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ベジタリアン

限りなくすべっていますがご容赦ご容赦。

とある町の居酒屋にて。

「はぁ~あ、本当に生き恥だよ」

「あっははははっ! 俺が山賊を倒すなんて勢いづいてたからどうだと思えば、裸にされて小便漏らしながら帰ってくるたぁ、笑いが止まらんね」

「お前もだけどな」

「うっ!」

「その話、拙者にも聞かせてもらえるでござらんか?」

「「あ、あんたは!」」


ベジタリアン


「お前何者だ?」

 俺は目の前に立つ侍に質問を投げかけた。

 奴はまるで霧のような侍だった。

 山賊である俺たちがどんなに脅しても奴には一切効かず、確かにそこに存在するはずのに、実体のない霧のような奴だった。

 通常の侍なら、俺たち七人がかりで脅せば動けなくなる。その後に身に付けている物を全部奪い取って逃がすのが俺たちのいつもの仕事だった。

 だから俺たちはいつも通り侍を脅した。

 しかし、奴には一切効かない。

 これはおかしいぞと思って何者か聞いたのだった。

「拙者は……侍でござるよ」

 ただ一言。

 侍が一言、言っただけなのに、刃のような鋭く冷たい風が俺の頬を刺す。

 俺の額には冷や汗が浮かんでいた。

 奴はそこらの侍とは格が違う。

 ここは退くべきだろう。

 しかし、俺たちも明日食うものがなくて困っている身。

 退くわけにはいかない。

「おい、お前たち、やるぞ! ただし目覚めが悪いから、殺したり死んだりするんじゃねえぞ!」

『わかったぜお頭!』

 全員刀や短刀を引き抜く。

「立ち合いでござるか? なら拙者も……」

 侍は腰から下げていた刀の柄に手をかけて、すっと鞘から引き抜いた。

「およ?」

 侍が変な声を出す。

 そう、侍の抜いた刀は柄だけで、刃が無かったのだ。

 侍は不思議そうに、鞘を逆さまにして振っている。

 何度か侍が鞘を振ると、ポトリと鞘から刃が落ちた。

 しばしの沈黙。

「あ、あはは、あはははははっ! これは拍子抜けだ! 弘二、五木、六角!」

 俺が三人の名前を呼ぶと、三人は侍に襲いかかる。

 金目の物を渡さないなら剥ぎ取ってとんずらすればいい。

 何が動じないだ。あんなのは虚勢━━━━

 一瞬。

 一瞬の出来事だった。

 瞬きをしている間、とでも言えばいいだろうか。

 侍はなぜか弘二たちの背後にいた。

 そして、弘二たち三人は膝から崩れる。

「こ……これは……」

「お日様の恵みで……」

「なんて……新鮮なんだ……」

 三人は口々に違う言葉を発しながら、ばたりと倒れて動かなくなった。

 よく見ると、三人は一本ずつきゅうりをくわえたまま倒れている。

「弘二、五木、六角ーーーーーー! 貴様あああああ!」

「案ずるな、気絶してるだけでござるよ」

 余裕の態度でそう言った侍に、俺は斬りかかろうとする。

 しかし、三和が俺を後ろから抱き止めた。

「落ち着いてくださいお頭!」

「離せ三和! あいつは弘二たちを!」

「奴は……奴はベジタリアンですよ!」

 三和の言葉に、俺ははっとして動きを止める。

 俺はもう一度侍を見た。

「奴が……奴がベジタリアンだと……?」

 ベジタリアン。

 その名は山賊をやっている俺たちの耳にさえ入ってくる侍の名だ。

 奴の武勇伝はいくつも存在し、生まれてこの方、一度も負けたことがないという。

 その侍と戦った者は、なぜか口に野菜が詰め込まれている。相手に例外なく侍であっても山賊であってもだ。

 そこからついたあだ名がベジタリアン。

「まさか……野菜技を万と操るという……」

「伝説の狼を草食にしてしまったという……ベジタリアンですよ」

 これは……まずい相手に出会ってしまった。

 奴と戦って生き残れるとは到底思えない。

 弘二や五木、六角を見捨てたくはない。

 だが……生き残ったこいつらを死なせたくもない。

「仕方ない! 撤退だ! 俺が時間を稼ぐ! その隙に三和、四朗、七斗! お前たちは逃げろ!」

 俺は刀を構えた。

 しかし、三和と四朗、それに七斗が俺の前に立った。

「逃げてくださいお頭! ここは俺たちが時間を稼ぎますから!」

「やめろお前たち!」

三人はベジタリアンに向かって走っていく。

「楽しかったっすよ! 俺たち!」

「やめろ……やめてくれ……やめてくれーー!」

 俺は三人の背中に向かって叫んだ。

 しかし刹那、ベジタリアンに襲いかかっていたはずの三人が、後方に飛ばされていた。

「これは……ぬか漬け……?」

「味がしっかりと染み込んでいて……」

「なんて……美味しいんだ……」

 ドサッと三人は地面に落ちた。

 駆け寄ると、三人は口に茄子を頬張っている。

「三和、四朗、七斗ーーーーーー! 許さねぇ、貴様絶対にいい━━━━」

「拙者の野菜技を使えば」

 ベジタリアンは俺の言葉を遮って話始めた。

「拙者の野菜技を使えば、極楽浄土に行けるでござるよ」

「そうやって……お前は俺の……俺の!」

「お主には見えないのでござるか? 拙者の後ろにいる神が」

「はぁ? お前何言って……」

 俺は、はっとした。

 ベジタリアンの後ろには、野菜を両手一杯に抱えた仏がいたからだ。

 仏はまるで、畑で収穫をした野菜を近所の子供たちに振る舞うババアのような笑顔だった。

「拙者は野菜仏に愛されているでござるよ。野菜仏の力を使って、あの六人を極楽浄土に行かせた。良かったでござるなぁ、極楽浄土に行けて。多分幸せであろうぞ」

「貴様ぁ……!」

「主も極楽浄土に行かせて、野菜の虜にしてやるでござるよ」

 ベジタリアンは笑っていた。

 許せない、絶対に。

 俺は服の中からあるものを取り出す。

 弘二、三和、四朗、五木、六角、七斗。

 お前たちの仇はこの栄一がとる!

「これは……メリケン人の商人から取り上げた超弩級宇流徒羅眼画粒子砲だ! これで貴様は塵になれえええええ!」

「それは嫌でござるよ」

 ベジタリアンは突然、俺の目の前から消えた。

 次の瞬間。

 俺の口と超弩級宇流徒羅眼画粒子砲の口の中に、大量の野菜が詰め込まれていた。

「拙者の野菜奥義、野菜酢雨羽亜特盛魔津苦酢でござるよ」

 そんな……なんだこれは……仏が……仏が見える……。

「なんでこんなにうめぇんだ……」

 俺はそこで気を失った。



 とある町の酒場にて。

「おい、そう言えば知ってるか? あの山の山賊いなくなったらしいぞ」

「へぇ、ベジタリアンの旦那がやったんだな。みんな山賊をやっつけに行っては、身ぐるみ全部剥がされて小便漏らしながら帰ってきたのに、すげぇや」

「俺たちもだけどな」

「痛いとこ突くねぇ。でもベジタリアンの旦那はすげぇや。色男だしねぇ」

「色男っていえば、あいつら山賊たちも男の中じゃえらく色男だったなぁ。そこら辺歩いたら女をみんな虜にしちゃうんじゃねぇの?」

「そういえばそうだねぇ。綺麗な服とか着ちゃって……お? 大勢この店に入って来たみたいだぜ」

「お? ってベジタリアンの旦那じゃねぇか! おおい、こっちこっち!」

「おお、先日の……。その節はどうもでござる」

「ちゃんと追い払ってくれたんだからいいってことよ!」

「それにしても、旦那、一、二、三、四……七人も女を連れちゃって! どういう風の吹き回しだい!? 旦那に女の噂なんて聞いたことねぇぜ! 綺麗な服まで着せてよ!」

「よっ! 色男!」

「やめてくだされ、道中で会ったでござるよ」

「へぇ! まぁ、細かいことは気にしねぇ! 今日は飲め! ほら、そこのお姉さんたちも! 俺たちが奢るからさ!」

 奢ると約束した二人は女たちが男言葉をたまに使うことに違和感を覚えていたが、酒をどんどん飲むにつれて、どうでもよくなってしまうのであった。

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