覚書7.そして、それは廻る螺旋の如く
―――コンコン。
―――キィ、カタン。
「ただいま戻りました、ボス」
漆黒の少年が手ぶらで執務室に入ってきた。
そう、手ぶらで。
「カインっ!! お前はまたっっ!!!」
「ボス………だから、小さな子供を連れて来るのは嫌だって言ってるでしょう?」
怒鳴る男に、少年は半眼でわざとらしく溜息を吐く。
それにさらに怒りを煽られた男が、執務机から立ち上がりずびしっと指を突きつけた。
「お~ま~え~は~~!!!! 仕事の選り好みができる立場かっっ!!!!!」
正当な叱責に、少年は悪びれもせず肩を竦め、どきっぱりと告げる。
「嫌なもんは嫌です」
「っ我侭言うなぁぁぁぁ!!!!!!!」
「そーゆうボスが直接連れに行けばいいでしょうが。ものすっっっごく後味悪いんですよ?」
「だからっっ!! お前は死天使だろうがぁっ!!!」
男の怒声もなんのその。いつもの如く一人分の茶の用意をし、これまたいつもの如く座り心地の良い布張りの長椅子に座って優雅に陶器の杯を傾ける少年。
男はぜぃぜぃと肩で息をしながら、覚めやらぬ怒りを自尊心で無理やり押さえ込んで椅子に座りなおす。
「そんなことより、ボス。次の休暇は何時ですか?」
「~~~っ!!! 運命神にでも聞いて来いっ!!」
しかし、そんななけなしの自制心も、少年の呑気な問いにぴきりと額に青筋が浮かぶ辺りあまり強く無いらしい。寧ろ、打ては響くように返す様子だけ見れば、かなり脆そうである。
「じゃぁ、聞いて来て下さい」
「なんで私が行かねばならんのだぁぁぁ!!!!!」
「………ボス、怒鳴ってばかりだと血管切れますよ?」
「己の所為だろうがっっっ!!!!」
少年の心配『そう』な台詞に、男の堪忍袋の緒はますますぶちぶちと音を発てて切れっぱなしである。
そんな男に少年は人畜無害『そう』な表情でにっこりと微笑み、爆弾を一つ。
「大丈夫、大丈夫。ボスのことも大好きですよ♪」
一瞬、言われた言葉の意味を理解しかねぽかんと間抜けな表情を晒す男。
にやにやと人が悪そうに笑う少年を見て、徐々に顔を紅く染めていき、沸点を超えた薬缶のように盛大に怒鳴り声を発した。
「誰もんなことは聞いとらんわぁぁぁ!!!!」
男の怒声と少年の遠慮の無い笑い声が、今日も賑やかに執務室に響き渡っていった。