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死天使の覚書  作者: 御月 雪華
遠い昔の物語
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君ガ知ラナイ物語1.出逢い、出遇い、出遭い

 ―――出会わなければ良かったのだろうか?

 ―――出会わなければ、知らなければ、良かったのだろうか?

 ―――否。

 ―――『彼』と出会わなかった世界なんて要らない。

 ―――例え、それが滅びの始まりでも。

 ―――それでも。

 ―――それでも私は、『彼』への恋炎で破滅するのなら本望だ。

 ―――その炎が他者の命さえ巻き込んでしまうとしても………






 まったく、慣れないことなどするものではない。

 自前の翼があるものが、なんとなく気が向いたからと人間の振りをして足で歩いたところで、空を飛ぶように容易に目的地に付けるかと言えば答えは否だ。道は必ずしも真っ直ぐに伸びているとは限らないのだから。

「迷った、か……?」

 日頃、空の上から見ているようにはいかないものだ。しかも、慣れない徒歩は靴擦れなんて経験したことの無い痛み付きだ。本当にまったくどうしたものか。だがしかし、今さら翼を広げて空を飛ぶというのも、あまりにも間が抜けているというもので。

「う~む、どうしたものか……」

「あの、どうかしましたか?」

「え?」

 痛む足を庇って裸足で路端に座り込み、腕を組んで実益を取るか自尊心を取るかで悩んでいた私に話しかける者があった。顔を上げれば、人の良さそうな黒髪黒目の青年が私の目線に合わせてしゃがみ込んでいた。

「怪我、したんですね」

 痛々しそうに靴に擦れて血が滲む足を見た青年は、しゃがんだまま私に背を向けた。

「?」

「送ります。近くなら目的地まで、遠くても近くの町まで行けば乗合馬車があります」

「いや、そんなっ」

「大丈夫。こう見えても体力はありますから」

 此方を振り向き笑う青年に、私は思わず見惚れて無意識に頷いていた。


「助かった。有難う」

「お礼を言われるようなことではありませんよ」

 私を背に負ってテクテクと歩む足取りに無理は無く、青年の言うとおり私くらいの荷物は青年にとって大した負担にもならないようで安心する。見た目よりも確りした広い背に揺られながら、取り留めのない言葉を交わす。

「あなたは、随分とお人好しだな。黒髪黒目といい、もしや魔力の民か?」

「はい。やっぱり判りますか?」

「純粋な黒髪黒目は魔力の民だけだし、何より、お人好しは魔力の民の代名詞だ」

「あははは」

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、町の門が見えて来る頃、私の到着を待っていたのだろう神官の一団が此方を見つけて駆け寄って来た。

「有難う、此処までで十分だ」

「はい。迎えがあってなによりです」

 私を背から降ろしそのまま立ち去ろうとする青年の片腕を思わず掴む。

「……あのっ、名をまだ聞いていない」

「カイン、といいます」

 不思議そうに振り返る青年に咄嗟に訪ねれば、青年は穏やかに笑って答える。それに、自分がまだ正体を隠したままなことを思い出し、慌てて名乗ろうと口を開いた。

「私はっ………」

 しかし、到着した神官達にあっという間に周りを囲まれ青年との間が隔てられてしまう。掻き分け前に出ようとする目の前で青年は一礼すると今度こそこの場を去って行った。

「っ………」

 その未練の無い背に、何故かとても胸が痛んだ―――




 我ながら最近おかしい。

 訳も無くイライラしたり落ち込んだり。

 周囲が心配しているのを申し訳なく思うと共に、うっとうしい放っといてくれとも思う。

「私はどうしたというんだ……」

 目を閉じれば、瞼の裏にくっきりと浮かび上がる笑顔に微笑みを零し。

 目を開く瞬間、記憶に焼きついた未練の無い背中に胸を痛める。

 深い深い溜息を吐き、意味など無いと知りながら記憶の中の背中に手を伸ばした先で、不意に〈路〉が開いた。

「っ! 〈夢路〉!?」

 この世界を生み出した〈二柱の創世神〉の片割れ、時女神ノルンは夢見る女神。〈流転の輪〉の司にして夢の中でしか覚められない〈二柱の創世神〉が一柱。

 かの女神は常に夢見続ける。此処である何処か、此処でない何処か。今であるいつか、今でないいつか。

 様々な出来事を夢見続け、時折その夢と現【うつつ】が繋がる。嵌り込んだ者は、時女神の夢を通じて過去に、未来に、異世界に、跳ぶことさえあるという。

 神も人も、それを夢の通い路、〈夢路〉と呼んだ。

「〈夢路〉が開くっ!」

 無音で繋がっていった異空間は、後から思い返せば確かに破滅の音を立てて繋がったのだろう。

「―――欲しいのなら手を伸ばせばいい」

 次々と瓦礫が降って来る鳴動する室内で狂った笑みを浮かべた男は、狂気の彩【いろ】に染まった目をひたりと合わせ唇を釣り上げた。

「もの欲しそうな目―――欲しいものは手を伸ばせばすぐ届くところにあるのだろう?」

 囁く。

 ナニカが囁く。

「そら、手を伸ばすがいい―――」

 その囁きにこくりと頷いた時―――永い年月、南大陸唯一の大国を支え続けた守護神は堕神となったのだ。

「くくく……なんと他愛の無い」

 あっさりと彼の誘惑に堕ちた私に男は狂気を湛えた双眸で嘲笑を浮かべたが、どうでも良かった。

「なんと他愛なく容易いことか。かの〈心臓〉とは大違いだ」

 男が何か言っている。狂った声で嘲笑っている。

 でも、もうそんなことどうでも良い。

 だって、私は、決めたのだ。

「ああ、ああ、〈心臓〉よ。我がものとならぬなら、いっそ生まれて来ぬがいい」

 〈路〉が閉じる間際、この上も無く甘く愛しげに、男が呪詛を囁いた。

 ああ、ああ、あんな狂った心に共感してしまうなんて。

 でも、もう、いいのだ。

 だって、


「彼を……カインを、我が許へ連れてきなさい」


 私は狂恋に染まると決めた。 

 愛しいひとよ。

 貴方を私だけのものにするために―――

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