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幻想害獣譚  作者: 犯人
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帰還 後編

「あの時は、ゴブリンの死体の焼却を行っていて……」

「あー、昼間に屋外で活動していたゴブリンが居たんだったね」

カール後衛隊長が、デビ前線隊長に目線をやる。

「うむ。今回の巣穴では、5匹のゴブリンが巡回を行っていた」

前線隊長は、書類を見ずに即座に答えた。

「あー、それで焼却した場所が……」

「村のすぐ側です。一寸した農地があって柵が張られている外側でした」

「あー、うん。記録の通りだね。その後の事を詳しくお願いできるかな」


後衛隊長は、机に移動してペンにインクをつけた。

「あー、証拠として残しとくとかそういう事ではないからね。エドワ君は心配性のようだから、言っておくけれどもね。対策しないでおいて、新入り新兵に死なれると非常に困ってしまうのだよね。ほら、うちは地味な上に危険だからね。ただでさえ人が足りないのに、新兵死んだとかなると……ね。そんな訳で、些細な情報でも良いから欲しい。事故にあった本人が生きていて話が聞けるなんて、これはもう重大事でね」

後衛隊長は早口で、言い訳めいた説明をした。

「はい、分かりました。自分もアルトも無事でしたし、軽傷でも荷車に乗せてもらってきましたし」

なんだか、偉い人に気を使わせてしまっているような居心地の悪さを感じて、僕は言い繕った。

「大切にされています。大丈夫ですよ」

「あー、ありがとうありがとう。くれぐれも死んだりせんでくれよ。で、続きなんだが」

「いきなり、後頭部を殴られました。このあたりです」

自分の、後頭部やや右よりの位置を示す。コブと裂傷は一応、布をあててある。

「周囲の見通しは」

「良くはなかったと思います。潅木や茂みがありましたから。それに……」

「それに?」

「雑談をしていて……」

それを聞いて、前衛隊長が唸るような声で

「雑談とな」

と問い詰めてきた。

「はい。その、かなり長時間何事もなかったもので」

「ゴブリンの巣穴の近くで、油断とな」

かなり、顔が怖い。

「あー、そう威嚇するなデビ。後衛というか、新入りの任務。この場合はゴブリンの死体の処理だが。これは、まぁ暇なもんなんだよ。エドワ君、続きを話してくれんか」

「それで、倒された僕をアルトが庇いまして」

「あー、即座に対応したと。どこかで実戦経験があるのかな?」

これには、アルトが答えた。

「いやー、必死だっただけです。驚きはしましたけれど、殴られたの俺じゃないんで」

「あー、うん。それでもたいしたものだ」

続きは、僕が引き継ぐ。アルトは、何を言い出すか分からない。

「その後、僕も起き上がって周囲に知らせるために笛を吹きました。それから二人掛りで取り押さえようとしましたが、それでもう一度標的になって」

「あー、弱ってるほうを襲ってくるからね」

「これを庇った時に、アルトがゴブリンの牙で怪我を」

思い出すと、アルトに申し訳なくなる。当のアルトは布を巻いた腕をひらひらさせて、傷の位置を示している。名誉の負傷とでも言いたげだ。

「そこから、やっと二人掛りでゴブリンを押さえつけて」

「あー。救援を待った、と。」

「はい」

「あー、よし。不意をうたれてからの対応に問題はないね。訓練通りに行けたのなら、メニューを組んだ甲斐もあるというものだ」

後衛隊長は、紙束に何か書き込んだ。そして僕たち二人に近寄って傷を覗き込む。

「協力有難う。これから、聖堂かな?」

「はい、呪い避けしておこうと思って」

「一般には開放されてないんだけれどね、組合にも呪い避けが出来る礼拝堂があるんだよ。費用は組合もちだから利用者から御布施はとっていない。使ってはどうかな?」

「聞いたことあるっす。害獣駆除組合本部の怪しい噂とか、七不思議とかに絡む施設すよね」

油断していたら、アルトがそんなふざけたことを言い出した。

「あ、アルト。ちょっと」

僕は慌てる。流石に上官相手に無礼だ。不意に、しかめ面をしていた前衛隊長が笑い出した。

「七不思議。七不思議か七つもあるか」

何かが嵌ってしまったらしい。

「いやいや、不思議とか不気味とか言われているのは知っている。私たちを含めて大体の構成員は承知はしているが」

七つもあるのか。もう一度そう言って笑った。怖い顔の笑顔だ。前衛隊長は、怖い笑顔のまま話を続ける。

「書類上は貴族街区のシバサ司祭の管轄で飛び地になっている扱いだね、御本人が常駐できないので御身内の方が取り仕切っておられる。全うな礼拝堂だよ」

「それ、市井には全うじゃないのもあるって言ってるようなもんですぜ」

「おっと、失言だったな」

アルトと前衛隊長は大笑いしている。初任務前の訓示で見かけた時前衛隊長はもっと恐ろしげに見えた。今回話をする前も、厳しい人だと思い込んでいた。周囲の噂でも厳格な人物という事だったが、これが普段なのか。まさか、アルトと気が合うとは。

「あー、話が進まないのでなんだが。よければ案内しよう」

とうとう、後衛隊長が話を遮った。

「あ、はい。僕たちも金銭的に余裕はないのでお願いします」

僕らは、組合の奥まった場所にある礼拝堂へと向かうこととなった。


 暗く湿った廊下を案内されて歩く。ここも、妙に清潔だ。食べかすや汚物がぶちまけられているという事がない。

「あー、不思議かね?」

僕の疑問を読み取ったかのように、後衛隊長が声をかけてくる。

「そうやって辺りを見回していては、どう思っているか分かってしまうよ」

隊長方の御二人は、僕らの前を歩いている。こちらを振り向いたりもしていない。何故、僕の様子が分かったのか。前衛隊長の場合と打って変わって、後衛隊長は最初に見た印象よりも恐ろしく見えた。

「シバサ司祭の代理の方の方針でね。ゴミ等は決められた場所に捨てて、あとで纏めて焼却するんだ。ゴブリンの死体の焼却を行うのも、そういった方針の一環でね」

「あの任務は、僕も不思議に思っていました」

「なんでも、件の礼拝堂のほうから、呪いや病魔を除けるのにああいったものを焼くべしと天啓があったとかで」

「確かに、大規模な駆除を行った集落が死んだゴブリンの呪いで全滅する話なども聞きますが」

「そういう呪いなんかをある程度防げるというんだ。まぁ、余人には理解しがたい。助かるものも居るし、助からないものも居る。しかし……」

後衛隊長は、一寸言葉を切ってから続けた。

「記録をとっていると、確かに改善するようでね」

その効果のあるらしい奇妙な決まりが積み重なった結果が害獣駆除組合の七不思議なのか。七不思議の内容は全然知らない、というより七つなんて分類されている事を知らなかったけれど。僕が聞いたのは、なんだか他愛のない、いくつあるとも知れない噂話だけだ。夜中に廊下の扉が一つ増えるとか、地下室からゴブリンの群れが沸いて出て踊るとか。異教の神を信仰しているとか。

「一寸間違うと、異端とか野蛮とかそういう話になって組合が危うくなるからね。しかし、いつどんな傷負うか分からない私達としては、教会に御布施を出して冷たい床に跪けば全て解決って具合にはいかんのだよなぁ」

「おぉ、もろに異端な発言すね」

アルトが混ぜ返す。

「あー、まずい事を聞かれてしまったな。実際問題、君達も関わらない訳にはいかんし利益もあるんだ。内密にな」

「内密もなにも、この組合はもともと怪しい噂満載っすから。言いふらしたって誰も信じませんぜ」

アルトのその言葉で得心が行った。組合には、到底信じられないような不気味な噂話がいくつも立っているらしい。一方、その仕事ぶりは確実勤勉で評判がいい。些細な通報でも、駆け付けて害獣の駆除を行ってくれる。組合員への手当てや指導も熱心だ。この二つが合わさっている。真実かもしれない噂は出所不明の中傷として、大部分の嘘に埋もれ、評判に掻き消される。

「そういうことですか」

と、今回は声に出して聞いてみる。後衛隊長は今度はそれに答えない。ただ、わずかに頭が揺れる。頷いたようだった。

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