彼女は確かに存在した
8作目
いつからだったか。僕がまだ幼いころ、いつも僕の後をついて歩く少女がいた。
僕は少女のことを妹のように思っていて、少女も僕のことを兄のように慕ってくれていた。
しかし、その少女には親が無く、名前が無く、話せる言葉が無く、何より存在が無かった。
今思えば彼女は人では無かったのだろう。
少女には実体があり、質量があり、温もりがあったが、食事を必要とせず、僕以外に知覚されることが無かった。
僕以外の人間に少女は見えず、少女の立てた音は聞こえず、少女の起こした行動の結果は当然のこととして処理された。
僕は少女と共に風呂に入り、同じ布団で寝た。
だが、僕が思春期に差し掛かって、異性を意識するようになると少女の存在を煩わしく感じるようになった。
僕は少女を遠ざけるようになった。最初はついて来ないように言った。やがて部屋から出てこないように言うようになった。最終的には少女を家の外にある物置小屋でじっとしているように命令した。
それでも僕の気は治まらず、いつしか殺意を抱くようにすらなっていた。
そして1月ほど経ったある日、そのときは静かに訪れた。
深夜、家族が寝静まるのを待ってから物置小屋の扉を開けた。
少女は衰弱もせずそこにいた。最後に見た少女のまま何1つ変わらず。
少女は僕を視界に捕らえると嬉しそうに駆け寄ってきた。
僕は少女が近くまでくると肩を掴んで地面に押し倒し、馬乗りになって少女の細い首を絞めた。
抵抗するどころか苦しそうな素振りも見せず、少女はただ微笑んでいた。
少女の顔が赤く染まり、やがて青白くなったころ少女は両手を首に回して僕の手に重ねた。
そしてそっと囁くと少女は息絶えた。
僕は初めて少女の声を聞いた。
腕から力を抜いて見上げると見事な満月が僕を見下ろしていた。
それから満月を見ると少女のことを思い出す。そして考えるのだ。少女の言葉の意味を。
ありがとう。
少女は確かにそう言った。
僕は罪から逃れるかのように考えるのだ。
満月の下、僕にだけは触れられる少女の頭骨を撫でながら。