやと、そこは濡れていた。
シオルは泣いていた。
月だけが彼女を見つめていた。
ユーリもなかなか寝付けなかった。
大丈夫かな?シオル、なんだか壊れちゃいそうに見えるけど。
初めて会ったときから気になっていた、シオルの顔に浮かぶ焦燥感と、罪悪感。他人の感情を読み取るのが得意なユーリだからこそ気づいたのだろう。
兄が行方不明なのだ。心配なのはわかる。しかし、それだけで説明できないような何かがシオルの目には浮かんでいた。
話せないなら、仕方ないか。私も、アルも、兄さんだって、お互いに話せないことがたくさんあるもんね。
助けてあげたいと思う。その想いに偽りはない。しかし、何がシオルを苦しめているのかわからないのでは、どう助けていいかわからない。
神名がない理由もそれかな。おかしいと思ってたけど。
ユーリから見ても、シオルの潜在能力と、魔術師としての実力は十分に見えた。しかし、シオルは神名を得ていない。神名を得る条件が、力だけではない、というのは有名な話だ。精神的にも強いものが神名を与えられるのだと、そう言われている。
シオルが魔導士になるためにも、王太子を助けるためにも、シオル自身で、彼女を苦しめるものを乗り越えなくてはならないだろう。
月が明るい。ユーリは祈らずにはいられなかった。
どうか、シオルに道が示されますように。
明日は満月だ。ユーリも、あのことをシオルに話さなければいけないだろう。




