好き
そよと流れる風が好き。控えめに触れる柔らかい太陽が好き。静かな落ち着いた雨の音が好き。クレヨンの赤の色が好き。休日の朝のまどろみが好き。夜更かしの夜の少しワクワクする感じが好き。緑の木々の枝の曲がったあの感じが好き。そして僕は、妖精のリッツの事が好き。
でも、多分。
風は僕を好きじゃないし、太陽は僕を好きじゃないし、雨は僕を好きじゃないし、クレヨンの赤は僕を好きじゃないし、休日の朝は僕を好きじゃないし、夜更かしの夜は僕を好きじゃないし、緑の木々は僕を好きじゃないし、それに妖精のリッツだって僕の事を好きじゃないはずだ。
だって、それらには、好きだの嫌いだのといった感情なんてあるはずがないのだもの。でも、そんな事は少しも関係なく、僕はそれらの事が好きなのだけど。とてもとても好きなのだけど。
だから例えば、僕は休日の遅く起きた朝なんかに、よく窓を開けて外を眺める。近くの木の枝の曲がり具合が好きだし、そこに照る太陽も好きだし、風が気持ち良く入ってくるのも好きだから。それに、時々だけど、妖精のリッツの飛ぶ姿だって見る事ができるんだ。妖精のリッツは、木に咲いた小さな花に潜り込むと、そこで蜜を吸って花粉を身体につけ、そしてまた次の花へと移っていって、同じ事を繰り返す。全くの機械的な動きで、そこには感情なんて窺えない。僕はそれでもリッツが好きで、その姿を見ているだけで、なんだかいい気分になれた。
ある雨の日だ。僕はリッツが空を飛んでいるのを見つけた。雨の中をリッツが飛ぶのはとても珍しい事だ。雨の粒は小さな彼にはきつ過ぎるから、リッツは雨の時、大体はどこかに雨宿りをしているんだ。もしかしたら、よほどお腹を空かしているのかもしれない。だけど、リッツは雨の所為でやっぱり上手く飛べないみたいだった。それで、花の蜜を上手く吸えないでいる。僕は、その光景を見てふと思い付いたんだ。
ハチミツでもあげてみたら、リッツはとても喜ぶかもしれない。
僕はそれから台所からハチミツを取ってくると、それを指先ですくって、リッツの方に向けてみた。しばらくは、リッツはそれに気付かないでいたけど、やがてその微かな香りを嗅ぎつけたのか、僕の方を見ると、近くに寄って来た。
そして、しばらく迷うようなそんな仕草をした後で、恐る恐る僕の指にとまると、その指先についたハチミツを舐め始めたのだった。僕はそれをじっと見守る。しばらく経つと、リッツは満足をしたのか、それから少しだけお尻を振ると、僕の方を見てにっこりと笑って何処かへと飛んでいってしまった。
僕はそれを見て思う。
もしかしたら、僕はリッツに好かれたのかもしれない。
もちろん、それがただの想像に過ぎない事も分かっていたけど。でも、それでも。
僕はそれからもリッツを見つけると、彼にハチミツを与えてみた。雨の日に限らず、晴れの日でも。リッツはやがて、僕を見ると嬉しそうな顔を浮かべて寄ってくるようになった。感情なんかないはずだけど、それでも僕は嬉しかった。
だけど、ある日に僕はこんな事を知ってしまったんだ。妖精に餌を与えてはいけない。餌を与え続けると、妖精はそれに依存するようになり、自ら餌を取る能力を失う。しかも、餌を与え過ぎれば、太って飛ぶ事もできなくなる。僕はそれを見て目を丸くした。そう言えば、確かにリッツは最近、太ってきたように思う。
それで僕は次の日から、リッツにハチミツを与えるのをやめたんだ。初めのうちは、それでもリッツは僕に寄って来たし、指先にとまる事もしたのだけど、やがてそこにハチミツがない事が分かると、つまらなそうな、怒ったような顔をして、何処かへと飛んでいき、それからはもう僕に寄って来なくなった。もし仮に、リッツに感情があったとしても、もう僕を好きじゃないだろう。
そよと流れる風が好き。控えめに触れる柔らかい太陽が好き。静かな落ち着いた雨の音が好き。クレヨンの赤の色が好き。休日の朝のまどろみが好き。夜更かしの夜の少しワクワクする感じが好き。緑の木々の枝の曲がったあの感じが好き。そして僕は、妖精のリッツの事が好き。
それらは僕を好きじゃないだろうけど、それでも僕はそれらの事を好きなんだ。
妖精のリッツは、今でも時々、僕の窓の外を飛んでいる。僕なんかまったく気にしていないように見える。でもそれでも僕はそんな光景が嬉しい。嬉しいんだ。




