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死天使の覚書  作者: 御月 雪華
遠い昔の物語
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君ガ忘レタ物語2.始まりの〈神喰い〉の懺悔

 ―――行くのか? カイン。

 ―――ええ、僕は魔力の〈器〉を持っていませんし、ビオラも魔力なんて殆ど無いので人間とそう寿命も変わりません。

 ―――そう、か。

 ―――では、長。お元気で。

 ―――ああ、お前も。いつでも帰ってくると良い。

 ―――ありがとう、『母』様……


 故郷を旅立つ時に一族の『母親』と交わした言葉を思い出す。

 ああ、なんて遠くに来てしまったのだろう。

 きっと、誰もがただ誰かを愛しただけだったのに。






 ―――バサリっ。


「何だ?」

「随分大きな羽音だな」

「あっ!! あれはっ!!」

 大きな羽音に村人が見上げた空から、漆黒の塊が墜ちるように舞い降りて来る。どんどん地表に近付いてくる姿を見るまでもない。風に、空に在る精霊達が告げて来る。あれは、

「カインっ!! ビオラっ!?」

 悲鳴が上がり、風精霊と仲の良い魔力の民たちが風の腕【かいな】で優しくぼろぼろになった身体を受け止めた。

「カインっ!! 確りしろっ!! カインっ!!」

「ビオラがっ!! ビオラがっっ!!」

「誰かっ! 長を呼んで来いっ!!」

 周囲を取り囲む懐かしい顔ぶれに、カインはもう殆ど動かせない表情の下で微かに微笑む。

 ああ、なんて懐かしいのだろう。

 ああ、なんて温かいのだろう。

 この温かい揺り籠から出なければ、今も妻は自分の隣りで笑っていたのだろうか。

「………っず……の、みっ……」

「水だなっ!? 直ぐに用意するっ!!」

 ああ、自分はこんな穏やかで温かい場所に、とんでもなく不穏な種を蒔いてしまった。

 カインの今回やらかした行動で、人間は魔力の民に恐怖を抱いた。今までは、例え能力や寿命が異なろうと、一族特有のお人好しな性格が周囲に危機感を持たせなかった。しかし、今後は違う。カインが、魔力の民がひとたび牙を剥いた際の恐ろしさを人間達の心に植え込んでしまった。

「………っせ、ん………お、さ………」

 これから、どんどん魔力の民の生きにくい世界になっていくだろう。〈澱〉もきっと増えて行く。

 〈澱〉―――それは、神や人間達の憎悪や害意などの『黒き意思』が世界の自浄を超えて沈殿し、世界を蝕むにまで至った『世界を滅ぼす毒素』。

 魔力の民だけがその身を濾過装置と化すことで世界から取り除くことができるけれど、もって生まれた〈器〉が小さな者ほど〈澱〉が早く溜まり、生きながら腐り落ち死んでいく。〈澱〉は受肉した〈器〉の崩壊と共に再び世界に解放されるため、限界を悟った者は自ら最期の魔力で己ごと焼き尽し浄化させる。

 そう、一族の担う役割は世界を〈澱〉より護ること。なのに、その一族の一人である自分が大量の〈澱〉を生み出してしまった。彼らは皆、世界の生贄の柱としての己を嘆くことも無く、濾過装置としての悲惨な最期と隣り合わせで在りながら、精霊を友とし心穏やかにひっそりと隠棲していたのに。

(せめてもの救いは……)

 ずっと自分は魔力の〈器〉を持たずに生れて来たのだと思っていたけれど、どうやらそれは違ってかなり大きな空の〈器〉を持って生れて来たらしい。

(これなら………)

 自分がきっかけで生み出した〈澱〉くらいは、自分で〈喰らい〉尽して逝ける。

「〈喰らい〉……尽すっ……」

 右掌から生まれた紅い痣が、カインの願いに反応して彼の全身を覆っていった―――




「長っ!!」

「何事だ!?」

 ああ、懐かしい声が聞こえる。

「カ、カインがっ!! 水が飲みたいと言われ、目を離した僅かの間にっ……」

 ずっと抱いていた妻の亡骸と溶け合うようにぐずぐずに崩れ落ちて行く身体。いつか見たことのあるその現象は、取り込んだ〈澱〉が〈器〉から溢れてしまった証。もうこれ以上は〈喰らえ〉ないらしい。

「カインっ!!」

「お……さ………」

 名を呼ぶ声に辛うじて形を保っていた顔を上げ、もう表情を作れない面にそれでも微かな笑みを浮かべ、彼らの長にして一族の『母親』である女性を見上げた。

「長……、自分、で……蒔いた…種、は……自、分で……刈り、取り…ま、す……」

「カインっ!! もういいっ!! もう喋らなくてもいいからっ!!」

「こたびの…件、で……生み、出された…〈澱〉、は……僕の、憎悪…が原因。……僕の、〈器〉で……〈喰らえ〉る、限り……〈喰らって〉、逝きます……」

「カインっ!! このっ馬鹿者が……っ」

「長……どうか…息、災で……」

「カインっ、カインっ」

「こんなにも…早く……逝って、しまい……申し訳、ありま…せん……我ら、が……『母』、よ………」

 もう数え切れないほどの『子供』らをこんな風に亡くしてきた『母親』に心から申し訳なく思う。そして、その喪失は己の所為でこれから加速度的に増えて行く。本来なら合わせる顔もないのに、それでも最期に『母親』に侘びとお別れを言いたかった。

 悲しみに染まった『母親』の顔に、どうか悲しまないで欲しいと勝手な願いを思いながら、生まれて初めて魔力を扱い、殆ど本能で魔力そのものを燃焼して自分と妻の身体を劫火で覆い尽くす。それは、妻の命を奪った火刑の炎よりも強大で、しかし、母が赤子を愛撫するように優しかった。




 魔力の満ちぬ空の〈器〉を持って生まれて来たカインが生まれて初めて生み出した炎は、彼が喰らった神の魔力を糧に金色に揺らめく神火となって、罪を背負い贖罪に生きながら腐れ落ちていた身体も、嫉妬の炎に生きながら焼き尽された身体も、等しく包み天へと翔け上がっていく。

 それは、地上から天上へと架けられた光の橋のようで―――

「っ……カイン……」

 一族が見守る中、あまりに早く逝ってしまった一組の夫婦の魂は、美しい炎に導かれ〈流転の輪〉へと返って行った。

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