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死天使の覚書  作者: 御月 雪華
死天使の覚書
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覚書1.少年と少女

 さて、どうしよう。

 僕は妙に懐かれてしまった少女を膝枕しながら、うーむと腕を組んだ。

 そもそも、今夜のお仕事相手はまだまだ稚けない少女。

 幾らなんでも早すぎるって思うんだよね。

 やっぱりあんまりでしょう、これは。

 お母さんもお父さんも大泣きしてて、ねぇ?

 『人でなし』なこの僕が同情しちゃうくらいだよ。

 ボスもいくら好みの少女だからって、早々に自分の下に連れ去ってしまおう何て余裕無さ過ぎ。

 いつから少女趣味になったんだよ、あんた。

 まあ、確かに、滅多にお目にかかれないくらい綺麗だけど。

 やっぱ、男ならどーんと構えて、この子の方から来たくなるまで待つくらいの度量が欲しいね。

 そりゃぁね、ここに居ればいつかはきっと穢れちゃうんだろうけどさ。

 それはしようがないでしょ? いつまでも純真無垢ってわけにはいかないんだから。

 無理やり奪い取るのはダメでしょう。

 折りしも今夜は聖なる夜。

 こんな良い夜に悲しい涙なんて見たくないって。

 そんなに欲しいなら、僕に来させないで自分で来りゃいいのに。

 ああ、もう、止め止め。

 僕はこんな夜にまで後味の悪い仕事なんて御免だよ。

 折りしも今夜は聖なる夜。

 偶にはこんなんもいいでしょう。

 ってわけだから、僕は今夜は帰るよ。

 ずっとずっと先の未来で君の声が聞こえたら、その時にまた迎えにくるね。 

 じゃあ、また、今度。




 重い病を患い今夜が峠だと言われていた少女の部屋の窓から、大きな漆黒の翼を持つ少年が天に飛び立っていった姿を見たものはいない。






 ※※※※※






 ―――カツカツ。カツカツ。


「ボス。冬眠前の熊じゃないんですから、うろうろうろ歩き回らないでください。鬱陶しいです」

 漆黒の少年は、目の端で部屋を行ったり来たりしているこれまた頭から爪先まで黒い男を呆れた目で見つつ、遠慮なく大きく伸びをしつつ欠伸を漏らした。


 ―――カツッ。


 ひくりと頬を引き攣らせた男がギロリと少年を睨む。しかし、少年は何処吹く風で、ふかふかの応接用布張り長椅子に深々と腰掛け飄々とお茶など啜っている。


 ―――ビキッ。


 何かが切れる音も何のその。自分で淹れたこの部屋で一番高い紅茶に、この部屋の戸棚の奥にひっそり隠されていたとっときの蒸留酒を垂らし、勝手知ったる自分の部屋の如き態度で寛ぎきっている。

 その態度に目の前に応接卓を引っくり返したい衝動に駆られつつ、それでもなおささやかな自尊心で執務机に付いた男に一瞥もくれぬまま、少年はもう一杯紅茶のお代わりを注ぐ。


 ―――コツコツ。コツコツ。


 イラついた仕草を歯牙にもかけず、空になった陶磁器の杯をことりと卓に置く少年。もう良いほど飲んだのだろう。もう一杯お代わりを注ぐ事なく、少年は優雅な仕草で足を組むとぞんざいに男に視線を向けた。

「ボス。言いたい事があるならさっさと言って下さい。僕だって暇じゃないんですよ」

 やれやれとでも言いたげにこれ見よがしに肩を竦める少年。

 何処かでとある袋の緒がぶち切れる音がした。

「貴様はぁーーーーー!!!!!!!!」

 バンっと机をぶっ叩いて立ち上がった上司に怯えるどころか、半眼かつ横目で見つつボソリと呟く。

「幼女趣味」

「誰が幼女趣味だっ!! 誰がっ!!!」

「僕の目の前で図星を指されて激昂しているイイ年したオヤジ」

 怒りのあまり口を空しく開け閉めしているそれなりに整った紳士的な二枚目壮年を胡乱な目で見つつ、少年はあからさまに大きな溜息をついた。

「ボス。確かに彼女の魂は滅多にない極上の『色』でしたけど、だからってあんな小さな女の子を『こっち』に連れてきちゃおうなんてあんまりでしょう? 僕は女性『だけ』は泣かせない主義なんです。どうしても欲しいならボスが行ってください」

 ツンっとそっぽを向く少年に、青筋立て捲くった男がずびしっと指を突きつけ叫んだ。

「死者の魂を迎えるのは死天使であるお前の仕事だろうがっ!!!」 

「僕は将来有望な女の子を泣かす趣味も、綺麗で美人な若奥さんを泣かす趣味もありませんっ!!」

 ドキッパリ宣言してのけた部下に、その上司はとうとう何も言えずに深く深く肩を落とし机に突っ伏したのだった―――

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