3
カタリ、カタリ
膝が震える。
「寒い? 寒いよね」
二人で潜り込んだのは、大きなプリンみたいな遊具の中。通称プリン山。中は空洞だから、よく潜り込んで遊んでいた。でもそれは子供だからであって。
雨に打たれて濡れた身体から、気化熱が体温を奪っていく。しかし、体が勝手に震えているのは決して寒さのせいだけじゃない。
隣に座った煌がわたしに身を擦り寄せ、覗き込んでから肩を抱いた。そんな事したって、ずぶ濡れのわたし達は温もる事は無いのに。
得体の知れない何かに対峙した警戒本能からくる震えも、止められやしないのに。
けれどわたしは煌から離れる事はしなかった。
「煌は誰?」
他人の声みたいに響く自分の声。近すぎる壁面に反響しているからだけじゃないだろう。
「俺は俺だよ。レン」
わたしに回した腕と逆の腕で膝を抱えて、それに顎を埋めた煌が顔色一つ変えずに言い切った。
コテンと顔を傾げて。
……可愛い。
でも、今は気持ちを揺らしてる場面じゃないって事くらい、わたしだってわかってるんだ。
「うん。そうだね。じゃあ、何者?」
怖い。日常から切り離されるみたいで。
聞いちゃいけない気がしてるのに、出来るだけ遠回りをしたい筈なのに、何故かわたしは核心に迫るような問いを投げ掛けていた。
「俺は、天使」
「…………」
ああ、成る程。コイツは不思議ちゃんか。
「天使ね。煌はアレかな? ちっちゃいおじさん見えるタイプの人なのかな?」
声が上擦る。この人間離れした美しい少年は、そっち系か。何? 今迄の緊張感。わたしの張り詰めた緊張の糸がでろんと緩む。緩み過ぎて腹も立たないや。
「小さいおじさん、見えるよ」
ビンゴ。電波か、面倒臭いなコレ。
「へ、へえ……」
帰って良いかな。張り付く制服が気持ち悪い。
「悪魔とも死神とも呼ばれる。死ぬ相手によるから、何に見えるかはそれぞれ違うけど、でも全部一緒。それが俺の仕事」
「……ふーん」
そりゃ大変ですね。お疲れ様です。さっきでっかい鎌持ってたもんね。
……ん? 鎌?
「鎌!」
「ん? あるよ。見る?」
ここじゃ狭いな、なんて言いながら、何もなかった煌の手には、横向にでっかい弓月みたいな鎌。
「ぅぉおぅっ! 危ないな!ってか、煌は何? 手品の人? どういうタネ? あ、刄は向けないで、流石にだいぶおっかないから」
わたしの顎の下に、鈍く光る黒鉄の鎌。そろりと顎を引いて、狭い中を後退る。
コイツ、ヤバイ。マジでヤバイ。色々ヤバイ。
「危ないからね。触っちゃ駄目。死んだ事に気付いていない畜生とか、人間なら色々気持ちが残ってる相手はこれでね、スパっとやるわけ。でも、満足して死ぬ相手には天使って呼ばれたりするの。死んだことを信じられなくて、ゴネる人間相手には無理矢理引きはがしたりするからね、悪魔って言われたりする。でもさ、全部一緒」
好きな食べ物は唐揚げだよ、そんな雰囲気で何て事ないように煌が言うと、何故か凄いリアルで。
百万歩譲って、煌の言うことがガチだと仮定しようか。今度は怖くて膝が震える。寒いからじゃない。だって、もし煌がそんな職業? だとしたら、それはもしかして。
「……わ、わたしを、迎えに来たの?」
……わたし死ぬの?
16歳で? キスはしちゃったけど、身も心も純真無垢なピュアッピュアなわたしが?
死にたくない……。まだ死にたくないよ。これから彼氏とか作ってさ、デートとかしちゃってさ、なんか色々しちゃったりとかさ。食べた事のない美味しい料理とかさ、あったりするんだよ。
「わたし、まだ死にたくない」
「うん。まだ死なないから」
へ?
でっかい鎌は、音もなく煙みたいに拡散して無くなって。すげえ! って思うのに、そんな事よりキョトン顔な煌が言った言葉に、こっちがキョトンである。
「レンに逢いたかったんだ。凄く逢いたかったんだ。だから、人間風になって逢いに来ただけ。レンは俺のだから」
寄り添って体育座りしているわたし達。煌の方が目線が高いから、わたしを見下ろすその睫毛が卑猥だとか、白い肌にその紅い唇が卑猥だとか、『俺の』発言にうっかりドキドキしてるとか。
そういう色々なものが、もう全部、わたしにはキャパオーバーで。
「わ、わたしはわたしのだから!」
寒いはずなのに熱くなっていく顔を誤魔化すように言った言葉は正論だ。グッジョブ! わたし。
「今はね、それで良いけど。俺はレンの、レンは俺の『番い』だから」
ニヤリと笑って見下ろす。そんな顔すら綺麗だと思う。言ってる事はちょっともよくわかんないけど、その不思議っぷりがミステリアスな魅力に変換されているあたり、わたしも相当ヤバいと思う。
「……意味がわかんないよ」
「わかんなくて良いよ。思い知らせてあげるから。ただ見てるだけじゃ足りなくなっちゃって、勉強したんだ。レンと仲良くなれるように、人間の事」
ズリッとこっちに煌が寄るから、ズリッとわたしは後退る。
「だからさ、ご褒美、頂戴?」
そう言って、引き寄せられた後頭部。
冷たく柔らかい感触は、いつもの掠めるだけのものとは全然違くて…。
わたしは目を見開いたまま、息をすることも動く事も出来なかった。




