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死天使の覚書  作者: 御月 雪華
外伝
14/14

彼ダケガ知ラナイ物語1.冥の畔の井戸端会議

外伝です。

 ―――これは、『彼』が知らなくても良い話。

 ―――否。

 ―――絶対に、『彼』にだけは知られてはいけない話。






 いつでも常夜の闇に包まれている冥府。

 還る魂を迎える〈冥の門〉を守護するその平屋敷群のある空間は、ただただ宵から夜明けまでの時間を延々と繰り返しながら、惑星【ほし】の始まりから夜の静けさを友に『其処』に佇んでいた。

 そんな静寂に包まれた建物の奥深くに位置する〈冥の門〉の守人が長、冥主こと闇の精霊王の執務室の扉が、音を立てて客人の訪れを主に伝えた。


 ―――コンッ、コンッ。


「誰だ?」

 礼儀正しく許可を待っていた訪問者は、辺りを憚るが如く、軋みすら上げさせずにゆっくりと扉を開いた。

「こんばんわ、黒陽。お久しぶりです」

「シヴァ? 随分と久しいな」

 扉の隙間から滑りこんできた黒い影は、脱いだ黒い外套を腕に掛け、部屋の主ににこりと微笑みを向けた。その姿は腰まで伸びた白銀の髪と、深い深い吸い込まれそうな深海の双眸とも相まって、そこだけ月光が差したかと思うほど。なんて性格と裏腹な真っ白な美貌だろうか。以前から思っていたが、やっぱり今でも思う。絶対、外見詐欺だ。

 随分と久しい友の訪れに軽く瞠目した闇の精霊王は、執務席から立ち上がると友に応接席を進めつつ、慣れた様子で茶器を二組手にして向かいに腰を下ろした。

「本当に久しぶりだ。どうした? まさか、〈魔王〉に何かあったのか?」

「はい、お久しぶりです。今回ナハトは置いて来ましたが、元気にしてますよ?」

 懐かしさと喜びと僅かな心配を覗かせた闇の精霊王に、訪れた友人は軽く苦笑を浮かべて否定し、とある少年によく似たからかう様な笑みを浮かべた。

「まったく、本当に貴方たち精霊は心配症ですね?

 そーんな心配しなくても、ナハトは昨日も今日も明日も明後日も一年後も十年後も百年後も千年後もずっとずーーーーっと幸せなんですよ? 何の為に俺がいつでも一緒に生きてると思ってるんですか。〈心臓〉にまで定めたんですよ?」

 どこか誇らし気に笑う佳人に、他と一括りに心配症と断じられた闇の精霊王はバツが悪そうに眼を逸らす。

 確かに、彼らの慕わしき隣人である魔力の民の新しき長、〈魔力を統べる王〉は目の前で優雅に陶器の杯を傾けている『家族』が居る限り不幸にだけは絶対にならないだろう。なにせ〈魔王〉もまた、かの少年と同じく大切なひとの幸せが自分の幸せという人種だ。そして、この竪琴でも奏でているのが似合いそうな佳人は、大切にすると決めた相手を手段も方法も結果も過程も経過も選ばせず全力全開で幸せにすることを信条にしているのだ。どんな紆余曲折な人生を送ろうと、〈魔王〉が幸せであれないわけがない。我ながら何て杞憂だったのか。

(そうだな…………魔力の民が濾過装置と化さねば〈澱〉を浄化できない世界の仕様が気に食わないからと、問答無用で既存の法則を破壊して、まったく新しい法則を再構築するなんてありえない無茶苦茶をやってのけるヤツだものなぁ………)

 世界を構成する最小単位である精霊達でさえどうにもできなかった現状を、「理不尽ですっ!!」と激怒したこの佳人は、世界そのものに喧嘩を売り、文字通り全身全霊をかけて濾過機構ごと叩き壊して再構築してのけたのだ。


『人間も神も世界も、いつまでもだらだらと甘えるなっ!

 どれだけ魔力の民の慈愛に胡坐をかくつもりだっ!?

 自分で生み出した〈澱〉ならば、己が身を費やして贖うがいいっ!!』


 激しい感情に燃え滾る様な吠え声と共に世界に放たれた黒白の二本の矢は、込められた想いのまま世界を変革した。


 ―――生み出された〈澱〉は『生み出した存在』に還るように―――


 ただ、それだけ。

 たった、それだけ。

 でも、だからこそ、劇的な効果を世界に齎した。


 自らの欲の為に他者を傷つけた犯罪者には、その犯罪によって生み出された全ての〈澱〉が還った。

 自らの欲の為に戦を起こした王には、その戦にて生み出された全ての〈澱〉が還った。

 自らの欲の為に〈澱〉を撒き散らした神には、その〈澱〉によって生み出された全ての〈澱〉が還った。


 世界には、自らの生み出した〈澱〉によって変質し正気を失くした『生きながら腐り落ちるもの』が溢れた。

 今までずっと魔力の民に全ての負担を押し付け、その癖、彼らを恐れて迫害してきた者達が、自らの罪に焼かれて苦しみ悶える様は正直手を叩いて喜んでしまう様な光景だった。実際、人間と神に愛想を尽かせていた多くの精霊達は指をさして大嗤いしただろう。

 〈澱〉が浄化されるまで死ぬこともできずに生きたまま腐り続ける〈自業自得のなれの果て〉と呼ばれるそれらは、死ねない苦しみと生者へ妬みから生き物を襲うようになり、賞金も懸けられた世界共通の討伐対象になった。今まで主に戦の道具になることが一番の仕事だった軍人や傭兵達は新しい『敵』を得、また、受肉した〈澱〉を燃やして浄化できる魔力の民の末裔である魔術師は、その力により迫害対象から特別待遇となっていった。しかし、本人たちは何不自由無い豪奢な囲いよりも草木と共に在れる外を望み、今まで以上に〈忘れられた島〉に篭るようになっていったのは世界への何よりの皮肉だろう。

 そして、魔力の民を大切に想う破壊神や他の守人たちに「ナニ、てめぇらの都合の良いことばっかぬかしてやがる」とさらに人間そのものが嫌われるようになったとかならなかったとか………。

(本当に、なんて……)

「うわぁ、このお茶美味しいですねぇ。何処のですか?」

 目の前で暢気に紅茶を楽しんでいる規格外は、さて、何処まで自覚しているのか。何処までも解ったうえでやっているようで、偶にとんでもない大ボケをかますのが、この友人の友人たる所以である。きっと、シヴァの七割は我儘と問答無用で出来ている。―――誰だ、こんな危険人物に〈福音の巫女〉と破壊神の能力なんて与えたのは。

「っで、今日はどうしたんだ?」

「息子の様子を知りに」

「カインなら人間のふりして休暇を満喫中だぞ?」

 知っているだろうとシヴァを見やれば、カタリと杯を置いたシヴァが真っ直ぐに闇の精霊王に視線を向けた。

「率直に聞きます。あの子の記憶は改竄されたままですか?」

 呑み込まれそうな深海の双眸から僅かに視線を伏せ、此方も杯を卓に戻した闇の精霊王が静かに頷いた。

「………ああ、相変わらずだ」

「そう、ですか……」

 暫し目を伏せたシヴァは、片手でくしゃりと前髪を掻き上げ、頭が痛そうに額を押さえた。

「まぁったく、確かにあの子は、上の三人と違ってナハトと俺の人間の血と、人間としての弱さと脆さを一身に受け継いで生まれた子ですけど、ね」

「だからこそ、耐えきれなかったのだろう。お前達も覚えがあるだろう。愛しい女を失った絶望と虚無に」

「ええ、知っていますよ。今でも思い出すのも辛いほどに……」

 古い古い喪失の記憶に触れたシヴァが痛みに瞳を細め、暗い笑みに唇を歪ませる。奈落の底を彷彿とさせる笑みに咄嗟に視線を逸らせ、卓の上の杯を再び手に取るが、すっかり冷え切った陶器は却って指先を冷やすだけだった。

 そのうち落ち着いたのか、一度固く双眸を閉じて再び開いたシヴァは、普段通りの笑みを浮かべ椅子に座りなおした。

「あの子は、カインは、自分は姉兄と違い何の力も持たない唯の人間だと思い込んでいます。―――寒い冬に凍死できるくらい普通の人間だと」

「ああ。そして、確信と裏腹に死ねなかった―――死ねる身体ではなかった―――現実に絶望して、事実を捻じ曲げ記憶を書き換えた」

「本当は簡単には死ぬことのできぬ半神ですから、ね。そして、かつて〈喰らった〉黒鷲神の力を利用して自分の身体を逆行させてまで、『自殺の罪を贖うために死天使として蘇った』と思い込んだ………」

 苦い溜息をついたのは同時だった。

 カインの心の脆さは予想以上で、下手に真実を思い出させれば彼の心を決定的に壊しかねないと口を噤むことしかできない。いつか自分で受け入れ思い出すまで、そっとして置くしかないだろう。

「お手数をお掛けします」

「いや、元はと言えばカインとビオラを守れなかったのが原因だ」

 本当ならカインの能力は、今の彼の父親と同じように彼も世界も救える力だったはずなのに。あんな形で能力に目覚めさせてしまった。〈神喰い〉の名称の始まりは、精霊達にとっても痛みを伴う記憶だった。

「いつか、受け入れるのでしょうか……」

「このままでも良い気はするがな……」

 保護者達の心配は、『彼』にだけは知られてはならない話―――

カインの裏話でした。シヴァやナハトの話は別に書く予定です。


分かり難かったようなので以下補足です。

◇最初のカイン/始まりの〈神喰い〉

 死因:〈澱〉による肉体の崩壊。

 ※空の〈器〉が、喰らった神と〈澱〉で埋まって溢れたため。


◇二度目のカイン/双子の片割れ

 死因:自らの命を譲渡したため。半神でも命を術の対価として手放せば死にます。

 ※半神なのは神官の台詞「女神の力を『取り込んだ』」で明記。

 ※※デージーは人間にしてはそこそこ長寿でした。


◇三度目のカイン/〈魔王〉と破壊神の4番目の子供

 死因:まだ存命。凍死程度で死ねるわけもなく、自力で記憶の改竄と辻褄合わせを実行中。

 ※「仕事の事は一切『忘れて』、人間として休暇を満喫してこい」⇒必要最低限以外の記憶を封じて人間ライフ(見掛けだけ歳とってるふり実行)を満喫。花が天寿を迎えたら、花の魂を連れて冥府に帰還します。その繰り返し。

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