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幻想害獣譚  作者: 犯人
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訪問者

「いやいや、近頃御無沙汰ですな」

 組合での一連の説明と手続きが終わって、僕とアルトが街に繰り出そうとしたときの事だった。行く手にある組合入り口。そこを入った直後にある広間から大きな声がした。

「あー、ちょっと止まって。恐らく、厳しいのが来てるから。今の君たち、体洗ったばかりで湿っぽいからね。ばれるよ」

手続きが済んだところで別れたはずのカール後衛隊長が、広間からこちらに向かってきた。僕たちを制止する。

「アルベ司祭のところの助祭さん。別の部隊の隊長さんが相手してるから、ここで待機ね」

まずいなぁ、とぼやく。

「この辺り、組合街区の教会って……」

「アルベ司祭のところだよ。この組合の中だけ、礼拝堂が作られててシバサ司祭の飛び地になっているけれど」

確かに、そんな説明を聞いた。

「あー。ほら、うちらって他の組合と比べても怪我なんかが多いからね。それに対する祈祷料が入ってこないって言うので、ちょくちょく苦情が来るのね」

「大口顧客が、他に取られているってことで?」

「昔は、みんな御布施払って病魔除けや負傷快癒の祈祷してもらっていたからね。それがここ数年無くなったもんだからね。司教猊下の周辺に対する賄賂や、根回しの資金繰りが危ないとか」

「俗っぽいですね」

「あー、噂だけれどね。だから言いふらすものでもないんだけれど。貴族街区担当のシバサ司祭を結構恨んでいるとかでね」

「あ、じゃぁ、礼拝堂の事は」

「存在と所属は、知られて居るよ。これは、公開されている情報だからね。中身については」

後衛隊長は黙って首を振る。

「知られるとまずいですよね」

「あー、ま。噂なんかは各種出回っているからね。虚実取り混ぜて、どれが本当か分からないくらい量があるというだけで。だから、ああやって難癖つける機会をうかがっているんだね」


「皆さんお元気そうで何よりです。しかし、垢が随分落ちてしまっているようだ。我等の体を守ってくださる神の御恵みを、まさか洗い流したりはしておられんでしょうな」

周囲に聞こえるように、わざと大声を出しているようだ。物陰から様子を伺う。入り口に背を向けて、簡素なローブを着ている男が一人。離れていても、顔はまだらに黒ずんでいるのが見える。両目は飛び出すほど大きく、鼻は、幅広。口は左右に広がって、長年の作り笑いがそのまま固まってしまっているかのようだ。

「うへぇ、ここからでも臭いそうだ」

横に来て覗いていたアルトが口をへの字に曲げて眉をしかめる。

「僕たちも、さっきまであんな感じだったはずだけれどね」

自分でも、どうして長年の習慣を止める気になったのか分からない。心当たりは、あの司祭代理。殿下と呼ばれていたあの人物の必死さだ。信仰を放棄したわけではないけれど、今は清潔にする事に正しさを感じている。僕は、不信神者だろうか。


「いいえ、そんな事はありませんぞ。助祭殿」

対応する声が聞こえてくる。答えているのは別部隊の隊長だ。

「ただ、仕事柄でして。森林で露に濡れ、川の中を突っ切り、害獣どもを追いかけますのでね。どうしても、洗い流されてしまうのですよ」

「いや、真に御立派な心がけ。我が身の加護を失い、命を危険にさらしても、町から村まで貴賎問わず、隔てなく、安全を守らんとするその行い。古の聖人の様ではありませんか」

大げさな身振りで、賞賛を表す助祭。少々滑稽だ。

「しかし、あなた方のような敬虔な信徒を危険に晒しているのは大変心苦しい。アルベ司祭も、心を痛めておりましてな。是非とも、御祈祷や厄払いに皆様でいらっしゃらないかと」

「心使い感謝いたします。しかし、御存知の通り……」

「いや、わかります。わかりますぞ。流石は、シバサ司祭の肝いりで建設された礼拝堂。大変な功徳がおありのようだ。しかし、普段いらっしゃるのが代理の方というのは不安ではないでしょうか」

「代理とはいえ、信仰厚いシバサ司祭の御身内ですからな。立派に運営しておられますよ。不安などは御座いません」

「なるほど、そうでしたな。これは無礼を申し上げたようだ。失言御赦しください」

「なんの。我々を慮るあまりのこと。気にはしません」

助祭の目が、ちらちらと左右に動く。形ばかりの笑顔でやり取りをしながら、何か口実を作ろうとしているらしい。


「ところで、礼拝堂にも機会を見つけてお邪魔したいとアルベ司祭から言付かっておりましてな」

「あぁ、大変結構な事ですが」

「なかなか、良い機会に恵まれませんな」

「こればかりは、神の思し召しというしか御座いません。ただ、入ってくださいとは行きませんからな。案内や説明や……」

「アルベ司祭はそれでも良いので、是非とのことで」

「いやいや、そうはおっしゃいましても。組合長の面目というものも御座いますからな。ままならないものです。お話は有難いのですが、幹部の予定も害獣駆除で埋まり切っておりまして。歓待の用意すらできかねます」

「そういうことでは無理にでもとは、申し上げ難いですな」

礼拝堂の視察を断られて、丁寧な言葉とは裏腹に渋面になっている。


「ところで」

助祭は渋面のまま、対応している部隊長の耳に口を寄せた。大声で言うのは憚られる、といった動きだが声の大きさはそのままだ。周囲に自分の話を聞かせて動きを見ようという目論見は、まだ続いているようだった。

「斯様に立派な礼拝堂と司祭代理殿が居られても、不審な噂話が後を絶たぬのは不思議な話ですな」

部隊長は、耳元で大声を出されて後ずさる。

「いや、噂は所詮噂ですから。出所も分からず困っては居るのですが、気にするほどの事でもありますまい」

「一部などは、害獣駆除組合員が邪教徒だなどと言わんばかりではありませんか。いけませんぞ、度を越えた中傷を行う者には適切な対応をしなければ」

「助祭殿にそう仰って頂けるとは心強い、しかしなにぶん手立てが……」

「業務に差し支えない部分を、公開してしまっては如何ですかな。不心得ものもその目で見れば、誹謗中傷など行う気も失せるでしょう。礼拝堂など、本来は公にされるべきではりませんか」

「さて、それも」

「いけませんか」

助祭は、渋面を解消しにやにやと笑っている。組合幹部が言い澱んだ事で手ごたえを感じているのか。

「害獣の駆除となれば、その臓物や血液などで備品が汚れますからな。そういったものが、一般市民の目に触れるというのは不安を煽りはしないでしょうか。また、そういった汚れのついた備品の処分にも礼拝堂の祈祷は欠かせませんから」

「いや、戦果が目に見えれば感謝はすれど不安など覚えんでしょう」

「不安ですめばよいのですが、呪いや病等の事もありますからな。万が一、市民に広まりでもしたらいけません。組合の礼拝堂では手が回りません」

「なんと水臭い。そのための我等ではありませんか。アルベ司祭も、親愛なる害獣駆除組合の為ならば最大限の協力を行う用意があると仰せですぞ」

「流石は、聖職者の鑑といわれる司祭ですな。ともあれ、私の一存ではなんともならぬ事。ご返事は、組合長からいずれ教会へと、使者が送られますので」

「市民の安全と安心のために、良い返事をお待ちしておりますぞ」

助祭は言い終わると、木靴の踵を三度その場で踏み鳴らして帰っていった。部隊長は随分と疲れた様子でそれを見送っている。カール後衛隊長が、そこへ近づいた。

「あー、すまんね。一人に対応させて」

「あぁ、なんだ。いいってことよ。毎度しつこいのには、うんざりさせられるがな」

「聞いていたよ。相変わらず、こっちは対応を先延ばしにするしかないんだよね」

「いつまでも続くわけじゃないさ。そろそろ、あれも聞き納めだと聞いたぞ」

「巧く行くといいんだがね。あっと、君たち」

僕と、アルトが呼ばれる。

「はい」

「今帰った方、知ってるね。街中であった時の対応は気をつけなさい。新入りには取り入りやすいってので、近寄ってくるかもしれないからね」

「アルベ司祭管轄の教会には、近寄らないほうが良さそうですね」

「そうだね。市場のほうに抜けてしまえば管轄外だから、そう心配はないはず。君たちがこの辺に来るのは、宿舎に戻る時ぐらいなものだろう」

「わかりました」

僕が頷くと、後衛隊長は気をつけてねと言い残して建物の奥へと去っていった。

「今日のところは、市場で買出しをして戻ろう。あの助祭殿と鉢合わせて、言い繕える気がしないし」

傍らのアルトを見て、今日の計画を伝える。しかし、意外な返事が返ってきた。

「一寸、これから人に呼ばれてる用があるんだ。夕暮れには、戻るよ」

「え、急な話だね」

「事情ってものがあんだ」

少し前に聞いたのと同じ台詞を残し、アルトは建物の外で人ごみに紛れて見えなくなった。

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