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異世界の終着点

掲載日:2026/05/17

目が覚めた瞬間、男は何も見えなかった。


暗闇。


目を閉じているのかと思った。

だが、何度まばたきをしても景色は変わらない。


手を伸ばす。


硬い壁。


右も左も、上も下も。

すべてが冷たい壁だった。


狭い。


一畳ほどの空間。

棺桶より少し広い程度。


「……なんだよ、ここ」


声が妙に近い。

反響すらしない。


男は必死に記憶を探った。


仕事帰りだった。

スマホを見ながら歩いていた。

信号。ヘッドライト。


そこから先がない。


事故。

誘拐。

監禁。


いくつも可能性を考えた。


だが時間が経つにつれ、もっと恐ろしいことに気づく。


腹が減らない。


喉も渇かない。


眠くもならない。


最初は安堵した。


けれど、それは徐々に形を変えた。


死ねない。


そう理解した瞬間、男は壁を殴っていた。


「出せ!!」


鈍い音。


「誰かいるんだろ!!」


拳が痛む。

皮が剥ける。

だが空間は何も返さない。


やがて怒鳴ることも減った。


時間の感覚が壊れていく。


何日経った?


何ヶ月?


何年?


分からない。


眠らないから区切りがない。

空腹がないから朝も夜もない。


意識だけが続いていく。


男は過去を思い出し始めた。


小学生のころ、母親に作ってもらったカレー。

湯気。甘い匂い。


高校時代、友人と笑いながら歩いた帰り道。


初めて貰った給料。


終電を逃して見上げた夜空。


そんな記憶ばかりだった。


人生を変えるような瞬間じゃない。


ただ、そこに確かに生きていた証拠みたいな記憶。


暗闇の中で、それだけが少し暖かかった。


男は膝を抱える。


「帰りたいな……」


声は小さい。


もう叫ぶ気力もなかった。


誰にも届かないと知っているから。


その後も、男は思い出を反芻した。


同じ記憶を、何度も。

擦り切れるまで。


やがて思い出すことも減った。


母親の顔が曖昧になる。


友人の名前が消える。


自分の声すら、少しずつ他人のものみたいになる。


最後に残ったのは、不安だけだった。


ここが人生の終着点なのか。


誰にも知られず。


誰にも見つけられず。


永遠に。


暗闇の中で。


男はゆっくり目を閉じた。


閉じても何も変わらなかった。

あなたの世界は明るいですか?

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