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幻想害獣譚  作者: 犯人
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初任務 後編

 ひどい金切り声が響く。ゴブリンの威嚇だ。棍棒なのかただの太い枝なのか分からないが、奴等なりの武器で地面を叩いている。牙をむき出し、体勢を低くして僕たちを睨みつける。

 現場に出る前の訓練で、話は聞いていた。遭遇したときの対処も決まっている。その通り仕事をこなすだけのはずだ。


 アルトは、ゴブリンに殴られた僕をかばっている。ゴブリンに刺又を突きつけての牽制。僕は、ゴブリンの出没を周囲に知らせるホイッスルを吹いた。ここまで訓練の通り、対処に間違いはない。

 僕も拾いなおした刺又を構えて、アルトの横の少し離れた場所からゴブリンに牽制を行う。味方の邪魔にならないように、相手から見て対処しにくいように、味方のフォローはしやすいように、充分留意して間合いを計る。

 小柄といっても、ゴブリンの筋力は強い。多少の知恵がある分、同程度の大きさの肉食獣よりはずっと弱いとは言う。しかし、人の形はしていても野生生物に近いのだ。一対一で馬乗りにでもなられれば、普通はそのまま命を落とす。だから、対処は基本的に二対一で行う。一人が刺又で取り押さえて、もう一人が槍で止めを刺す。人数差で有利があっても、相手の棍棒と牙の届く範囲に入らないで対処する。


 今は、僕とアルト二人とも持っているのが刺又だ。新入りで実戦経験がないということで、まずは後方での後始末が役目だったのだ。まさか、襲撃を受けるとは思っていなかった。こんなに早く生きているゴブリンを見ることになるとは、そしてそれが自分たちに襲い掛かってくるとは完全に予想外だった。

 刺又を構える手が震えているのが分かる。威嚇の叫び声が響くたびに、目を瞑りそうになる。訓練で聞いた話では、そこまで危険でもないように思えた。自分にも楽に相手ができると、気楽に考えていたのだ。


 殴られた後頭部がひどく痛む。貸与されていた防具がなければあれで死んでいただろう。防具があっても自分ひとりだったら、あのまま頭が潰れるまで殴られていた。背中に圧し掛かられて、ろくな抵抗も出来ずに殴り殺されていた。僕が死んだらゴブリンは僕の死体を引きずって森の中へ帰り、どこかで死体の両手脚を引きちぎって食べていく。何かが違えば、そんな未来もあった。

 恐ろしい。ゴブリンに食べられるのが。あの棍棒で殴られて死体になるのが。

 腰が引けた状態で刺又を、腕の先だけでふらふら動かす。牽制にもならない。散々、訓練はしたはずなのに。怖い。


 何度目かに突き出した刺又の先を棍棒で弾かれる。同時に、ゴブリンが威嚇の叫び声をあげた。反射的に、体が竦む。目を閉じてしまった。ほんの0.3秒ほど。目を開けたときには、ゴブリンは僕のほうに二歩走っていた。つまり既に、目の前にゴブリンの牙が。

 僕は、腰へ横からの衝撃を受けて倒れこんだ。そんなに強い力ではない、怯えてバランスを崩した僕が勝手に倒れただけだ。

 すぐに顔を上げる。目の前、さっきまで自分が居た場所にアルトが居た。再び、アルトに助けられたのか。左腕の肘から手首までの部分、布鎧を厚くしてある部分をゴブリンに噛ませている。あのまま、押し倒されるとまずい。

 僕は、改めて刺又を構えた。同僚の危機を目の前にして、余計な事が考えられなくなる。こういうのも火事場の馬鹿力と言うんだろうか? 意識して、しっかり腰を落として踏み込む。体重を乗せて刺又をゴブリンの胴へと突き込んだ。アルトの腕に噛み付いているため、顔を前に突き出していたゴブリンはそのまま横向きに倒れる。しかし、牙が外れない。アルトも腕を引っ張られるようにして一緒に転倒してしまう。僕は、倒れたゴブリンの胴体を地面に押さえつける。アルトはゴブリンの牙から腕を外そうと、体をひねる。ゴブリンは、アルトの腕を噛み締めながら両手で地面を掴んで抵抗する。メキメキという嫌な音とともに、アルトがゴブリンから離れた。ゴブリンの口からは血が溢れている。噛み締めていた布鎧の袖に引っ張られて引き抜かれた牙が、地面に転がっている。

 ゴブリンの牙から逃れたアルトは、刺又でゴブリンの首を押さえつける。身動きが出来なくなったゴブリンに向かって、組合の構成員が集まってきたのは間もなくの事だった。

 動けないゴブリンの胴体に、何度か槍が突き通された。僕とアルトは、ゴブリンを押さえたまま完全に死亡が確認されるまで警戒を続ける。死亡確認後、焼却穴に落として処理が完了する。初任務でアシスト1匹。僕は、頭部に軽傷。アルトは左前腕部に軽傷を負った。これが初めての、僕の実戦だった。


 今回の任務の始末はこれで終わり。僕が体験したのはこれだけの事だった。他の部隊や先輩から話を聞いた所によれば、他には問題なく仕事は済んだという事だ。

 ゴブリンの巣穴を発見して見張りや巡回を行っているゴブリンを駆除する。巣穴に複数の出口がないことを確認し、換気用の穴を探す。巣穴の出口に罠を張り、外に出られないように人員を割いて厳しく固める。あとは、入り口と空気穴から油を流し込んで火を放つ。やたら煙の出る松の葉も投入し、空気穴は塞ぐ。穴の中で動くものがなくなったら、巣穴の入り口を崩して埋める。

 手順の通りの巣穴潰しだったという。巣穴に火を放ったときに、外に出ようと必死のゴブリンを押し止めるのに負傷者数名。いずれも軽傷。負傷者は、帰り道では荷車に乗せられる事になる。無傷の者は徒歩だ。


 空になった油樽と負傷者を乗せて。組合の一行は、組合本部のある都市「イスキリ」へと帰っていく。

「ごめん」

荷車に揺られながら、僕はアルトに謝った。防具を脱いだアルトは、くすんだ金色の髪をしている。青い目で僕を見る顔つきは幼さが残る整った顔つきをしている。僕が竦んでいる間に、立派に戦っていた。同年代だというのに、一方の僕は役に立たなかった事を気に病んでいる。アルトの落ち着き振りが、少し妬ましかった。

「どうした。何かやらかしたか」

「二度も助けられて、怪我させた」

「いいんだよ。一回目はお互い気づかなかったじゃねぇか。たまたまお前が殴られて、俺が助けられる位置に居たってだけだろ」

アルトは、僕の頭をわしわしと撫でた。訓練中はそんな事考えなかったけれど、年齢以上の落ち着きと判断力のあるアルトは僕の認識では兄貴分といった感じになっている。

「二度目は、その……竦んで」

「頭に一撃食らって、即座にきびきび動けるやつは居ねぇよ。むしろ、そっちに矛先が向かったのは悪かったと思ってんだ。二発目食らうところだったお前を、軽傷でフォローできたのは幸運だったな」

「ごめん」

「やめろって。そうでなきゃ何のために二人組での行動が義務になってるのかわかりゃしねぇ。そのあとの、俺を助けた一撃は力の篭った良い踏み込みだったしな」

アルトは怪我をして布を巻いている左腕を、こちらに見えるように持ち上げた。薄く血がにじんでいる。

「アルトはさ」

「ん?」

「実戦とか、命のやり取り。初めてじゃないんだね」

「そう思うか?」

「僕が殴られたときも落ち着いて対処していたし、二度目に助けられたときも腕を噛ませるなんて咄嗟にはできないよ。少なくとも僕には」

「俺も必死だったさ。初陣で同僚を死なすのも後味悪いしな。あそこでお前が死んで、あの野郎と一対一になるのも避けたかった。それだけだ」

「必死……だったのか」

「必死だったさ。手も足も震えが止まらなかった」

「僕もだよ」

「お互いだな」

僕らはそれで少し笑って「仕方ないよな」と言い合った。


 格好良い活躍はない。無様に必死に、一匹のゴブリンを倒しただけだ。いや、必死になって押さえつけていただけ。御伽噺のように、何十もの怪物を蹴散らしたりは出来ない。莫大な財宝はない、受け取るのは新入り相応の給金だけ。麗しの姫君も居ない。

「仕方ないよね」

「なんせ、ただの害獣駆除組合だもんな」

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