覚書5.君にも聖夜の贈物を
―――コンコン。
―――キィ、カタン。
「ボス。奇跡の大盤振る舞い終わりましたよ」
漆黒の翼を背負った漆黒の衣を纏う漆黒の少年が、行儀悪くこきこき肩を鳴らしながら、許可を得る前に当たり前に上司の執務室にどかどか入ってくる。
それにいつもの如く青筋を立てつつ睨んでくる上司を、こちらもいつもの如く欠片も気にせず、勝って知ったる執務室で紅茶と蒸留酒と茶菓子を用意する少年。無論、自分用である。
実に手馴れた仕草で一人分の茶の用意を済ませると、座り心地の良い布張りの長椅子に深々と腰掛け、美味しそうに蒸留酒入りの紅茶を啜る。
年々性格に微妙な黒さが際立ってくる少年に、その上司は深々と溜息を吐き、執務机に行儀悪く肘を突いた。
今回の仕事は、少年が一番大切に心の奥深くに仕舞い込んでいる想いに触れただろう。もしかしたら酷く落ち込んで帰ってくるのではないかと密かに心配していたというのにこの有様である。何処まで素で、何処まで演技か分かりもしない。
性格にどんどん捻りが増していく外見少年の内面を推し量ることなど、この上司ですらもうできなくなっていた。
「白百合の娘が今度は桜を咲かせるようだな」
聞き慣れた、でも、どれだけ共に過ごそうと変わらず深く心に響く重厚な声に、少年は顔を向けることなく、白い陶器の杯に唇をつけたまま肩を竦めて見せた。
この上司が実はかなり心配性なことも、部下思いで不器用な気遣いをする男であることも良く知っている。恐らく男自身よりもずっと知っている。それだけの時間を共に過ごしてきた。
「彼女なら、きっと綺麗な桜花になるでしょうね。綺麗な綺麗な白百合だった頃のように、今度も綺麗な綺麗な桜花になりますよ」
少年が淡く微笑む。
いろいろな感情が入り混じった複雑な笑み。しかし、最も大きいのは喜びだろう。この少年はどれだけ性格に捻りが加わっていっても本質は全く変わっていない。一途で、真っ直ぐで、大切な人の幸いだけを心より願う。
男は深々と溜息を吐いた。自分がこんな性格をしていたとは、少年を部下とし共に過ごすようになるまで知らなかった。
「カイン。お前に八十年の休暇をやろう」
少年が顔を上げる。真ん丸く見開かれた双眸に男が内心笑う。そういう顔をすると外見相応の幼い雰囲気になると知ったのは、さて、いつの事だっただろうか。
「仕事の事は一切『忘れて』、人間として休暇を満喫してこい」
少年が男の言葉を理解するに連れ、驚きが喜びに変わっていく。
本当に、知りもしなかった。存外自分は甘かったらしい。
「っ!! 有難うございます、ボスっ!!」
少年が満面の笑みを浮かべて長椅子から立ち上がり、上司に向かって深々と一礼した。
踵を返し執務室から駆け出していく少年を見送り、男は苦笑し肩を竦める。
「ふん。休暇が終わったら確り扱き使ってやる。精々束の間の平穏を楽しんで来い」
憎まれ口を叩きながらも、その口元は優しく微笑んでいた。