処刑地への移動
先手をとって、僕はアルトへと突進する。先手を取ってぶちのめす。事情を聞くのは、それからでいい。この場で野次馬一人どかせないなんて類の、泣き言は言っていられない。徒手での格闘なんて訓練はほとんどしていないが、全く喧嘩が出来ないわけでもない。
「いや、まてよ。話を聞け」
アルトは慌てた声を出す。しかし、手を緩めるわけにはいかない。まず、ここを突破しなければ。
僕の予想の通り、僕の話からロジーの位置を通報していたとする。つまり、アルトがアルベ司祭の手先だった場合。取り押さえられれば一巻の終わりだ。違ったなら、後で謝る。とはいえ、どの道ここで待ち伏せている以上は何の関わりも無いということはない筈だ。
アルトの鼻先目掛けて繰り出した右拳は、アルトの掌に遮られる。バチンと予想外に大きな音がした。もう一歩踏み込んで、伸ばした右手を折りたたむ。相手の左側頭部を狙った振り抜いた右肘を、アルトは二歩後退してかわす。
「ともかく、落ち着け」
アルトが喚く。話は聞こう。ただ、それは僕が自分の安全を確保して、目標達成の目途がついてからだ。
右の肩口から、アルトにあたっていく。そこから、顎目掛けての裏拳。僕のワンパターンな右手の攻撃。それをアルトは、さっきと同様に左手でうける。僕は、右足でアルトの左足を踏む。直後に左手を伸ばしてアルトの襟首を掴んだ。なんとか、取り押さえられる。そう思ったとたん、アルトは、僕の左手を両手で抱え込む。僕に踏まれている左足を解放して、体を右向きに捻ってきた。僕は、アルトの体の回転に左腕を巻き込まれるようにして硬い床へと転がされた。
僕の両足を揃えて縛り、両腕を体の後ろで拘束し、布で猿轡を噛ませて、アルトは僕の目の前に立っている。
ここは、組合建物の狭い一室。普段は事務などをこなしている部屋だ。人員は出払っていて、僕達二人以外に誰もいない。
「なに、慌ててやがんだ。話を聞けというのに」
アルトは床に転がされている僕を見下ろして。そう言った。僕には、アルトを睨みつけるくらいしかできない。
「話を落ち着いてよく聞くのは、お前の美点だろうが。いいか、よく思い出せよ。あの鳥仮面はお前に『執行後に、自分のところにくるように』言ったろう」
何故、アルトがそれを知っている。疑念を捨てきれずに僕は、じっとアルトの目を凝視する。何か、何か読み取れないかとアルトの挙動を注視する。
「質問もあるだろうが、口を自由にはできねぇよ。騒がれたくないからな。だから一方的に話す事にする。まず一つ。異端者の通報は俺のしたことだ」
矢張り。君が。僕は唸り声を上げた。
「苦情なら、機会があればその時に聞く。その時に一撃ぐらいは殴られてやるさ。そして、二つ目。お前のすべき事は、自暴自棄の暴走じゃない。下っ端として、指示に従え。俺から伝えるのはこの二つで終わりだ」
アルトは僕に背を向けてから、もう一度、向き直る。
「そうそう、ここに剣おいておくからな。出かけに持っていけよ。その方が、格好がつくからな」
そう言って、転がっている僕からは届かない位置に、一振りのショートソードを鞘ごと立てかけた。
僕が開放されたのは、それから暫くしてから。司祭の行列と宣伝が終わった後の事だ。組合内も全く無人というわけでもなかったはず。しかし、転がされている僕に気付いたのは、野次馬帰りの組合員だった。
アルトについての報告を、事務を通して上げておく。彼に対して僕が打てる手はこんなものだ。彼が組合の意志に反しているならば、何かしらの動きかあるかもしれないと期待する。しかし、少なくともそれは「今すぐ」というわけでは、ないようだった。
人の通わない森林地帯を、装備を担いだ人の群れが歩いていく。
今回の処刑場所に選定された場所。そこへの道のりは、まずイスキリの城門から出て城壁沿いに都市をめぐる。そして、城壁に複数設置されている城門と城門の中間辺りで、城壁沿いの道を逸れる。道から逸れた先は、人の活動しない森林だ。森林地帯に入った後、二日か三日移動した先にあるゴブリンの巣という事だった。時間は掛かるが、それは道も無い森林地帯を歩くためである。距離的には大して離れていない。そんな場所にできた巣穴だが、極めて小規模である事、周辺に集落が存在しない事といった事情で駆除が後回しにされていたという話だった。ゴブリンの巣は、目を離せば出来ているので手が回らない。どうしても、優先順位ができてしまうのだ。勿論、ごく小規模とはいえ人が装備も無しに入り込んで、生きていられるものでもない。
今回の任務は「執行の間、周囲を警戒する」こと。巣穴への攻撃は必要ないため、油樽や、現地で組み立てるバリケードの材料などは必要が無い。ゴブリンを問題なく撃退できるベテラン数組と、責任者。あとは、けが人の救護のための医師がひとり。これは、鳥の頭を模した仮面をつけたジロラだ。先ごろ参加した僕の初陣の時と比べれば少人数の編成。医師の同行に、アルベ司祭は良い顔をしなかったという。その場で祈祷を行えば済む、という事らしかった。
僕は、新入りに経験をつませるという名目で、安全な場所に配置された。医師の護衛という任務が割り振られている。この位置は、ベテランが作る防衛ラインの中央にあって安全が確保されている。僕とジロラの二人と共に、一行の中央で守られているのはもう一人。指揮を務めるデビ前衛隊長。彼は顰め面を崩さず、僕がジロラと過度に接触するのを防いでいるようだった。僕も、流石に田舎者とはいえ、この状況でジロラに説明を求めようとは思わない。一行は、偶に現れる野獣を追い払いながら森の中を進んでいく。
司祭の一行と囚われのロジーは、組合員が安全を確保した後をついて来ているはずだ。一行のほかに、傭兵もいくらか連れてきていると聞く。異端者を捕らえた勇猛な騎士達にも、処刑に立ち会う権利があるという理屈だという。
休憩時に、伝令の役を与えられて司祭の元を尋ねたことがある。司祭らは、組合と自分達の間に傭兵を置いていた。傭兵達は、交代制をとって安全なはずの前方を警戒している。手順の上で私心は措かなければならないが、アルベ司祭は組合を信用していないようだった。伝令として託された用件も、直接伝える事は許されない。伝言という形をとって、司祭の御付に伝えた。年若く細い目をした、司祭の御付。彼は最初から最後まで、僕に対して一定の距離をとって近寄ろうとはしなかった。
この伝令の任務で、僕はロジーの居場所を探ろうと試みた。しかし、アルベ司祭の一行は組合を敵と見做しているかのようで周囲を歩き回る事も許されなかった。
何も収穫の無い帰り道。僕は、アルトの言葉を反芻している。下っ端らしく指示に従え、か。いつものように言い方は悪いが、もっともな話。あれは、僕の暴走だ。ジロラが、ロジーをこのまま見捨てるとは考え難い。見捨てる気が無いからこそ、執行の後に自分のところに来るように、僕に言ったのだ。事情を知っているはずの、ジロラの御父上。辺境伯も、何がしかの手を打っているのかもしれない。
下っ端からでは、全体を俯瞰する事など到底出来はしないのだ。僕にできる事は、俯瞰できる立場からの指示に従って、それを的確にこなす事。仲間と協力者がいるのに自分ひとりで暴れるのは、どう考えたって巧くない。僕は、未だ語られないジロラの計画を台無しにする所だったかもしれないのだ。
「でもね、アルト。ロジーを密告した事情の説明と、僕の拳だけはきっと受けてもらうからね」
誰もいない木々に向かって、僕は低い声でそう凄んでみた。どうもこの台詞は、僕の柄には合わないようだった。




