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死天使の覚書  作者: 御月 雪華
遠い昔の物語
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君ガ知ラナイ物語2.花の祈り

 結婚を数日後に控えたある晴れた日、デージーは自室の窓を大きく開けるとせっせと部屋の片付けに勤しんでいた。

 いくら入り婿で、今後もこの部屋を自室として使うのだとしても、ある種のけじめは必要だろう。

 机の中の物を捨てる物と取って置く物とに分けていた彼女は、不意に不可思議なものを見つけて小さく声を上げた。

「何かしら?」

 机の引き出しを完全に外した奥に、四つ折りにした一枚の紙が大切に仕舞われている。広げてみるとどうやら画帳の一枚を丁寧に切り離したものの様で、10歳前後の少年と少女が描かれていた。

「あら? この子、誰だったかしら?」

 古い古いセピア色をしたスケッチブックの走り描きは、まだデージーが幼い頃のもの。

 日溜りみたいに笑っている小さな少女の隣には、ちょっとだけ背の高い少年が大人びた表情で少女だけを見つめて微笑んでいる。少女と少年は一対の翼の如く、傍に居るのが当たり前のように寄り添い合っていた。

 不意に、目の前の幼い二人の笑顔が歪んだ。水面を通して外の景色を見るが如く、頼りなげに視界が揺らめく。ポタリと、水滴に画線が滲んだ。

「何……?」

 片手を上げ頬に触れる。触れた指先に温かい水の感触がした。体温と同じ温度のソレは後から後から溢れてきて、温かな雨の雫が微笑む幼い二人の上に尽きる事無く降り続ける。見る者を暖かな気持ちにさせる笑顔は、次々と零れ落ちる雫に、雨粒が伝う窓硝子の向こうの景色の如く滲んだ。

「何、っで? ど、して。涙、止まらない?」

 溢れ続ける温かな涙をどうやって止めれば良いのか分からなかった。

 溢れて、溢れて、身体中の水分を全部流したんじゃないか、ってくらい流れても止まらなくて。

「ど、して? 私、知らないのに!? この子の事、何も、分からないのにっ!!」

 目を閉じて、両手で顔を覆う。闇が広がる瞼の奥で、二人が、彼が、ずっと微笑んでいて―――。




「   」




 誰だかわからない誰かの名が、唇から零れる。

 ああ、どうしてだろう。覚えていないのに、覚えていられないのに、思い出せないのに、思い出させられないのに、忘れているのに、忘れさせられてるのに、ああ、どうしてっ。


 どうして、私は覚えているのだろう―――?


 笑った顔が好きだった。

 頬に触れて来る温かい手のひらが好きだった。

 いつだって優しく私を呼んでくれる声が好きだった。

 私よりもずっと背の高い、私の隣りで一緒に時を刻みながら大人になっていった『彼』が大好きだった。


   『ねえ』

   ―――何?

   『幸せでいてね』

   ―――何? 行き成り。

   『貴方が幸せだと私が嬉しいから』

   ―――?

   『貴方が幸せだと嬉しいの。それって、私が貴方を愛してる、って事よ』

   ―――……

   『だから、幸せでいてね』


「ああっ、カインっ!!」

 どうして、どうして、どうして、どうして………っ!!

 貴方に幸せでいて欲しくて、貴方に生きていて欲しくて、貴方が新しい幸せを探してくれるように告げたのにっ。

「カインっ! カインっ!!」

 どうして、私が生きていて貴方がいないのっ!?

 どうして、私を生かすために貴方が消えるのっ!!

「カインっ! カインっ! カインっ!」

 貴方が消えるなんて嫌。

 貴方が失われてしまうなんて嫌。

「ああ、〈二柱の創世神〉よっ!!」

 もしもまだ間に合うなら、もしもまだ願えるなら、どうか彼との再会を、その魂の安寧を。

 もう忘れない、もう二度と忘れない。この先、何度生まれ変わることになっても、もう決して忘れない。

 『彼』を失った苦痛も、絶望も、悲哀も、慟哭も、何もかも、二度と忘却の救いを得られなくてもいい。

 だから、もう二度と私に貴方を忘れさせないで。

「カイン……」

 貴方の幸せが私だと言うのなら、何度だって巡り合ってみせるから。

 だから、どうか―――



 それは、菫の祈り。

 それは、雛菊の祈り。

 それは、白百合の祈り。

 それは、桜花の祈り。



 「どうか、私の愛しいひとに幸福と安息を」



 それは、これから何度でも生まれ変わって来る花の祈り。

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