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幻想害獣譚  作者: 犯人
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帰還 前編

 害獣駆除組合の本部があるのは「イスキリ」という地方都市だ。

 それなりに賑わっていて、周辺には先日のゴブリン退治があったような農村が点在している。

 城壁に囲まれており、都市内部の建物は大体石造りだ。道も石畳で舗装されている。辺境伯の城、一帯の教会を取りまとめる聖堂、各種の組合本部、市場など都市といわれて想像するまんまの都市である。


 石畳の道路のすみにはゴミと糞便が積み上がり、蝿が集っている。二階建ての建物の窓から、道に向かって汚物がぶちまけられる。

 僕らの乗った荷馬車は、それを車輪で轢きながら害獣駆除組合の本部へと帰還する。

「くっせぇー。やっぱ城壁入ると、空気が違うなー」

アルトは、妙にはしゃいでいる。街中で放し飼いになっている豚が道を横切って、ゴミの溜まった道路脇に走っていく。

「都会に帰ってきたって感じがするね」

僕も、あの戦いから無事に帰ってこられた事を喜んだ。

 農村では、ゴミは水路に流してしまうため都会ほど臭いが強くない。二階建ての建物もないため、頭上に注意する必要がないのは、かえって落ち着かないくらいだった。

 ゴブリンから受けた傷が心配だったという事もある。ゴブリンに傷をつけられると、稀に呪いがかかって口が利けなくなる。その後全身が硬直し、体が背中側に反り返って死に至る。

 しかし、都市の教会や聖堂まで行ってお布施をすれば、呪い避けの祈祷もしてもらえる。大昔の蛮族は地面に生えている草なんかを練って、傷に張ったりしたしたそうだと何かの折に聞いたことがある。少し興味を惹かれる話だが、文明人としては教会への御布施と祈祷が常道だろう。


 組合の本部前で、負傷者は荷車を降りて建物に入る。無事だった組合員は、既に給金を受け取る手続きをしているのだろう。建物の奥から、騒ぐ声が聞こえてくる。

 建物内部に入ると、ゴミの臭いが遠ざかる。安心で一寸注意がそれた。帰還報告までは、アルトと二人一組で行動していないと注意を受ける。相手も同様だったようで、建物入り口を入った広間で辺りを見回していた。

 僕たちは、お互いを見つけて近寄る。アルトが小声で話しかけてきた。

「おぅ、エドワ。本部が一寸おかしいって話、覚えてるか?」

「……確か僕が殴られる直前辺りの?」

「それだ。まずさ、この場所。建物内で用を足すの禁止なんだよな。壁に向かって立小便すると怒られんの」

入会の時に言われた事を思い出す。「用便は指定の場所で」「ゴミの類を床に捨ててはいけない」確かに妙だ。こんな規則のある建物は、少なくとも都市内部には他にないだろう。

「やったの?」

と、聞いてみる

「あぁ、ばっちりだ」

なんだか誇らしげだ。わざわざ、規則を聞いてからやったのか。

 話を聞きながら、手続きを行う建物の奥へと歩く。歩きながらのほうが、聞きとがめられ難いだろう。アルトも一緒に歩きながら話を続ける。

「あとな、中庭。場所分かるかな」

「一応、訓練の合間なんかに歩き回ったからね。分かるよ。農地みたいになってた」

長方形の組合本部には、中庭がある。建物の北側にある部屋の明り取りのためだ。通常ならば、ゴミや汚物を捨てるために噴水も設置されている。

「あそこな、特に厳しく進入禁止だって言われてんだよな」

「妙だとは僕も思っていたけれど」

何度か、通路から見た中庭は一杯に草が生えていて、中心に噴水がある。しかし、汚物の処分には使われていないようだった。

「いつかは、やってやるからな」

「何を」

アルトは、悪戯っぽく笑うだけで質問には答えなかった。


 任務参加の報酬を受け取るには、担当者に姓名を告げて名簿に照らす。そこではじめて任務完了となり、賃金が支払われると共に生存確認が行われ実績となる。新入り相応の報酬を二人で受け取った。

「新入りだから仕方ねーけどさ。この金額だと、怪我とかで二週間も動けなくなったら即餓死だな」

「そう思うと、あのゴブリンは危なかったね」

幸い軽傷で済んだが、怪我の結果の餓死はありえない話じゃない。治療に専念しなければならない期間には、ある程度の食料も支給されるというが新入りにどこまで手厚いかは分からない。

「まぁ、一寸づつでも貯めていこうや。毎回軽傷、毎回無事とも限らないんだしな」

そんな話をしていると。給料部屋に声が響いた。

「エドワ・ジェン。アルト・ニコラ。両名は会議室に出頭しなさい」

僕は、アルトを横目で見た。

「いやいやいやいや。まだやってねぇ」

何かを否定するアルト。呼ばれたものは仕方ない、一緒に行って謝ろう。諦めて部屋の出口に向かう。

「なんか勘違いしてねぇか。おい。ちょっと」

あるとも追いかけてくる。庇ってくれた時は兄貴分と思っていたけれどこうなると……

「弟分ぽくもあるよね」

と、呟いた。アルトには聞こえていないようだった。


 あまり広くもない会議室の開きっぱなしの扉の向こうには、中年後半の男が二人。一人は、筋肉質で痘痕面。あれは、天然痘の痕だ。もう一人は、痩せ気味で背が高い。どこかで見覚えがある。確か先の任務でそれぞれ前線と後衛の指揮をしていた人らだ。

「エドワ・ジェン。出頭しました」

会議室の入り口外側、直立の姿勢で声をかける。

「アルトです。呼ばれました」

アルトはだれた言い方をする。痘痕の方の目つきが厳しくなった。流石に怒られるだろう。なんで呼ばれたか分からないんだから少し、しおらしい態度もとるほうがいい。アルトのマイペースぶりに苛つきながら、直立を崩せない。

 背の高い男が、沈黙を破った。

「あー、そんな畏まらんでいい。取りあえず中に入って楽にしなさい」

穏やかな、やや高い声だ。

 僕たちは、失礼しますと声をかけて部屋に入り扉を閉めた。楽にとは言われたが、姿勢は崩せない。叱責ですめばいいんだけれど。

「君たちは、新入りだったね。任務が割り振られたのは、今回がはじめて」

背の高いほうが、紙の束をめくりながら言う。

「はい、間違いありません」

アルトが何か言う前にこっちで答える。今回の方針はこれだ。

「あー、これは叱責とか処分とかそういう話ではなくてね」

「え」

「情報収集。現場担当者への聞き取り調査なんだ。もう少し、楽にしてくれて良いんだよ。どっちかというと私らがお願いする立場でね」

「アルトが何かやらかしたんじゃ」

「何かあったのかね?」

「あ、いえ」

そこまで言ったところで痘痕面の方が割って入った。

「新入りなら、顔と名前も覚えて居なかろう。こちらばかり相手の素性を知っているのでは警戒されるんじゃないかね」

太くて力強い声だ。

「先ずは私から名乗らせていただこう。先の任務で前線の指揮を執っていたデビ・ブルだ。君らは後衛で縁が無かったな」

「いえ、出発前の訓示で」

「あぁ、なるほど。この顔見れば忘れぬとは、言われるな」

デビ前線隊長は、顔の天然痘の痕を指差した。

「すみません」

「なになに。謝る事はない。覚えられて便利という事もある」

豪快に笑って、もう一人に自己紹介を促した。

「あー、挨拶が遅れてすまなかった。後衛の指示を出していたから私の事は知っているね。カール・エベというんだ。宜しく」

早速ですまないが。と、カール後衛隊長が続ける。

「ゴブリンに襲われた時の事を話してくれないか」

促されて、僕はつい数日ほど前の初陣について話し始めた。

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